とある騎士の受難。
閑話です。
お花畑がたくさんいるので気をつけてください。
オパルールには強い騎士がいる。
その人に憧れて入隊する者が多いが俺もその一人だった。
鍛練を積み、やっと近衛騎士にまで上り詰めた俺は王子の護衛を任されることになった。
最初は光栄の極みで緊張していたがそう日を跨がずに後悔することになった。
ろくに学のない俺が言うのもなんだが王子は頭が悪かった。いやなんかズレていた。
我が儘といえばわかりやすいがそれともどこか違う。特定の人にだけ執拗に権威を振るっているのだ。
その相手の一人が婚約者であるアルモニカ・ミクロフォーヌ様だ。彼女は侯爵家だが他国出身のせいで立場があまりよろしくない。
親も伝手もオパルールにいないせいらしいが、だったら婚約者である王子が守ってやればいいだけでは?と思うのにその王子がやたらと彼女に冷たい。
婚約者であるミクロフォーヌ様は自分の物だから何をしてもいいのだと彼女のいないサロンで堂々と宣言し、学友達にも同じことをしてもいいと許可を与えていた。
それがオパルールを知らないミクロフォーヌ様のためになるのだと本気で思っているらしい。
百歩譲ってオパルールを知らないとしてもだ。
イジメのようなことをしておいて『これは愛の鞭だ。喜んで受け取れ』と言って誰が信用する?それを婚約者にされたら俺は泣いて逃げるぞ。
しかも王子の愛の鞭とやらが日に日に悪化してき、ついには婚約破棄までしてきた。いやもうそれ愛なんてないだろ。ただの鞭じゃねーか。
なんの瑕疵もないのに一方的に破棄なんておかしいだろ、と仲間内に愚痴をこぼしていたらいつの間にか破棄したことがなくなり俺は内心ホッとした。
いくら他国の者でも婚約破棄はいくらなんでも可哀想だ。
王宮でも貴族からの評判が悪くて腫れ物のように扱われてるからいつかは婚約がなくなるんじゃないかと思ってはいるのだが、それでもミクロフォーヌ様が傷物になるのは違うだろ、と思っていた。
できるならもう少しミクロフォーヌ様に優しく接してほしいんだけど、当の婚約者の王子はなんでか浮気を楽しんでいて、それをミクロフォーヌ様に見せつけるのが日課になっていた。
彼女は王妃教育で忙しいのにそれを労うことはなく彼女のいない場所で『つまらない女だ。僕のために時間を作らない』と愚痴り浮気女に慰めてもらっている。
今日も花祭りがあると浮気相手に誘われて二つ返事でミクロフォーヌ様を誘わずに外に出た王子は俺と側近候補のエドガードを連れて市井に降りた。
コイツも騎士団長の息子だというのにボンクラである意味純粋なんだけど、坊っちゃん気質なせいでいまいち騎士という自覚が薄い。俺しか保護者がいねーの無理じゃないかな。
それはともかく祭り自体は賑わっていて平和そのものだった。
目の前の浮気相手が更に男漁りをするつもりで花飾りをつけているのも、それを見て『美しい』だの『お前のためにある花だな!』だの言って褒めちぎるバカ……もとい何も知らない王子は花束を買って堂々と告白してるのも見なかったことにすればとても平和だ。
浮気相手に花束渡すとかどんだけ頭沸いて……お花畑なんだよ。しかも隣にいる騎士見習いのバカも花を買ってこっそり王子の浮気相手に渡していやがった。
俺か?バカが花を渡した後に浮気相手の女に『あなたはくれないの?』とかいう顔で見られたがさくっと無視した。俺は勤務中だし人のものを横から手を出しても平気な顔でいる阿婆擦れと仲良くするつもりはない。
「あー良かった!不細工から貰ったらどうしようかと思ってたの!」
当たっているが俺を見ながら言うな。その花束踏みつけたくなるだろうが。
内心イライラしながら護衛を続けているとまたとんでもないものに遭遇した。修羅場だ。
浮気相手の女にも婚約者がいたらしい。王子も初めて聞いたのか(そりゃそうだろうな)驚いて浮気相手を見ると女は、
「アタシ知らなかったの~!きっとお父様が勝手に婚約したんだわ!」
と号泣。
「ふざけるな!昨日、食事会をしたじゃないか!今日花祭りに一緒に行こう言って約束したのにいつまでも待ち合わせ場所に来ないから心配したんだぞ!」
あちゃー相手まともだわ。まともで可哀想。
この阿婆……浮気…いやもう阿婆擦れでいいわ。阿婆擦れには勿体ない正常な男だ。
約束してたのに他の男とデートするとか神経疑う。しかも婚約者がいた上で花飾りつけてるとかダブルで痛い女だろ。どんだけ肉食なんだ?
