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わからないきずかない‐5‐
「ありがとう。冷めた体、温められたわ」
「それは……よかった」
一瞬──。
話しかけられ、身体が固まった。動け、と気合を入れなければ動けなかったのだ。艷やかさの増す女体に見とれたわけではなかった。ある意味ではその逆だ。見えなければ……見えてさえいなければ……自分自身の目を呪った。鏡太郎の指先は震えていた。
「温かいコーヒーを煎れた。──って、お風呂上がりは冷たい飲み物のほうが良かったか? まあよかったら飲んでくれ」
「いや、ありがたい、いただくよ」
椛は腰をおろし、牛乳たっぷりのコーヒーが注がれたマグカップに唇を落とす。落ち着いている、ように見えた。あまりにも普通すぎたのだ。それゆえに恐怖した。鏡太郎は知っている。狂った人間ほど真人間にしか見えないということをだ。言い知れない恐怖が影を踏んでいた。




