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第二話 Cパート




 翌日の内渚町立中学校、ことら達は平穏で平凡な中学生としての日常を謳歌していた。……本人達、特にことらにしてみれば授業は退屈なだけで苦痛でしかなく、少しでも早く時間の彼方に過ぎ去ってくれることを願ってやり過ごしているだけ、というところだが。

 今もことらは国語の授業をろくに聞いておらず、欠伸を連発している。お経よりも眠気を誘う授業の内容は右の耳から左の耳へと頭の中を素通り状態だ。たまにしっかり起きて真面目な顔をしているかと思えば別に授業を聞いているわけでなく、別のことを考えているだけだった。


「……」


 ふと思い立ったことらは机の下でこっそりとスマートフォンを操作。メールをたつみとゆたかへと送信する。


『今日はパトロールの日だったけど、どうすんの?』


 一分も待たないうちにゆたかから返信が届いた。


『でも、魔法少女をやめるよう言われてますよね?』


『従う義務はねーだろ』


 それに対するゆたかの返信は『……』という文面だった。同意でも否定でもない、ということらしい。


『でも、続ける理由も特にない』


 と送ってきたのはたつみである。


『魔法少女がいなくなったら内渚町の平和は誰が守るんだよ』


『大人が任せろ、と言っているのだから任せればいい』


 ことらは怒りに任せてメールを打った。


『今まで魔法少女として頑張ってきたんだろーがよ! 身体を張ってバクと戦って、退治してきたのはわたし達だ。今日まで内渚町の平和を守ってきたのはわたし達だろ! それをいきなり横から出てきた奴等に役目を譲れって言われて、どうして納得できるんだよ!』


『わたし達にしかできないと言われたから、それを信じて戦ってきた。別にそうじゃないと判った以上、わたし達が戦い続けなきゃいけない理由は特にない』


 腹立ちのあまりスマートフォンの液晶画面を指で突き破りそうになりながらも、ことらは反論の文面をタップする。が、その途中にゆたかからのメールが着信した。


『この間のバクは今までとは違ってすごく強くて、本当に怖かったです。本気で死ぬかと思いました』


 その文面を見てことらの頭がすっと冷めた。先日のバクに殺される寸前だったのは他の誰でもなくことら自身であり、そのことを忘れたわけでは決してない。


『お母さん達は五人の仲間のうち二人をなくした、って言っていました。もう怖いから魔法少女をやめたい、って言うのは自分勝手なんでしょうか? 臆病なんでしょうか?』


『誰だろうとあなたを非難できないし、させはしない。やめたいのならその意志は尊重する』


 たつみがゆたかへとそう返信する。だがことらはどんな文面もメールすることができなかった。

 ……その日の放課後。


「じゃあな」


 ゆたかに一声かけたことらは学生鞄を肩に担いで教室を後にする。


「ことらちゃん」


 ゆたかが呼びかけるのを無視したことらは教室を去り、一人で下校した。ことらは町外れの海の方へと向かって歩いていく。自動車専用道路の横断地下道を通り抜け、西瓜畑の中を歩き、ことらは防波堤の前へとやってきた。

 防波堤に沿ってもう一〇〇メートルも歩けば砂浜への入口にたどり着くだろう。だがことらはそれを選ばなかった。高さ二メートルを超える防波堤を乗り越えようとする。

 ジャンプして防波堤の上の角に手をかけ、腕の力を使い、壁を足で蹴り、身体を防波堤の上へと持ち上げる。何とか防波堤の上によじ登ったことらはその上で一旦寝転がった。少しだけ休憩してからことらは起き上がり、防波堤の上に、その端に立つ。ことらは身体を縮めて力を溜め、


「せーの!」


 海へと向かって大きくジャンプ。ことらの身体はふわりと宙に浮かび――すぐに墜落した。


「あいててて……」


 防波堤の下は砂地であり、ことらはそこで尻餅をついていた。一旦は起き上がろうとしたことらだが、制服が砂まみれになるのも構わずに大の字になり、その場で寝転がった。ことらの視界には青い空と海が広がっている。季節はまだ初夏ではあるが泳いでも構わないくらいの陽気に思えた。ことらは片腕を上げて眩しい太陽を視界から遮る。ことらの腕には防波堤を乗り越えるときにできた擦り傷がいくつか付いていた。

