第一話 前史
――それは、突然の出来事だった。
空が割れた。
まるで天が怒りに震え、大気を引き裂いたかのように。
真昼の空に黒い裂け目が生まれ、そこから現れたのは、常識を凌駕する巨大な構造物。
『空中要塞ガルグラシア』。
その要塞は、地球上空に浮かぶと同時に、自らを『神聖ヴェルガル帝国』と名乗った。
満天に映し出された立体映像を通じて、全世界へと一方的な宣戦布告がなされる。
それは、侵略の始まりだった。
ガルグラシアから放たれたのは、触角と鋭い角を持つ異形の存在。
滑空するその姿はイトマキエイにも似ており、人々はただ茫然とそれを見上げた。
後に【α(アルファ)】と呼ばれることになる、最初の生体兵器。
それは群れをなして、地上へと降下し、無差別な攻撃を開始した。
各国政府も、ただ手をこまねいていたわけではない。
即座に空軍が出動し、一斉空爆を敢行。
戦艦からは巡航ミサイルが発射され、陸上部隊も高射砲による迎撃体制を整えた。
だが。
それらすべては、ガルグラシアから放たれたひと筋の閃光――
『神罰の光』によって無効化されてしまう。
電子機器は沈黙し、ミサイルは空中で崩壊。
戦闘機は制御を失って墜落し、砲台は黙り込む。
近代兵器の多くが、無力化されたのだった。
さらに次に現れたのは、翼を持つ獣たち。
グリフィン、ペガサス、キマイラを彷彿とさせる異形の生体兵器たち。
これらは【β(ベータ)】と呼ばれ、市街地へと侵入し、ゲリラ戦を展開。
無力化された人類に対し、情け容赦なく襲いかかってくる。
空も、海も、陸も奪われ、人々の心には、絶望だけが残った。
そのときだった。
――彼が現れたのは。
漆黒のフルフェイスヘルメット。
全身を包む黒い鎧。
背には、夜を裂くかのような漆黒の翼。
手には、身の丈ほどもある黒鋼の大剣。
ただ一人で、αやβを次々と斬り伏せるその姿は、悪夢の中の救世主のようだった。
敵に屈さぬ力を持ち、人の側に立つ存在。
その姿を見た者たちは、誰ともなく、こう呼んだ。
『悪天使――アポストール』
彼が身にまとう鎧には、天使の加護か、悪魔の呪いか。
その正体は謎に包まれていたが、確かなのはただひとつ。
彼は、確かに人類の味方であり、希望だった。
やがて彼は、単身で空中要塞ガルグラシアへと乗り込み――
数日の後。
戦争は終わっていた。
あの空に浮かんでいた要塞は消え去り、αもβも跡形なく姿を消していた。
人類は勝利した。
いや、アポストールが勝利をもたらしたのだ。
彼は世界を救った英雄となった。
――そして、それから三年。
街は再び活気を取り戻し、人々はかつての日常へと歩み始めていた。
だが、誰も知らなかった。
この物語が、まだ“序章”に過ぎなかったことを――