第二十七章 因果応報 因果を探すが天命か
なぜ、寅次郎なのか。
この問いが、頭から離れなかった。
どれほど真面目に生きてきても、
どれほど大切にしてきても、
理不尽な現実は、いつも突然やってくる。
これが因果応報というのなら、
いったい何の報いなのか。
私はただ、あの小さな命を守りたかっただけなのに。
因果を探すが天命か。
理由を求め続けることこそ、
人としての逃れられぬ宿命なのかもしれない。
そんな思いをよそに、
寅次郎は相変わらずの顔でこちらを見ていた。
少し口が開いて、目はまるくて、
どこか抜けたような、あの“あほづら”だ。
それだけで救われる。
どんな薬よりも効く、私たちの癒しの源だった。
新しい病院を探す日々が始まった。
治療方針を決めるには、あまりにも情報が多すぎた。
何が正しくて、何が間違いなのか、誰にもわからなかった。
そんな中で、ようやく見つけたのが
東洋医学と西洋医学を併用している病院だった。
漢方とサプリメント、点滴と投薬を組み合わせ、
一頭ごとに治療方針を立てるという。
初めて診察室に入ったとき、
その空気のやわらかさに驚いた。
白衣の先生は、
こちらの話を最後まで黙って聞いてくれた。
「この子は、まだ闘えると思います。」
その一言で、
胸の奥に少しだけ光が戻った気がした。
それでも、すぐに安心できるわけではなかった。
この病院にはオゾン療法の設備がなかった。
わずかな可能性でも捨てたくなかった私たちは、
オゾン治療を別の病院で受けることにした。
ところが、そこにいた獣医は、
まるで別の世界の人のようだった。
言葉は事務的で、
まなざしはどこか上から目線。
寅次郎に話しかけない。
自分は偉いと信じて疑わない、
そんな態度だった。
私は悟った。
この人には、寅次郎の痛みは見えない。
心がない。
妻は診察が終わったあと、
小さく息をついた。
「この人に寅を任せるのは、違うね。」
私も頷いた。
オゾンだけ、そこでやってもらうことにした。
それが、最も現実的な選択だった。
それからの日々、
新しい薬との闘いが始まった。
寅次郎は頑固で、
どんなに小さな錠剤でも拒む。
口を開けない。
飲ませるのは、いつも妻の役目だった。
その時間は、毎日の小さな戦場だった。
薬を飲ませ終える頃には、
妻の手や腕には細かな傷が増えていた。
それでも彼女は笑った。
「ごめんね、寅。」
「頑張ったね。」
その声に、寅次郎はほんの一瞬、目を細めた。
まるで「わかってるよ」と言うように。
どんな痛みがあろうと、
その表情ひとつで、
すべてが報われる気がした。
寅次郎は、その日もあほ面で笑っていた。
その顔を見るたびに、
この子の命が、まだこの世界に踏みとどまっていることを感じた。