 ことらは防波堤を見上げ、力なく「はあ」とため息をつく。


「……こんなちっぽけな壁一つ飛び越えられない。力いっぱいジャンプして跳べるのがたったのこれだけ」


 ことらはふて寝をするように大の字になって目を瞑る。そのまま眠ったかと思われたが、


「うがーっ!」


 ことらは発作的なわめき声を上げた。だがことらの鬱憤は到底晴れそうにない。


「――ロビン、ロビン、出てこいよ!」


 人目がないことをいいことにことらは声に出してロビンを呼ぶ。さほど時間をおかず、ロビンはどこからともなく姿を現した。初夏の日光にさらされてロビンの姿は非常に色あせている。


「呼んだ? ことら」


「パトロールに行くぞ」


 ことらの言葉にロビンは「うん、判った」と返事をする。……だがことらは横になったまま動かず、妙に間の抜けた沈黙が流れた。


「……パトロールに行くんじゃないの?」


「見て回るのは夢の世界の方だ。いつものように案内しろよ」


 ことらの言葉にロビンは「ええっ、でも」と難色を示した。


「この時間帯じゃ眠っている人はほとんどいないだろう? バクに取り憑かれていても夢の世界に接続がないなら」


「現実世界で歩いて見て回れる範囲なんてたかが知れてるだろうが。いいから早くしろよ」


 ロビンは迷ったようだが結局はことらの要請を受け入れた。ことらはロビンを連れて移動、テトラポッドの影に座り込んだ。


「それじゃ結界を張るよ」


 ロビンを胸に抱いたことらが目を瞑る。その途端感じる、いつものような落下感。夢の世界に転移したと理解したことらは目を見開くと、


「よっし! 行くぜ!」


 テトラポッドの影から弾丸のように飛び出した。

 赤いドレスの魔法少女姿に変身したことらは一〇メートル以上を軽々とジャンプした。現実世界ではよじ登るのにあんなに苦労した防波堤は小石ほどの障害物にもならない。西瓜畑も数歩で駆け抜け、自動車専用道路も一飛び。


「ひゃっはー! やっぱりこれだよこれ!」


 高揚したことらが奇声を上げながら風を切る。その肩に捕まっているロビンは半ば目を回していた。


「こ、ことら、もっとゆっくり」


「は? 何言ってるんだよ。こんなのまだ準備運動だろ!」


 ことらの足は内渚町の町中とは反対方向へと向かっていた。今の夢の世界は現実の内渚町と何ら変わることはないが、人影や自動車等、動くものが何一つ存在していない。夢の世界の内渚町はことら一人の専有物だった。

 大学病院の屋上に飛び移ったことらはそこからさらに吊り橋へと向かっていく。ことらは吊り橋のケーブルの上を走って登った。主塔の上まで登りきったことらは、今度は下り坂になっているケーブルの上を滑って降りていく。


「ひゅーっ!」


「ひーっ!」


 スリル満点のスライダーにことらは歓声を上げる一方、ロビンは悲鳴を上げていた。

 ケーブルの中腹まで滑って降りたことらは足下のケーブルを強く蹴って、ケーブルのたわみを使って大きくジャンプ。二つの目の主塔から延びているケーブルに足場を移した。ことらの着地の勢いでそのケーブルが一旦大きく凹み、反動を付けて大きく膨らむ。ことらはその力を利用して真上へと向かって高く高く飛び上がった。……ケーブルは何万トンにも及ぶ吊り橋の重量を支えており、どれだけの力を込めようと人間が蹴ったくらいではわずかに揺らすことも不可能だ――現実世界では。だがここは夢の世界。ことらのイメージにより吊り橋のケーブルは自在に弓の弦の役割を果たすのだ。