「知らない知らない!そんなの知らない!」
と下手な言い訳で泣きわめく阿婆擦れに彼は帰るぞ、と手を掴もうとした。ことの詳細を話し合うために男爵の家に行くのだろう。家の婚約なら話し合いが必要だ。
頑張れよ、と見送ろうとしたらバカ王子が割って入り彼の手を叩き落とした。
「彼女は僕の唯一だ。勝手に触れるな!」
「ディルク~!」
バカ!バカ!ダブルでバカかコイツら!
馬車降りる前に散々偽名を使うようにと言い含めておいたのに!
お前らだって『お忍びデートみたいでいいね!』って喜んでただろうが!!
使い時はここだろう?!
ほら後ろで『ディルクって聞いたことが』、『王子様と同じ名前じゃ』、『男の方、見たことあるような』とか言ってるじゃん!!バカ女!バカ王子もフフン、とか調子に乗って胸張ってるんじゃねーよ!バカか!お前も浮気現場見られてんだぞ!!!
阿婆擦れに抱きつかれて『僕、勝った!』みたいなドヤ顔してる王子に頭を抱えたくなった。こうなったら彼には悪いがバカ二人を抱えてこの場から逃げるしかない。
だってこれはお忍びデート。上司にバレるだけでも厳罰ものなのに陛下にバレたら王子も含めてとんでもない罰を受けることになる。
これ以上醜態を晒す前に逃げるぞ、と見習い騎士に目配せをしたらなぜか剣を握って彼を威嚇している。
バカがもう一人いた!
「僕のパルティーに懸想するだけならまだしも婚約者などと嘯くなど僕に対して不敬だぞ!」
「な、何を言っているんですか。そこのパルティーは間違いなく私の婚約者です!コラール男爵とソリッド商会会長である私の父が結んだものです!」
身なりを見てそれなりの家柄だと踏んだのか彼はなるべく丁寧な言葉遣いで王子に返したがバカ王子の返しが酷い。何でそこまで聞いて、
「そんなはずはない!パルティーが知らないと言っている!!」
なんだよ!どう考えても阿婆擦れの方が嘘ついてるだろうが!
しかもソリッド商会って言ったら貿易で有名なとこだぞ!俺でも知ってる商会の御曹司を無下にしたらそれこそ問題だろうが!王家だって世話になってるだろ?!
それに王子にとっては些細なことでも阿婆擦れにとっては良縁のはずだ。叶いもしない一時の感情で家に迷惑をかけるのは阿婆擦れの本心ではないはず。
耐え忍ぶミクロフォーヌ様の姿を見ているんだ。婚約者の訴えにさすがに目を覚ますだろう。
お互いが浮気なのだし王子もこれを機会に目を覚ますなり頭を冷やすなりしてほしい。
「殿……坊っちゃん。今日のところはここで引き下がりましょう。目立ちすぎますと面倒なことに」
「目立つことがなんだ!!ここでパルティーを守らなければ男が廃るだろうが!」
「ディルク!嬉しいわ!!」
バカばっかじゃねーか。
「ソリッド商会などと聞いたことがないわ!そんな小さな商会がパルティーと婚約?ふざけるな!!そんなものこの僕が破棄してくれる!」
「キャーっディルク格好いい!」
格好良くない!格好良くない!!無知披露してる!!
「は、破棄なんて勝手に他人ができるわけないだろう?!」
そう!その通り!!
「今更縋っても無駄だぞ!僕にはそれだけの権力がある!!それにパルティーは僕のことしか見ていない!僕を愛しているからな!」
抱きつくな!人の目を気にして!
