17話 マナはギルド長に感心する
なぜかシンと静まり返る部屋。ギルド長だけはニヤニヤと嗤っており、他の面々の表情は暗い。マナはなにがなんだか分からないので、キョトンとしています。一万円って、お屋敷建てられるくらい?
「ギルド長、これはあまりにも酷すぎますっ! 報酬の算定のやり直しを求めますっ!」
なぜか藤原が激昂するが、耳をほじりながらギルド長は目を細める。なんというか、馬鹿にしてるのがよくわかるおっさんだ。
「黙り給え。ならば規定をすり抜けることができる特別な項目でもあるのかね? あるなら言ってみなさい」
「くっ、………特別項目による報酬増額はCランク以上から適用されます。不正を防ぐためにランク制限があるのですが、まさかこんなことになるとは………」
「そうだろう、そうだろう。よく勉強しておるじゃないか。そのとおりだ。そのため、涙を飲んで、モトヤさんには我慢してもらうしかないのだよ。国の規定は守らなくてはいけないからね。国の規定は! なので、一万円に変更はない。あれだ、ビルを破壊した賠償金が欲しいくらいなのだよ、まったく」
バンバンとテーブルを叩いて、タンバリンモンキーのように威圧してくる。五月蝿いだけなのに、なぜか鍵音はテーブルが叩かれるたびにビクッと震えていた。鍵音の方が強いのに、なにかトラウマでもあるのかな?
「この話は覆らんから終わりだ! それよりもだ。問題は次にある。これを見ろ!」
ギルド長が怒っているように顔を顰めて、テーブルになにかを放り投げた。結構重たい音がして、なにを置いたのかと思うと、マナの作った『雷鳴の槍』だった。
技術を盗まれないように、既に内部回路は燃え尽きており、たとえ復元の魔法でも修復できないように魔力痕跡は消してあるし、魂宝石は砕け散ったため、もはやこの槍はただの残滓にしか過ぎない。消滅した魂の力が雷となって付与されているくらいか。見た目が綺麗なだけの玩具も同然となっていた。
だが、なぜか鼻息荒く、ギルド長は槍を撫でると、俺たちを見てくる。
「これは元は雷鳴の騎士たる厩戸太郎殿の遺品であろう? 遺品をこのような形にするとは酷いと思わんかね? 召喚獣には分からぬと思うが、亡くなった者の形見は大切にするものなのだよ」
「ギルド長、ハンターたちは緊急時には戦死してしまったハンターの武器やアイテムを使用することは許されております。今回もその条件に当てはまるかと思いますが?」
えっ!? 言ってる意味が理解できない。だって金属塊になってたよ? しかも肉が金属塊に入り混じっていて、酷く不気味な物となっていたんだよ? 藤原は顔を顰めてギルド長を諫めようとしているけど………。
何を言ってるのか分からない。困惑して、こてりと首を傾げるマナを他所にギルド長は話を続ける。
「遺品は遺品のままにするのが正しいのだよ。今回はこのような武器に変えられてしまったため、遺品を渡すことはできない。残念ながらまったく別の物になってしまったので、ハンターギルドで保管を」
あぁ、形見分けか。なるほどな。元の姿に戻せば良いんだろ? 錬成する前に、元の形状は記憶してるから大丈夫。………だが、表向きとは違う意味があるかもだから誤魔化すか。保険は大事だよな。
「この槍は一時的な物です。もう錬成の効果時間を過ぎます」
「へ?」
嘘であるが平然とした顔で告げてやり、こっそりと魔法を使う。
『情報変更:雷鳴の槍の解除』
バチッと放電すると、雷鳴の槍は数秒で元の形状に戻った。ぐちゃぐちゃの金属塊へと。髪の毛1本から肉体を再生させることのできる俺にとっては、状態回復なんかお手の物だ。
「ほほほわぁー! き、ききさまっ! なんてことを。なんてことをぉぉぉ! Sランクの魔導武器が! 百億はくだらないはずの槍がぁぁ」
目を剥いて、口から泡を吹き、ギルド長が壊れた金属塊を元へと戻そうとするのか、懸命にかき集める。