 ことらの身体が空中高く投げ出される。高さ百メートルに達する吊り橋の主塔が足のはるか下で、白い雲の方が近くにあるように感じられた。手を伸ばせば届きそうな気がして、ことらは実際に手を伸ばしてみた。だがやはり雲を掴むことはできず、ことらの身体は重力に引かれて落下する。

 ことらは空中で錐もみ、大回転、ムーンサルト等々、思う存分身体を駆使してオリンピック選手レベルの技を演じ続ける。最後にことらは手足を抱え込んで身体を丸め、何十回転もし、着地寸前に手足を伸ばし、主塔の上に勢いよく降り立った。


「……うっし!」


 とことらは自分の技の出来映えに満足げだ。その一方ロビンは完全に目を回していた。が、そのロビンが急に正気を取り戻す。


「ことら、バクの気配だ!」


「え、本当に?」


 と驚くことらだがすぐに気持ちを切り替えた。


「へっ、絶好のチャンスじゃん。大人の力がなくったってバク退治はできるんだって見せてやる!」


 ことらはロビンの指し示す方向へと向かい、吊り橋の主塔から飛び出し、飛び降りた。


「本当にこっちなのか?」


「間違ってないよ」


 ロビンが示すバクの気配は内渚町の町中とは反対方向、川の対岸の住宅街の方だった。ことらの家があるのもその住宅街の中である。ことらとロビンはある住宅の屋根の上からバクの姿を探した。


「気配が弱まっている。宿主が目を覚まそうとしているのかも」


「――見つけた!」


 ことらは路上を蠢く魔物の姿を発見、即座にそこへと向かった。ことらはバクの眼前に着地、戦輪を取り出して構えを取る。そのことらが若干の戸惑いを見せた。


「何だこいつ?」


 バクはゲームに出てくるスライムのような、不定形の粘性物体の姿をしていた。今まで見たことのあるどのバクとも似ていない。


「まあいいや。――ていっ!」


 ことらがバクに向かって突撃、戦輪をバクへと叩き付ける。その途端バクの姿が霧散した。目を丸くすることらだが、表情を切り替えて左右を見回し、警戒する。


「倒した――いや、逃げられたのか」


 ことらは舌打ちをする。バクの気配はもうどこにも感じられなかった。


「宿主が目を覚ましてこの世界との接続が切れたんだ。多分宿主はこの近くにいるわけじゃない。気持ちがこの辺りを向いていただけなんだろう」


 ことらは周囲を見回すが特に注意を引くものは発見できない。ことらの視界には自分の家が入っているが、それに意味があるとは思いつきもしなかった。








「――え、あ」


 パソコンに向かいながら居眠りをして一瞬意識を失っていたらしい。いるかは事務所内を見回すが自分に注意を向けている者は見つけられず、ひそかに安堵していた。時刻はすでに夕方、終業時間を回っている。

 その後、申し訳程度の残業をしたいるかは仕事を終わらせ、駐車場へと向かった。飛鳥の自家用車がある場所へと赴くいるかだが、そこにある人物の姿を見出した。

 飛鳥の自家用車の前で、腕を組んで偉そうに佇んでいるのは虎子である。いるかは虎子にどう言ってやるか考えを巡らせた。言うべき言葉を、武器を揃え、戦意をかき立てた上で虎子に向かい突撃を敢行しようとし――その寸前で足を止める。飛鳥が現れて虎子に声をかけたからだ。


「待ったか?」


「遅いわよ」


 声は届かないが、二人がそんな会話をしているのは見れば判ることだった。二、三言葉を交わした飛鳥と虎子は自動車に乗り込む。二人を乗せた自動車が駐車場を出、遠ざかっていくのを、いるかはただ見つめることしかできなかった。

 夕陽に照らされたいるかの影がアスファルトの上に映し出されている。その影が渦を巻くように歪み、形を変え、獣の形となる。獣の影が嫌らしく嗤ったことを、いるかが知る由もなかった。




第三話「ばばぁ無理すんな」


Aパートは10月09日木曜日21時、

Bパートは10月10日金曜日21時、

Cパートは10月11日土曜日21時、


 の更新予定です。

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