一
午前六時。爽やかな音楽で初音は目覚めた。
本調子とまではいかないが三時間の睡眠で気分もだいぶすっきり。ベッドから起き上がってシャワーを浴びる。しっかりアイロンをかけたブラウスにペンシルスリットスカートを履けば、いつもの出勤スタイルの完成だ。
あとは歯磨きと化粧。いつでも仕事ができる。
『朝食を忘れているぞ』
「食べる時間がないからいいよ。今日は昼ごはんを早めに食べる予定だし」
『却下だ』
スマホの画面に大きくバツ印が表示された。
『脳のエネルギー源となるブドウ糖が不足し、集中力と記憶力の低下につながる。効率的な業務遂行のためには朝食を採ることが望ましい』
「お昼に摂るってば」
『血糖値の問題も見過ごせん。朝食を抜けば血糖値が下がり始めるため、体内では血糖値を上げる働きをするインスリン拮抗ホルモンの分泌量が増える』
「インスリンキッコーマン?」
歯磨きを終えて口をゆすぐ。失礼にならない程度に薄く化粧を施して準備完了。
『インスリン拮抗ホルモンだ。ホルモンの影響で昼食を食べる頃には血糖値が上昇しやすくなっている。このタイミングで昼食を摂ると、血糖値が急上昇する。急上昇した血糖値を下げるため、今度はインスリンーー』
「ごめん。全然意味がわからないんだけど、要するに健康に悪いってこと?」
『端的に言えばそうだ』
だったら先にそう言えばいいのに。回りくどい奴だ。財布に定期にハンカチなど一式を確認して鞄を肩にかける。
『朝食を抜いて空腹のまま会社にいくと、脳だけでなく体を動かすエネルギーを取り入れていないために、体が重く、だるさや疲労感が残ってパフォーマンスが悪くなる。さらに必要なエネルギーを生み出す栄養が補給されていないと、体は貯蔵しておいたグリコーゲンを分解してブドウ糖を利用するため、長時間の活動も困難になる』
「ところでさ」
初音は充電器に接続していたスマートフォンを抜いて、手に取った。
「最近の携帯電話って喋るものなの?」
昨日会社から支給されたスマホの充電ランプが、存在を主張するかのように点滅した。
『やっと根本的な問題点に気づいたか』