第八章 琵琶湖のほとりで
大阪への転勤が決まったころ、妻のスマートフォンには、見知らぬ名前からのメッセージが届いた。
「はじめまして。ずっと寅次郎くんのブログを読んでいました。ようこそ関西へ。」
その送り主は“小助ママ”、本名をきのこさんと言った。
寅次郎と同じ犬舎「富士野荘」出身の赤柴・小助の飼い主であり、彼女は大阪に来る前から寅次郎の成長をブログで見守ってくれていたという。
遠く離れた土地の誰かが、画面の向こうで我が子のように寅次郎を思ってくれていた。
そのことに、私たちは言葉にできないほどの温かさを感じた。
そしてある春の日、きのこさんから「一度お会いしませんか」と誘いがあった。
場所は琵琶湖のほとりにある「Rカフェ」。
柴犬たちを連れて入れる、湖風が気持ちいいテラスのあるカフェだという。
その日、私たちは少し緊張していた。
オフ会というものは初めてだったし、寅次郎にとっても“ネットの向こうの友”との初対面だった。
湖岸の駐車場に車を止めると、春の風に混じって、かすかに草の香りと湖の湿気が鼻をくすぐった。
テラス席には、赤柴の小助がいた。
田舎育ちらしく、自由奔放な目をしている。
どこか寅次郎と似た“しゃくれ顔”に、私と妻は思わず笑った。
小助は寅次郎と異母兄弟なんや!(血統書にて確認)
飼い主たちは初対面にもかかわらず、まるで旧友のように話が弾んだ。
犬たちは最初こそ距離を取っていたが、やがて匂いを嗅ぎ合い、尻尾をゆるやかに振り始めた。
その瞬間、ブログの中の世界が現実とひとつになった気がした。
「寅次郎くん、写真より穏やかやね」
きのこさんの言葉に、妻は少し照れくさそうに笑った。
琵琶湖の水面は陽光を受けてまぶしく揺れ、犬たちの影がゆらゆらと砂の上を動いていた。
私たちにとって、それはただのオフ会ではなかった。
寅次郎が導いてくれた新しいつながりであり、
あの日の出会いこそが、のちの私たちの人生を少しずつ変えていく“ターニングポイント”となったのだった。この家族とこれから懇意になることは言うまでもない。




