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第三話「ばばぁ無理すんな」Aパート




 そこは夢の世界――だが魔法少女やバクがいないためその様相は普段のそれとは大きく異なっている。一応は内渚町の姿を形取っているが、色が白と青以外に何もない。まるで水晶でできた町のようだった。

 その町の片隅に、ペンギンのぬいぐるみみたいな謎の生き物がいた。その謎生物は空中に浮かぶ大きな鏡を前にしている。


『報告は読ませてもらったよ、地球保護管第二七七九一号』


「ありがとうございます」


『バクとの戦いも本格化しているが君はよくやってくれているようだ』


「恐縮です」


 「地球保護官第二七七九一号」と呼ばれていたのはロビンである。ロビンをそう呼ぶ人物は鏡の中にいてその姿を伺うことはできなかった。ただ、その声はロビンと同じくまるで声変わり前の小学生男子のようだ。口調はロビンよりもかなり大人びていたが。


「バクの出現頻度がかなり高いように思われます。彼等がまた何か企んでいるのでしょうか」


『全く、彼等も何度同じ失敗をくり返せば理解できるのだろうね……言うまでもないが彼等の動向はこちらでも注意している』


 鏡の向こう側の人物――ロビンの上官と見られるが――その言葉にロビンは「はい」と頷いた。


『その世界での戦いにおいて何より重要なのは現地協力者との意思疎通だ。公開を許可できる情報は非常に少ないが、それでも彼女達の信頼を得て上手くことに当たってほしい』


「は、はい。もちろんです」


 ロビンは動揺を何とか隠しつつ返答した。


『僕にも経験があるから君がどれだけ大変かは誰より理解できるつもりだ。問題があるならできるだけのことをするから、何でも言ってくれ』


 問題がないわけがない。ロビンはこれまでのどんなお供も抱えていなかった問題に直面している。ロビンだけでは対処は不可能で、問題の解決には組織の力を必要としている……だが。


(き、君は一体誰の力を借りて! 僕達お供の力がなければ魔法少女になれるはずがないのに!)


(答える必要はないわ)


 ロビンが思い返しているのは虎子達との口論の一部である。それと同時に、そのとき抱いた疑念もまた脳裏を過ぎっていた――飛鳥達に協力しているのは先代お供ではないのか?

 上官の言葉にしばらく迷っていたようだが、やがてロビンは明確に答えた。


「――いえ、今のところ大きな問題は、何も」








 医王山家ではいつものように朝の食卓を営んでいるところである。今日は珍しくもことらのリクエストに応じてパン食だった。


「ん、うめぇ!」


 バターを塗りたくったパンを頬張り、ことらはご満悦の様子である。ことりもまた苺ジャムを塗りたくったパンを美味しそうに食べていた。一方飛鳥は自分で入れたコーヒーをすすっている。「朝はご飯」にこだわりのある飛鳥だが、娘二人が満足そうなので不満を口にすることはなかった。


