Ep.458 強行突破
「――セイラン! 来る!」
「見えておる! 振り落とされるでないぞッ」
僕の叫びに応じ、セイランが巨体を右へ傾けた。
直後、先程まで僕達がいた空間を赤黒い閃光が貫いていく。空気が焼け焦げるような異臭が鼻を突き、遅れて轟音が耳を打った。
「くっ……! 何て数だ!」
眼下に広がる黒い大地から、絶え間なく攻撃が放たれている。
魔族の絶対阻止の意志が伝わってくる。飛んでくる攻撃その一つ一つが恐ろしい威力を秘めていて、僅かに掠めただけでもセイランの鱗に傷がついてしまう。
「サリアはセイランを守ってくれ! 他は迎撃だ!」
「わかったわっ! それと皆に飛翔の魔術を掛けるわ!」
サリアが長杖を掲げた。
緑色の光がアズマ達の身体を包み込んで消える。
「これで空中でも自由に動けるはずよっ! でも、セイランから離れすぎないでね! クサビもよっ?」
「わかりました!」
僕は頷いた。ゼファイアの力を宿す僕には自力で飛翔する力があるけれど、これで皆も空中戦に対応できる。
「――ッ! 上からも来るぞ!」
シェーデが叫んだ。
見上げれば、暗黒の空に紛れて無数の影が降下してくる。翼を持つ魔獣、巨大な蝙蝠に似た魔物、そして腐敗した肉体を引き摺るように飛ぶ異形の群れ。どれも僕の時代では見た事がない魔物ばかりだ。それは数えるのも馬鹿らしいほどの大群だった。
「ハッ! ブチ落としてやンぜ!」
ウルグラムが獰猛な笑みを浮かべた。
「ウル! 突出しすぎるなよ!」
「指図すンじゃねェ! 言うまでもねぇッ!」
シェーデの忠告を背に、ウルグラムがセイランの背からビュンと飛び出した!
その両手には銀と黒の双剣。シュミートブルクで仕立てた最高品質の武具だった。
「オラァッ!」
ウルグラムが両腕を広げて回転しながら魔物の群れに突っ込んだ。
一体、二体、三体と魔物が悲鳴を上げて落下していく。
銀閃が走る度に魔物の身体が断ち切られ、黒い血が暗闇へ散る。
しかし、それだけでは終わらない。
側面から巨大な魔物が口を開けながら迫ると、ウルグラムは片方の剣を鞘へ戻し、背負っていた長槍を引き抜いた。
「邪魔だッ!」
突き出された槍が魔獣の口腔を貫通する。さらに槍を振り抜いて死骸を投げ捨てると、今度は大斧へ持ち替え、上空から襲い掛かった別の魔物を叩き割った。
「……凄い」
双剣、槍、斧。
異なる武器をまるで己の手足のように扱い、次々と敵を屠っていく。
——これが武の申し子、ウルグラム・カリスタという剣士の真骨頂なのだ。
勝つ為ならば何でも使え。
武器がないなら拳で、例え四肢がもがれても噛み付いてでも勝ちに行け。
僕は彼からその気概を教わったんだ。
「——クサビ! 見惚れている場合じゃないぞ!」
「っ! はい!」
アズマの声に我へ返り、僕もセイランの肩から飛び出した。
ゼファイアの風を纏い、迫り来る魔物が打ち出した棘を弾き、セイランに届かないように守りつつ、敵へ向かって飛翔する。
「はあっ!」
一体の魔物とのすれ違いざまに解放の神剣を振り抜いた。白銀の刀身が、翼竜型の魔物の翼を切り裂き、返す刃がその胴を両断した。
次々と迫る敵を斬り払いながら、僕はセイランの肩に戻って迎撃の構えを取った。
「——出番だぞ! フェンリル!」
その時、シェーデの凛とした声が響いた。
直後、彼女の傍らに白銀の光が集まり、巨大な狼の姿を形作っていく。
美しい白銀の毛並みに鋭く輝く瞳。
シェーデの契約精霊、フェンリルだ。
「行くぞ、フェンリル!」
「承知したッ! ——ウオオーーーン!」
フェンリルが高らかに咆哮し、飛び出した!
その足元に氷の足場が次々と生まれ、白銀の狼は空を駆け、次々と氷塊を撃ち出して行く。
シェーデもセイランの上で、盾を巧みに操りパリィを連続で成功させて攻撃を跳ね返し、狙い澄ました剣技で動きが止まった魔物を確実に倒していく。
「フェンリル! しっかり着いてくるんだぞ!」
「シェーデこそ、下手をせんことだ!」
シェーデは軽口を叩きながら桃色の髪を靡かせ、盾で魔物の爪を弾き返すと、流れるような剣閃でその首を断ち切る。
彼女の瞳は本気そのものだった。
そこにフェンリルが放った無数の氷槍が、後続の魔物達を次々と貫いていく。
桃氷の剣姫。
その異名に相応しい、美しくも苛烈な戦いだ。
「――サリア! 前方から集中砲火だ!」
「ええっ! 任せて!」
アズマの声にサリアが杖を突き出した。
「――やらせないわっ!」
セイランの前方に幾重もの魔術障壁が展開される。これだけ重ねた障壁なら、簡単には貫かれないはずだ。
——その直後、地上から放たれた赤黒い閃光が障壁へ激突した! 轟音と激しい衝撃が蒼龍に襲い掛かる。
「くぅっ……!」
サリアが歯を食い縛った。
一枚、また一枚と障壁が砕け散る。
しかし、その度に新たな障壁が生まれ、セイランや僕達を護り続けていた。
「サリア! 無理はするな!」
「大丈夫よっ! 私が皆を護るんだから!」
聖女と呼ばれる彼女の言葉は、決して虚勢ではなかった。
皆を護るという強い意志が、力強く立つサリアから溢れ出ているかのように見えた。
だが、魔族領からの攻撃はさらに苛烈になっていく。
そして四方八方から飛んでくる死への意志が、僕達の迎撃をすり抜けてサリアに向けて迫っていた!
「危ないっ!」
「…………!」
僕が叫んだ時には既にデインが動いていた。
その手に握られた剣の柄から眩い光が迸り、瞬く間に伸びた光は一振りの刃となる。
デインが静かに剣を横薙ぎに振るう。
音もなく閃いた光刃が、軌跡が弧を描きながら漆黒の棘や魔術すらも斬り裂き、サリアへ向かった攻撃を瞬く間に全て阻止してみせた。
さらにデインは即座に行動に移した。視力を持たないはずの彼はすぐに魔物の気配を正確に捉え、次々と斬り伏せていく。
さらに空いた片手を掲げると稲妻が生まれ、遠方の魔物達を撃ち抜いた。
光刃の魔術師。
遠距離と近距離、その両方を自在に操るデインの戦いは、まるで舞を見ているようだった。
「ありがとう、デインっ!」
「……」
サリアの傍らでデインは小さく頷き、再び光の刃を構えた。
「——皆! 魔王城が見えてきた!」
アズマの声に、僕は前方へ目を向けた。
黒い山々の麓。瘴気の向こうに巨大な城が聳え立っているのが見える。
無数の尖塔を持ち、禍々しい城壁に囲まれた、漆黒の城。
——魔王城。
「あそこに……!」
「ああ! もう少しだ!」
目的地が見えてきて僕は気を引き締め直した。
魔物達が放つ苛烈な迎撃の弾幕を掻い潜り、セイランは僕達を乗せて魔王城へと疾駆するのだった。