その滑稽な姿を見ながら、俺は納得していた。何かと理由をつけて、どうやらこの槍をネコババするつもりだったらしい。クズすぎて感心しちゃうよ。
「元に戻し給えっ! 早く戻すんだっ!」
「ですから、効果時間も終わったので元に戻りましたよ?」
唾を吐いて怒鳴り散らすギルド長。ぷるぷると腕も震えて、金属塊を抱えている姿は酷く滑稽だ。トレジャーモンキーのようにガラクタを後生大事にしているような間抜けさだな。
なんか楽しくなってきた。ここまで愚かなのが人間モドキというやつなのか。
「そうか………あれほど強い武器を短時間で錬成できるとは驚きでしたが、一時的な変成だったのですね。いやぁ、驚きました」
うんうんと納得して頷く藤原。うんうん、嘘です。短時間で錬成できるのはマナの得意技の一つなんだよ。
何を言ってるのやらと、涼しい顔で天使なマナちゃんはキョトンとしていたが、ギルド長はそういかなかった。
「つ、作れ! すぐに槍を作れ。作り直すんだ! さぁ、早く、はやくっ! モトヤ君っ、早く召喚獣に命じるんだ。」
なぜかとても焦った顔で脂汗すらかいている。ネコババが失敗しただけなのに、なんでだ? そんなに欲しかったのかな?
「ままま、マナの一時的な魔法錬成です。意味ないですっ。諦めてください。そそそれれれと、わたひの名前はほんにゃっですっ!」
対して遂に鍵音がテーブルを叩いて怒る。が、いまいち決まらない感じ。子猫がにゃ~にゃ~叫んでいるようにしか見えない。せめて名前はきちんと言ってほしかった。
「さぁ、行きましょう、マナ! もう報酬も貰ったし、ここにはようはないでふ。報酬を優先していただきありがとうございましたっ!」
鍵音は立ち上がると、プンスコと怒りながら軽く礼をして、マナの手を引っ張って部屋を連れ出すのだった。
「ひ、ひぃ~、どどどうすれば良いのだ? 既に有力家門にはSランクの魔導武器が手に入ったと連絡してしまったのだぞ? 前金を弾んでくれた人と優先して話をすると言ってしまったのだ。アバババ、もももう振り込まれとるっ。どうすれば、どうすれば良いんだっ!」
「ギルド長。自分から横領を自白なさるとは、呆れました。録音しましたので、警察をお呼びします」
「ちょちょちょ、いや、そうではなくて、ひぃ~、また他の家門から振り込みがっ! 止めなくては、私の命が危ないっ!」
扉が閉じる前に、板を見ながら絶叫するギルド長と藤原がどこかに連絡をする姿が垣間見えたのであった。
━━━後日、知った話だが、ギルド長は車のブレーキが壊れていたらしく、車を運転していて、猛スピードで壁に激突して亡くなったのである。
◇
憤慨し足音荒く廊下を歩いていた鍵音だが、段々と進みが遅くなり、炎に水がかけられたかのようにおとなしくなると、後ろを歩く俺に顔を向けてくる。
「ごめんね、マナ。私のせいでこんな金額になっちゃって。グスッ、私のランクが最低だから……」
しょんぼりとした顔で謝ってくる鍵音に、少し哀れみを持ってしまう。よく分からないけど、大損したことはわかる。話の流れから推察するに、ハンターはランク付けされており、鍵音は最低ランク。そして規定により最低ランクの報酬だったと。
泣きそうな顔だけど………。
「規定ならば仕方ないですよ、マスター。これからランクというものを上げていけばよろしいかと。このマナ・フラウロスが全力でお手伝いいたします」
「ううっ、まにゃー! ありあとう〜、うぇーん」
労りの笑みで鍵音へと告げると抱きついて泣くので、優しく頭を撫でてあげる。ルールとは絶対的なものだ。例外を作る必要がある時はもちろんあるが、例外が作られるまでは絶対に守らないといけない。ちなみに俺たちソウルアバターのルールは『人類再興のために活動すること』だ。
グスッと鼻をすすり、ようやく落ち着くと鍵音はお札をひらひらと振りながら、唇をとがらせる。
「あ~、も〜。このお金はパーッと使おうか? スイーツバイキングとか良いかもです。わわたしも行ったことないですので」