「今日の夜は約束があるから、俺の分の晩飯は作らなくていい」


「……こないだの人が来るの?」


 ことりの問いに飛鳥は若干の動揺を示した。


「い、いや。今日はことらも家にいることだし」


「じゃあ、こないだの人と会うの?」


「いや、今日はそうじゃなくて」


「『今日は』?」


 ことりの追求と父親の動揺に不審を抱いたことらが「こないだの人って?」とことりに問う。飛鳥は焦りを募らせたがことりの口を塞ぐことなどできはしない。


「こないだ何とかいるかって人が家に来たの。駐屯地の盆踊りでお姉ちゃんも会ったことがある」


「ああ、あの人か。いい人だったよな」


 とことら。


「お前はあのときにたこ焼きと焼きそばとチョコバナナとかき氷と綿菓子とソフトクリームをいるか君におごらせていたからな」


 と飛鳥は呆れた様子だ。ことらは欠片も気にせず「そうそう、いるかさん」と頷いている。


「それで、そのいるかさんが何しにうちに来てたんだ?」


「何しに、だろうね」


 素朴な疑問を抱くことらと、非難がましい目を父親へと向けることり。飛鳥は「いやその……」と言葉を濁らせた。


「何、いるかさんて親父と付き合ってるの? それで小姑に挨拶に来たとか」


 ことらが口にしたのは冗談のつもりだったが、飛鳥は肯定も否定もできずに「あーう-」と完全に詰まっている。つまりそれは肯定と同義だった。


「……え、本当に?」


 目を丸くしたことらが飛鳥を追求する。飛鳥は目を泳がせるが、


「どうなの、お父さん」


「いるかさんと付き合ってるの? 再婚するの?」


 娘二人の追求から逃れられはしなかった。観念した飛鳥が、


「……今すぐというわけじゃないが」


 とそれを認める。飛鳥はおそるおそる娘二人の、特にことらの表情をうかがった。


「へぇー、すげえじゃん!」


 ことらは明るい笑顔を浮かべている。予想外の反応に飛鳥はあっけに取られてしまった。


「あんなにきれいで若い人と再婚できるんだ! 親父もなかなかやるじゃん」


「……反対はしないのか?」


 戸惑いつつ問う飛鳥に対してことらは屈託なく返答する。


「わたしは賛成だよ。家事を分担する人が増えるならわたしもことりも助かるわけだし」


「そうか。その辺はちゃんと話し合っておく」


 飛鳥は安堵に大息をついた。一方ことりは姉が反対しないことに不満げな様子だった。


「反対しないの?」


 妹の問いに、ことらは満面の笑みとなって、


「だって、これで大手を振って母さんのところに行けるじゃん」


 無邪気に素直にそう答える。飛鳥からすれば、有頂天まで登らせてもらったところで奈落へと突き落とされたようなものである。


「そ、そうか……」


 正直に言えば泣きたいくらいだったがさすがに泣きはしなかった。無理に作った笑顔が引きつるのはどうしようもなかったが。

 ――「最大の難関」と見なしていたことらが理由はどうあれあっさりと再婚に賛成してくれたため、飛鳥も気が抜けていたようだった。もう一人の愛娘がずっと渋い顔をしていたことをほとんど気に留めていなかったのだから。








 自衛隊の駐屯地。そこでもいつもと変わりない時間が流れている。いるかは同僚や部下と共に、武器庫で武器弾薬の在庫を点検中だった。


「ここ、数が合わなくない?」


「え、嘘」


 弾丸の一発でも数が合わなければ始末書物だ。いるかと同僚が最初から数を数え直し、結局いるかの数え間違いであることが判明した。


「ただの間違いでよかったけど、注意してよね」


「はい、すみません」


 といるかは平謝りすることしかできない。点検を終えているか達が武器庫から外へと出る。強い太陽の日差しを浴び、いるかは立ちくらみを起こした。


「恋路さん?」


「恋路二尉、大丈夫ですか」


 気が付いたらいるかはその場に座り込んでいた。周囲の者が気遣っているかに声をかけている。いるかは「大丈夫です」と立ち上がるが、ふらふらしていて見ていて危なっかしいくらいだ。いるかは医務室へと直行となった。

