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第一一話 Cパート



 その日の朝、ことらは父親の声によって起こされた。


「……とり! ことり!」


 隣の部屋から飛鳥の声が聞こえてくる。このような焦燥と恐怖に塗れた飛鳥の声を、ことらがこれまで一度も聞いたことがなかった。寝ぼけていて事態を理解できなかったのはそれほど長い時間ではない。毛布を蹴飛ばして飛び起きたことらは隣室へと、妹のことりの部屋へとダッシュで向かった。


「ことり! くそっ……!」


 妹への呼びかけを中断した父親がスマートフォンで電話をしようとしている。その間にことらはことりのベッドの側に付いて、ことりの顔をのぞき込んだ。ことりは静かに呼吸をしているが、それに気が付かなければ死んだものと勘違いしたかもしれない。呼吸は静かすぎ、小さすぎ、顔はや手足は血色を失っている。

 ある事実に気が付いたことらはこぼれんばかりに目を見開いた。


「くそっ、何で誰も出ねぇんだよ!」


 スマートフォンを床に叩き付けそうになる飛鳥だがさすがにそれは思い止まった。飛鳥は布団ごとことりを抱きかかえようとし、


「待て、親父」


 ことらがそれをとめた。


「ことりはこのまま寝かせておこう」


「何を言っている、これだけ呼びかけて目を覚まさないんだぞ!? 早く病院に」


「バクに取り憑かれてる」


 飛鳥は短くない時間言葉を失った。時間が止まったかのように凍り付く飛鳥だが、その脳はいくつもの思考を同時に高速で巡らせている。


「……このまま寝かせておいても大丈夫なのか? 生命に別状は?」


「精神エネルギーが根こそぎ奪われたみたいだから、身体に問題があるわけじゃない。半日かそこらなら寝過ぎただけで済むだろ。――バクに憑かれたままなら目を覚まさないかもしれないけど」


 飛鳥は「そうか」と大きなため息をついた。身体の空気が全部抜け、胸と背中がくっつくかと思うくらいである。娘の当面の生命は確保された、と判断した飛鳥は思考を切り替える。


「すぐにバク退治に行くぞ」


 飛鳥の言葉にことらは無言で頷いた。――普段であれば「命令してんじゃねーよ」等と軽口の一つも叩くところだが、今はタイミングが悪い。全身を怒りで満たした今の飛鳥は軽口など許容しない厳しさをオーラとして放っていた。

 その数分後、ことらは超特急で寝間着から私服に着替え、飛鳥の自動車に同乗する。飛鳥の自動車は飛礫のような勢いで車庫から発車した。

 車窓から外を眺めることら。そこに、ことらのスマートフォンに着信が入った。ことらは即座にそれに出る。


「もしもし」


『ことら? うちの住み込みの人にバクが取り憑いたわ』


「うちはことりがやられた」


 ことらと、電話の向こうのたつみが揃って沈黙した。


『……様子がおかしすぎる。一体何が起こっているの』


「今からそれを確かめるんだろ」


 ことらの当たり前の言葉にたつみも『そうね』と頷いた。


『いつもの神社に集合よ。ゆたかのところにはわたしから連絡を入れるわ』


「判った、母さんも呼んでおく」


 通話はそこで終了した。ことらはすぐに虎子へと電話する。その一方、飛鳥は運転をしながら町の様子を観察していた。


「……どういうことだ。何が起こっている」


 道路を走っている自動車がろくにない。人影がほとんど見えない。まるで内渚町がゴーストタウンになったかのようだった。

 飛鳥の自動車が町中の神社に到着、ことらと飛鳥はその境内で他の面々を待った。それほど間を置かずに大聖寺一家の三人が到着する。その次に西泉一家の三人が。少し時間を置いて最後にそこへとやってきたのは虎子である。


「内渚町全体で謎の昏睡事件が起こっているわ」


 虎子は挨拶も全て省略し、開口一番状況の説明をした。


「家族が起きない、どれだけ呼びかけても目を覚まさない――緊急通報が殺到して警察も消防も完全にパンクしている。通報があっただけで優に千件を超えているわ」


「それが全てバクの仕業なのか」


 他に考えられないけど、と虎子の答えは歯切れが悪かった。


「こんなこと、わたし達が現役のときも経験がない。一体何が起こっているのか……」


「そんなの、夢の世界で確認すればいいだけだろ」


 とことらが急かし、虎子も「そうね」と同意する。他の面々も反対しなかった。

 一同は神社の社殿の中へと移動した。いつもは三人で使っている社殿の中に今は九人もの人間が入っており、ことら達は違和感と圧迫感を感じている。だがそれも些細な話である。