「しかもお前、学園に入学もしていない貧乏人だろう?だから顔を見たことがないんだな!」
「しょうがないわ!彼貴族じゃないもん。それに〝うぇ〟って思うくらい不細工だし!」
確かに顔だけはバカ王子は頭ひとつ分抜けてていいけどお前最低だぞ阿婆擦れ。彼顔を真っ赤にしてるじゃないか。
むしろ彼を連れて何処かに避難させた方がいいのでは?みたいな気持ちで考えていると一台の馬車が動き出した。
物見で埋め尽くされていたがバカバカしいと思った者が帰り始めたのかもしれない。
「殿……坊っちゃん。そろそろ帰りましょう。長居はいけません」
帰ったら政務の勉強あるんだから。今日はすでに剣術の練習サボってるんだから逃げられませんよ。そういう意味も込めて言ったのに。
「まあ待て。今いいところなんだ。パルティーの前でいいところを見せてやらないとな!」
「アハッやっちゃってディルク!」
恥部丸出しだよお前ら。
「おいお前!さっきから生意気な態度でいるがこの僕を誰だと思っている?!」
「は?誰って」
「僕の名前はディルク」
「わーっわーっわーっ坊っちゃん!!」
「煩いな!黙れ!」
黙るのはテメーだよ!
「今いいとこなのよ!不細工は黙ってて!」
お前が黙れ阿婆擦れ!お前達がつけてるお揃いの花がどういうことかわかってるのか?!
これだけ大勢に見られて『王子が浮気してます』ってバレてみろ?!お前も俺も首がとぶかもしれないんだぞ?!
いい加減お前も協力しろ!と見習い騎士を睨んだら奴は阿婆擦れに自分と同じ花を髪に差そうとしていたのでそれを奪って踏みつけておいた。くそっここにはバカしかいないのか!
「僕の名を知れば貴様はあまりの恐ろしさに頭を地面に擦り付けて許しを乞うだろう!だが僕は許さない!僕の愛するパルティーを騙そうとしているのだからな!」
「わ、私は騙してなど!」
「煩い煩い!僕の前で嘘をつき、僕とパルティーの幸せな時間を壊したのだ!万死に値する!」
さっきから聞こえる『ディルク』という名前と尊大な態度になんとなく察しがついたのか彼の顔色がどんどん悪くなってきている。
そうなんだよ。ごめんな。バカを止められなくてごめんな。
そんな気持ちで見ていたら人を退かしながら馬車がやっと此方に出てきた。
「僕の名はディルク・おい、邪魔だ!どこのどいつだ!退け!退け!」
丁度名乗りに入ったところで馬車が前を通り王子は憤慨したが俺はチャンスと思った。
「この国の王子、ディル……おい、さっさと行け!邪魔だ!!」
大抵の人は馬車に道を空けているがそれでもこの顛末が見たい観客は此方に目を向けているのでなかなか馬車が通れない。
なので阿婆擦れが馬車に乗ってる褐色の男を見て「やだ、格好いい」とか色目使っているのを尻目に馬車の反対側に回り込んで不憫な彼に声をかけた。
「収まりがつかないだろうがここは引き下がってくれ。恐らく後で詳細が聞けるはずだ」
ごめんな。と謝れば怒りよりも戸惑いの方が強い顔の彼は神妙に頷きその場を後にした。
あーあ。きっと阿婆擦れとの婚約はなくなるだろうな。彼にとっては良かったことだろうけど。
「え……」
このまま居たら不敬罪で捕まってたかもしれないし仕方ないか、と顔を上げたら丁度馬車の窓にいる令嬢と目が合いぎょっとした。
彼女は俺を覚えていたのか目礼だけして前を向いたが俺は驚きのあまり返せず固まってしまった。
嘘だろ。何でここにミクロフォーヌ様が居るんだよ。
「あれ?おい!あの男はどこだ?!」
「ちょっと~ディルクが聞いてるんだから答えなさいよ~」
ターゲットにしていた彼が消えて不満タラタラに愚痴を零すバカ二人を無視して俺は頭を抱えた。
実はもうひとつ修羅場ができてたなんて考えたくもない。
しかも諌められず彼を逃がすことしかできないところを見られてしまった。
ご苦労様です、みたいな同情の目。
バカ王子とかが見たら別の意味で捉えるのかもしれないが俺からすれば彼女もバカ共に振り回されている不憫な同士なのだと気付き、いやもっと不憫な立場なのだとわかってとても申し訳ない気持ちになった。
読んでいただきありがとうございます。