10.森の最深部へ
フィレーネの手料理を堪能した後、小一時間ほど食休みをした俺達は、改めて森の深部へと歩き出した。
今まではフィレーネの使い魔にお願いして案内をしてもらっていたが、目標へ近付くにつれて、俺も環境を荒らした元凶の気配を強く感じられるようになった。
そのこともあり、現在は俺が先頭を切って歩いている。
使い魔とは言え、元はただの野生動物だ。フィレーネの頼みで案内をしていても、奥へと進むたびに使い魔達の恐怖心は増して行く。流石に可哀想になり、これ以上の案内は大丈夫だと俺が判断したのだ。
使い魔も相当無理していたのだろう。
離れていいと許可を出した瞬間、ただの野生動物とは思えない速さで使い魔達は走り去った。
「……フィレーネも、怖いなら離れていていいんだぞ?」
俺の腕を掴むフィレーネの手は、微かに震えていた。
想像以上の濃厚な魔力だ。常人だとすでに発狂しているほどの威圧感を、よくぞここまで文句を言わずに我慢できたと褒めてもいい。
「……一緒に、行きます」
「無理をしなくてもいいぞ? 思っていた以上にヤバい相手だ。ここで待つことを選ぶのも、懸命な判断だと俺は思う」
「いいえ、行きます。……必ず、お役に立ちますから」
「…………分かった。何があっても俺がフィレーネを守る。だから安心してくれ」
ここまで連れて来たのは俺だ。
なら、最後まで責任を持って守るのが筋だろう。
大丈夫だ。俺には出来る。
そのために力を蓄えてきた。
強敵と戦うための準備も万全だ。
フィレーネを、仲間を守るためなら、あの力だって……。
「……レ……ジさん。レイジさん……!」
強く腕を掴まれ、俺はハッと我に返る。
「どうした? フィレーネ」
「……レイジさん。怖い顔でした。それで、私……咄嗟に名前を……」
どうやら、考えていたことが表に出ていたようだ。
余計な感情を抑えるのは基本だというのに、俺はまだまだだな。
「すまない。怖がらせたか?」
「いい、その……レイジさんが遠くに行っちゃうような気がして……ご、ごめんなさい! 私、自分でも何を言っているのか分からなくなっちゃって……」
俺がどこか遠くに行く、か……。
「私はもう、何処にも居場所がないんです。レイジさんしか、頼れる人がいません……だから、お願い。置いて行かないで……」
──居場所がない。
おそらく、フィレーネは俺に依存しているんだ。
誰も信じられなくなった彼女は、自分に初めて優しくしてくれた人間を頼っている。
頼られていることを煩わしいとは思わない。
彼女に手を差し伸べた。今更、そのことに後悔はしていない。
「安心してくれ。黙って仲間を置いて行くほど、俺は酷い奴じゃないさ」
大丈夫だと、彼女を安心させるために、俺は笑顔を浮かべた。
◆◇◆
それから暫く歩き続け、俺達はようやく最深部まで辿り着いた。
「この先に元凶がいる。油断するなよ」
「……はい」
簡単に作戦を伝えて、隠蔽魔法で二人の気配を殺す。
強力な魔物は、総じて知性が高い。
近付いてくる敵を事前に予知して、こちらが動くより先に攻撃を仕掛けてくることも珍しくはない。
俺達は戦いに来たわけではない。
相手に知性があるなら、交渉は可能なはずだ。
この森から去ってくれるよう、頼むことくらいは出来るはずだ。
魔物と戦うのは、最終手段。
そうならないように最善を尽くすのみだ。
まだ姿を見てさえいないのに、肌がひりつく。
呼吸をすることさえ難しく、耳障りなほどに心臓が素早く鼓動する。
俺は細心の注意を払いながら、茂みから顔を出し──
「…………おい、嘘だろ?」
驚愕に目を丸くさせる。
フィレーネも同じような反応で『それ』を見つめていた。
その魔物は、人間の背丈を優に超える大狼だった。
大狼の特徴は、純白に輝く美しい毛並みだ。
それは北部に降る雪のように、神殿に降り注ぐ後光のように。
その姿はとても神々しく見えた。
やつの正体は、知っている。
だが、この目で見るのは初めてだ。
なぜなら、あの魔物は──神話の生物なのだから。
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