「スイーツバイキングってなんでしょうか?」
なんだか素敵なワードだね? 本能がこのワードには途轍もない力が込められていると感じるよ。マナはワクワクしてきたぞ。
「スイーツバイキングというものは、スイーツが」
「本屋っ、さん。少し良いかな?」
鍵音が説明をしようとすると、聞いたことがある声音が聞こえてきた。見ると廊下を塞ぐように、稲美たちのパーティーが立っていた。誰も彼も硬い表情だ。これはあれかな? 復讐とかかな? そっと鍵音を守るために位置取りをしておく。
「………なんの御用でしょうか、稲美さん?」
鍵音も予想したのか、硬い声で尋ねる。その鍵音の問いかけに、稲美たちはごくりとつばを飲み込むと━━━。
「ごめんなさいっ! 今まで虐めてきて! そして、そんな私たちの命を助けてくれてありがとう!」
バッと深く頭を下げると稲美たちは謝罪してくるのだった。その様子にさすがに予想外だったのか、鍵音も戸惑った表情となる。
「えぇと?」
「私たち馬鹿だからさ……死ぬってことが、命の危機の意味がわかってなかった。アカデミーで説明を受けても実感なかったんだ。でも、今日知った。そして知ったんだ。本屋も最下層に行ってこんな恐ろしい体験をしたんだって」
涙を溜めて、稲美は話を続ける。
「私たちを恨んで当たり前だよね。それなのに、私たちを助けてくれてありがとう。見捨てても全然おかしくない体験をしたのに。それで私たち……本屋を虐めてきたことも恥ずかしく思って、本屋への罪悪感と感謝の気持ちで一杯になったんだ」
真摯な様子で語る稲美に嘘はなさそうで、鍵音も黙って話を聞いている。俺はと言うと意外な面持ちだ。人モドキって反省するのな。
「許してとは言わないし、そんなことお願いできる立場じゃないのはわかってる。でも、これは私たちの謝罪と命を助けてくれたお礼っ! 受け取って!」
やけに太い厚さの封筒を稲美は突き出してくる。
「私たち、あんまし貯金無くてさ。それが全財産。でも三百万円あるから受け取って」
三百万円か。大陸でも買えるかな? いや、そんなに金持ちに見えないから貨幣価値を再考しないといけないかも。俺がどれくらいの価値があるんだろうと、うむむと考える中で、鍵音は封筒を受け取る。
「……虐められて、それが当たり前になって……それでも苦しかったです。辛かったんです。これを受け取っても、私は貴女を許しませんよ? それでも良いんですか? 嫌いが無関心になるくらいです」
「あ、うん、もちろん! それは私たちの謝罪だから……受け取ってくれてありがとう。こんなこと言えた義理じゃないけど、なにかあったら手伝うから!」
硬い表情の鍵音の言葉に、受け取って貰えた事自体が嬉しいのか、真剣な顔で稲美たちは再度頭を下げると、手を振りつつ去っていくのであった。
「良いのですか、マスター?」
「うん……許さなくて良いって言いましたし……稲美さんたちも反省していましたし」
罠にかかって死ぬところだったのに、優しいことで。しかし意外なことでもあった。イレギュラーはそのまま反省することなく混乱を齎すだけなんだけどな。
鍵音はというと、嬉しさと苦しさを混ぜたような表情で封筒を撫でていた。
「えへへ、人を助けた報酬です。それが稲美さんたちからなのは微妙ですけど……それでも嬉しいです」
はにかむような笑みになると、鍵音はちょんと封筒をつつく。
「情けは人のためならずは本当のことなんですね。それじゃ、このお金でマナの服を買いに行きましょうか」
どうやらこの世界の人々の思考は複雑らしい。
「よかったですね、マスター」
少なくとも、人を助けたことを喜べる存在は人モドキではないだろう。
マナは優しく微笑むのであった。
ルックスYが2025年9月24日より始まります!マガポケでーす!!!でで~ん!
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