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幽霊界隈で「派遣」と呼ばれています。~怖くない主人公の迷惑すぎる日常~  作者: 凪塩 未来


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シーズン3・第3話:音楽室のピアノと、ベートーベンの視線

シーズン3・第3話をお読みいただき、そしていつも温かい応援を本当にありがとうございます!


いよいよ3階の音楽室に到着した楓ちゃん。ベートーベンの肖像画やピアノを前にして、彼女が下した「まさかの分析」とは……? 霊たちの奮闘が空回りするシュールな第3話、ぜひお楽しみください!


それでは、スタートです!

ギシ、ギシ、ギシ……。


古びた木製の階段を踏みしめながら、水野楓(みずの かえで)は校舎の3階へと足を運んでいた。

先ほどまでの明るい日差しはすっかり陰り、窓の外の空は夕暮れの茜色から、じっとりと湿った夜の藍色へと移り変わり始めている。


「うーん、夕方の廃校って、やっぱり雰囲気が一気に変わるなあ。これこれ、こういうのを探してたんだよ!」


首から下げた一眼レフカメラを構え、楓は薄暗い3階の廊下をパシャリと撮影した。

フラッシュの光の先には、剥がれかけた壁紙と、等間隔に並ぶ古びた教室の扉が不気味に浮かび上がる。

ネットの噂では、この3階の廊下を進んだ一番奥にある「音楽室」こそが、旧・桜ヶ丘小学校で最も強烈な怪異が巣食う場所だと言われている。


「噂によれば、夜の音楽室では誰もいないはずなのにグランドピアノが勝手に鳴り出し、壁にかけられたベートーベンの肖像画の目がギョロッと動く……か。王道中の王道だけど、だからこそ期待しちゃうよねえ」


ワクワク感を隠しきれない様子の楓。

彼女の背後では、数十体の霊たちが「おっ、いよいよ一番の見せ場に到着したぞ!」と、まるで特等席の観客のようなテンションでガヤガヤと騒ぎ立てていた。


『おいおい、いよいよメインステージだぜ!』

『あのボロボロのベートーベンの絵、俺が生きてた頃からずっとあそこにあった気がするなぁ』

『ねえねえ、ピアノの鍵盤を誰が最初に鳴らす? やっぱり一番低い音でドーンって不気味に響かせるのが定番だろ!』

『いやいや、あの上機嫌な女をビビらせるには、耳元で盛大にピアノの弦を引っ張る音が一番だぜ!』


霊たちは、楓の背中からワイワイと悪だくみをしながら、音楽室の重たい木製扉の前にたどり着いた。

「音楽室」と書かれたプレートは半分錆び、文字の塗装が剥げ落ちている。


ガチャリ、と楓がドアノブを回した。

古い蝶番が「キイィィ……」と、夜の静けさを切り裂くような甲高い金切り声を上げる。


すうっと流れ込んできた室内の空気は、1階よりもさらに冷え切っており、まるで巨大な冷蔵庫の中に足を踏み入れたかのような寒気が楓の肌を刺した。

「うわっ……。さすがに3階の奥は、空気が一段とキリッとしてるなあ。エアコンなんてとっくに切れてるはずなのに、天然の冷房みたいだ」


もちろん、その正体が室内にうごめく数十体の霊たちの冷気であることなど、楓は微塵も気づいていない。


パッと室内に懐中電灯の光を向ける。

その明かりに照らし出された瞬間、部屋の中央に鎮座する黒いグランドピアノが、ぼんやりと不気味な輪郭を現した。そしてその奥の壁には、何枚かの音楽家の肖像画が等間隔で掛けられている。

中央に陣取るのは、あの不機嫌そうにこちらを睨みつける、カール・フィリップ・エマニュエル・バッハ……いや、その隣の、髪を逆立てた『ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン』だ。


『さあ、出番だぞお前たち!』

霊たちの合図とともに、一斉に室内の霊気が渦を巻いた。


キィィン……と、誰も触れていないはずのグランドピアノの弦が、微かに共鳴して高い音を響かせる。

さらに、壁に掛けられたベートーベンの肖像画が、まるで生きているかのようにギシリと音を立ててわずかに傾いた。


「――っ!?」


さすがの楓も、静まり返った音楽室に響いたピアノの音と、肖像画の動きにピタリと足を止めた。

「いま……ピアノが鳴ったよね……? しかも、今の音、絶対に弦が自然に揺れた音じゃない……!」


胸が高鳴る。

ついに、ついに長年待ち焦がれていた本物の怪奇現象が目の前で起きようとしている。

楓は息を呑み、カメラを構えたまま、ゆっくりとグランドピアノのほうへ歩み寄った。


『おっ、さすがにビビったか? それとも気づいたか?』

『いいぞ、もっと驚いてみせろよ!』


霊たちはワクワクしながら、楓の反応を固唾を飲んで見守った。


しかし、楓が取った行動は、彼らの予想を斜め上から大きく裏切るものだった。


「……待てよ」

楓はピアノの鍵盤の蓋に手をかけ、そして、その蓋をガタッと開けた。

中には埃がうっすらと積もっているだけで、誰もいない。


「……やっぱり、湿気と温度差で木材が膨張して、ピアノの弦が勝手に鳴る現象……いわゆる『鳴り』ってやつだ! それに、壁の肖像画の額縁も、地震か建物の歪みでフックがズレたんだ……!」


楓は目を輝かせ、取材ノートを取り出すと、すごい勢いではい、とペンを走らせた。

「すごい! 科学的な怪奇現象のメカニズムを、まさか自分の目で直接確認できるなんて、これ立派な論文にできるレベルの収穫じゃない……!」


『……は?』

『いま、なんて言った……?』

『科学的って……おい、俺たちが必死で音を鳴らしたのに、ただの木材の膨張で片付けやがったぞあの女……!』

『プライベートな怪奇現象を、まさかの物理現象として完全にエンジョイしやがってる……!』


霊たちは、あまりのガチガチの論理的(かつ勝手な)解釈に、開いた口が塞がらなかった。

自分たちを恐怖の対象としてではなく、「自然の面白い物理現象の教材」として扱われたショックに、霊たちの間からガックリと情けない溜息が漏れ出す。


「よし、ピアノと肖像画のチェックは完了! 次は……この音楽室の奥にある、開かずの準備室に行ってみようっと!」


すっかり満足した様子の楓は、ベートーベンの肖像画に軽く会釈をすると、さらに奥にある薄暗い小部屋のドアへと軽快な足取りで向かっていく。

彼女の背後では、「もうこうなったら、あの準備室で徹底的にビビらせてやる……!」と、さらに闘争心を燃え上がらせた無数の霊たちが、ぞろぞろと不気味な行列を作ってついていくのだった。

シーズン3・第3話、最後までお読みいただきありがとうございました!


必死でピアノを鳴らしたのに、「木材の膨張による自然現象だ!」とすごい勢いで科学的(?)に片付けられてしまった霊たちのシュールな絶望、楽しんでいただけましたでしょうか(笑)。

本人は本気でビビりたいのに、脳内がホラー作家志望の考察モード全開すぎて全く恐怖を感じないというこのすれ違い、ここからいよいよ「開かずの準備室」へと突入していきます!

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