 いるかは医務室のベッドで横になっている。断続的に眠っていたようで、気が付けばもう夕方になっていた。


「もう大丈夫そうね」


 いるかの顔色を確認し、女性の医務官がそう告げる。


「すみません、ご迷惑をかけて」


「今日はもう上がりなさい。お迎えも来ているから」


 と女性医務官は親指でドアを指し示す。医務官に会釈しているかが医務室を出ると、


「いるか君、大丈夫か?」


 ドアの外では飛鳥がいるかを待っていた。


「はい、もうすっかり」


 いるかは感激のあまり涙をこぼしそうになるが、何とかそれを我慢した。

 飛鳥といるかは並んで事務棟の通路を歩いている。勤務時間はすでに終わっていて二人にとってはオフタイム、もうプライベートの時間だった。


「今朝、うちのチビ共と話していているか君の話になってな。再婚を考えている、と言う流れになった」


「……反対は?」


 おそるおそる確認したいるかに飛鳥は(気分的には)爽やかな笑みを見せる。


「理由はともかくとしてことらは賛成に回ってくれた。最大の難関はこれで突破できたわけだから具体的な話を進めようと思う」


「ことりちゃんは……?」


 いるかの問いに飛鳥は少し考え、


「そう言えばあまりいい顔をしていなかったな。だがあの子は聞き分けがいいから大丈夫だろう」


 その回答にいるかは顔を青ざめさせた。


「どうした? まだ気分が悪いのか?」


「いえ、もう大丈夫です」


 心配する飛鳥に対し、いるかは無理に笑顔を作って返答する。


「俺は何かと忙しいし、ことらは家事が嫌いだから家事についてはことりの負担がずっと重かった。いるか君がその辺を補ってくれるならあの子も強く反対はしないだろう」


「そ、そうですね……」


 いるかはそう答えるのが精一杯だ。いるかが自制心を最大限発揮したため飛鳥はいるかの異変に気が付いていない。


「まだ調子が悪いみたいだな。今日は早く帰ってゆっくり休んでくれ」


「はい、そうします」


 飛鳥は「それじゃ」といるかと別れ、去っていく。飛鳥の姿がなくなり、気が抜けたいるかはその場に崩れるように座り込んだ。

 ……少しだけ休憩したいるかが自宅へと、駐屯地に隣接する官舎へと向かう。その途中で、


「恋路いるか二尉」


 声をかけられたいるかが振り返ると、そこには虎子の姿があった。どうやらいるかを待ち構えていたらしい。


「あのへたれが重い腰をようやく上げたらしいわね。とりあえずおめでとうと言っておくわ」


 虎子は皮肉げな笑みを浮かべているが、いるかのことを一応祝福するつもりでいた。


「わたしも前よりは余裕があるし、もう中学生だから自分のことは自分でできるだろうし、上の子はこっちで面倒を見てもいいわ。ま、覚えておいて」


「それでことりちゃんはこっちに残して、わたしをいたぶるのに使うつもりなんですね……」


 想定外のいるかの反応に虎子は不審げな顔をした。


「恋路さん?」


「その手は食わないわ!」


 いるかが大声を出し、親の敵の見るような目で虎子を刺し貫く。虎子は戸惑うばかりである。


「やっと判った。ことりちゃんがあんなことをしたのもあなたの差し金だったのね……なんて卑怯な! でもあなたには負けない、飛鳥さんの愛はわたしだけのもの。あなたがつけ入る隙なんてもう一ミリだってありはしないわ!」


「いやあの、ことりが何をしたの?」


 虎子の問いにいるかは「何を白々しい」と吐き捨てた。


「あんな陰湿な、嫁いびりみたいな真似、ことりちゃんみたいな子供が思いつくわけがない。あなたに命令されてしたことに決まっている。わたしには判っているのよ」


「あの、具体的に何をされたのか教えてほしいんだけど」


「自分でやらせておいて!」


 激高したいるかが虎子へと殴りかかろうとし、虎子が腕を上げて防御の姿勢を取る。が、いるかはその途中で力尽きたように路上に座り込んでしまう。虎子は思わずいるかへと駆け寄った。


「大丈夫? 具合が悪いの?」


 虎子がいるかへと手を差し延べるが、いるかはその手を打ち払った。


「ことりちゃんはあなたの操り人形じゃない、あの子はわたしが更正させる。ことらちゃんのことだって理解してみせる……!」


 狂気に光っているかのような目を向けられ、虎子は言葉をなくしていた。その間にいるかは自力で立ち上がり、虎子に背を向けて去っていく。虎子はその背中を追おうとはしなかった。

 虎子はしばらく呆然としていたようだが、それも長い時間ではない。虎子はきびきびとした動作でスマートフォンを取り出して電話をかけた。


「もしもし、ことら? 今家にいるの? 近くにことりはいる? ――この間恋路いるかさんが家に来たときに何をしたのか、詳しく聞きなさい。今すぐに」


 ……その後、ことら経由でことりの所行を把握した虎子は即座に飛鳥へと電話をかけた。その話を聞いた飛鳥は頭を抱えており、言葉もないようだった。


「しかしまさかことりがそんなことを……正直言って信じられん。これがことらのしたことなら『ああ、やっぱり』とも思うんだが」


『わたしからしてみればその逆で、ことらがいるかさんを苛めたなら意外に思うけど、ことりがそれをしたことには特別驚いていないわ。あの子は昔からわたしにはあまり懐かず、あなたにばかり懐いていたじゃない』


「ことらとはちょうど反対に、な」


 飛鳥の言葉に虎子は『ええ』と同意する。


『ことらはあなたに執着がないからあなたの再婚を祝福していて、ことりは大好きな父親を盗られそうになって過剰反応している、ってことね』


「その理屈は判らなくはないが……だがことりがそんな底意地の悪い真似を」


 往生際の悪い飛鳥に虎子は『はあ』とわざとらしいため息をついた。


『あの子はあなたの前ではいい顔ばかりするものね。でも十歳の子供の本性も見抜けないのは、父親としては情けないわよ』


 飛鳥は反論を口にしようとし、結局何も思いつけなかった。代わりに口にするのはため息だ。


「はあ……ともかく、ことりとはちゃんと話をして叱っておく」


『ええ、任せるわ。――それとは別の話なんだけど、いや別かどうかは微妙だけど』


「何だよ」


『恋路いるかさんがバクに取り憑かれている疑いがあるわ』


 飛鳥は今度こそ完全に絶句した。




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