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9.フィレーネの手料理


 武器や防具、罠などの道具類の点検が終わりかけの時、木々の間を吹き抜けてきた風に運ばれて美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐった。


「腹、減ったな……」


 それまで集中していたため気にしていなかったが、この香りは腹が空くやつだ。

 フィレーネの手料理か? 自分で料理に自信があると言うだけはある。俺もそれなりに料理の腕があると自負していたんだが、彼女の料理を前にしたら二度とそれは言えなくなりそうだな。


 点検が終わった物を収納ポーチに片付け、少し離れた場所にいるフィレーネの元へ。

 彼女は使い魔達に囲まれて、上機嫌に鼻歌を口ずさみながら手際よく調理をしていた。


 兎の肉以外にも多くの食材がある。甘みのある木の実や、料理の香りを引き立てる薬草など、様々なものがそこに並べられていた。おそらく使い魔が採ってきたのだろう。


「美味しそうな匂いだな」

「──あ、レイジさん! もう準備は終わったんですか?」


 声を掛けたら、フィレーネはこちらを振り向いて笑顔を見せてくれた。

 その美しい姿に一瞬、俺は見惚れてしまった……が、すぐ我に返って咳払いを一つ。


「もう全部終わった。いつでも出発できるぞ。そっちはどうだ?」

「私ももうすぐ終わります。もう少しだけ待っていてくださいねっ」

「わかった。何か手伝うことはあるか?」

「それじゃあ、あの子達を見張っていてくれませんか? 隙あらばつまみ食いをしようとしてくるので、困っちゃって……」


 そんな会話をしている合間も、彼女の使い魔達は昼食を虎視眈々と狙っていた。

 俺達が食べるものではない。使い魔用に用意した物だから食べられても困らないが、どうせなら一緒にみんなで食べたいとフィレーネは言う。


 命令すれば使い魔は絶対に逆らえないのだが、フィレーネはそれをしたがらない。

 きっと、彼女は使い魔相手でも対等でありたいのだろう。強制的な押し付けを好まないのも、彼女の優しさだ。


「了解した。任せてくれ」


 すでに調理された品々の前を陣取り、仁王立する。

 するとどうだ。使い魔は蜘蛛の子を散らすように、俺から距離を取った。もうつまみ食いをしようと近付いてくる奴はいない。


 俺は昔から動物に好かれなかった。

 師匠は「野生動物は本能で強者を恐れるんだよ」と言っていたな。俺が見つめるだけで全ての動物が全身の毛を逆立てるものだから、小さな頃はそれで何度落ち込んだことか。


 ……まさか、この体質が何かの役に立つ日が来るとは、夢にも思わなかったな。


「お待たせしましたっ!」


 使い魔との睨み合いを続けること数分。

 フィレーネは二つの皿を持って現れ、それをテーブルの上に並べた。


「おお……!」


 俺は柄にもなく、感嘆の息を漏らした。

 出されたのは兎肉のステーキだ。これ自体は何度も食べたことはあるが、今まで食べてきたものと香りが違う。点検をしていた時にも感じていたが、これでもかと空腹を刺激してくる匂いは……薬草か?


「新鮮なお肉をハーブで包んで、火と水の精霊さんに火力調整をしてもらったんです。包んで焼くことで香りが引き立って凄くいい匂いになるんです。その上に、この森で採れたコショーの実を磨り潰した物を振りかけました」

「凄く美味しそうだ……」

「え、えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。本当は色々と準備をしていれば、これよりももっと豪華なものを作れたんですけど……」

「いやいや、これで十分だよ。過去に食べたどのステーキよりも美味しそうだ」

「い、言い過ぎですよ……でも、ありがとうございます」


 今すぐに齧り付きたい欲を抑え、両手を合わせて祈りを捧げる。

 俺は教会の奴らと違って神を信仰しているわけではないが、食前の祈りは小さな頃から師匠に習慣付けられたため、いつも忘れずやるようにしていた。


「みんなも、もう食べていいですよ」


 フィレーネの許しを得た瞬間、使い魔達は餌に群がった。

 余程腹が減っていたのだろう。凄まじい食いつきだ。


「よし、俺達も食べるか」

「はいっ!」


 兎肉は上質な肉かと思うくらい柔らかくて、噛むたびに旨味が溢れてきた。「美味しい」という言葉しか浮かばないほどに語彙力が無くなる料理は、これが初めてだ。


「……どう、ですか? お口に合うといいのですが」

「凄く美味しいよ。これから毎日、フィレーネの手料理を作ってほしいくらいだ」

「そっ、そうですか!? …………これから毎日……それって、つまり、そういう……」


 気が付けば兎肉は無くなっていた。

 俺としたことが夢中になって食べてしまったな。


「……ふぅ、ごちそうさま。とても美味しかった」

「美味しそうに食べてくれて、私も嬉しかったです。これからも沢山、レイジさんに手料理を振る舞いますね!」


 そう言って、フィレーネは腕を捲る動作をした。


「……ああ、頼む」


 これから毎日、彼女の手料理を食べられる。

 追放されたばかりでこう言っていいのか分からないが、俺は幸せ者だなと、そう思った。


「面白い」「続きが気になる」

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