「それじゃ、夢の世界に転移する」


 足下から聞こえるロビンの声、そして身体に馴染んだ浮遊感と落下感。気が付いたときにはもう夢の世界への転移は終了していた。


「終わったのか?」


 誰かが問うているがそれは答えず、ことらは社殿から外へと飛び出す。


「な……」


 そして衝撃のあまり彫像のように棒立ちとなった。半開きの口からはどんな言葉も出てこず、ただ上を、周囲を見回している。


「こ、これは……」


「な、なんだ……」


 飛鳥や虎子、他の者達の反応もことらと全く同じだった。彼等は何もできず、何も思いつかず、ただ上や周囲を見回すだけである。

 黄色と黒に彩られた胴体、巨大な複眼、四枚の羽根……それは間違いなく蜂の姿である。ただし体長は一メートルを超えている。そんな巨大な蜂が無数にいて、空を飛び交っていた。その数は千や二千では収まらない、下手をすると万に届いているかもしれなかった。


「あれは……バクか?」


「え、ええ。あれが持っている気配はバクのそれと同じよ。でもこんな数……」


 呆然とする一同の中で、真っ先に行動を開始したのはことらだった。ことらが投げた戦輪が数匹のバクをまとめて斬り裂く。一同が息を呑んでことらを見つめるが、ことらはその視線を浴びながら戻ってきた戦輪を手で受け止めた。


「なんだ、簡単に倒せるじゃねーか」


 ことらはそう言って不敵に笑った。そして魔法少女の姿に変身したことらが両手に戦輪を構え、大きくジャンプ。バクの群れへと突撃していく。


「一人で先走らないで」


「世話の焼ける子ね」


 ことらに次いでたつみが、さらに虎子が変身し、ことらに続いていく。バクの群れへと突撃する。それにより一同がまとっていた空気は一変していた。凝固した空気は飛鳥達の手足の動きを封じていたが、今はもう自由に動ける。敵と戦うことができた。


「敵は俺達が引き受けます。一里野さんは情報の分析を。この事態を打破する手がかりを探してください」


 飛鳥はそれだけを告げて変身し、敵へと突貫した。


「わ、私がですか?」


 一方事態の究明を託された真鶴は大いに慌て、思わず左右を見回してしまう。その視界に心配そうに自分を見つめる鷹子とゆたかの顔が入った。それにより真鶴は自分の役割を自覚する。真鶴は敵の群れを、バクの一体一体を凝視した。


「……あれはどう見ても蜂の姿だな。蜂の群れだ」


 ええ、そうね、と鷹子が相槌を打つが、真鶴はそれを聞いていないようだった。


「飛び回っているのが働き蜂だとするなら、どこかに女王蜂がいるはずだ」


「それなら女王蜂さえ退治できれば……!」


「この群れ全体を退治できる可能性がある」


 答えを導き出した真鶴が破顔した。


「女王蜂を探して倒す、確かにそれしかねーだろうな!」


 その方針は即座に全員に伝えられ、全員がそれを是とした。


「問題はそれをどうやって探すかだけど」


「普通のバクと違うのだから気配で探ることができるんじゃ?」


 その提案を受けたゆたかがバクの気配を探ることに専念する。だが、


「……だめです。気配が町中に広がっていて、これじゃ」


 蜂型バクは内渚町を埋め尽くすほどに広がり、飛び回っている。他にどれだけ特徴的な気配があろうと、それだけを探るのは極めて困難だった。

 ……戦闘開始からすでに十数分が経過している。蜂型バクは極端に弱く、牽制の一撃であっさり殺すことができた。たつみは無造作に剣を振り回してバクを打ち払う。それだけでバクは次々と死んでいった。だが、


「くそっ、きりがないぞ」


「かなり殺したはずなんだが、全然減ってない」


 ことら達はすでに数えるのも馬鹿らしくなるほどの蜂型バクを殺している。だが敵の数は一向に減らず、むしろ増えているように感じられた。

 その中で真鶴は戦いに参加せず、バクの観察と分析に全神経を投入している。真鶴が観察するバクが今、分裂しようとしているところだった。蜂型バクの胴体側面からもう一つの頭部が生えてきて、やがて胴体が、足や羽根が生えてくる。最後には一匹のバクが二匹となって分裂を終了した。まるでアメーバかプラナリアのような分裂であり増殖の方法だ。


「これは……まさか」


 真鶴はこぼれんばかりに目を見開き、分裂したバクとバクの群れ全体を等分に見比べる。その額を滝のような汗が流れた。


「一里野さん、どうしました?」


「何か気が付いたの?」


 天馬や龍子に声をかけられ、真鶴は額の汗をぬぐった。


「……このバクはおそらく増殖に特化したバクです。宿主から根こそぎ奪った精神エネルギーを全て増殖に費やしている。戦闘力は全くなくても減らされる以上に増殖しているんだ。このバクが分裂して一匹から二匹になるのに、どう考えても一時間かかっていない。下手をするともっと短いかも……」


 その意味を理解した全員が凍り付いた。誰もが戦いの手をとめ、彫像のように硬直している。


「それがどーしたよ! 増える以上に殺せばいいだけだろ!」


 理解していないのはことら一人だけだった。戦い続けることらの姿に飛鳥と虎子が頭痛を覚えている。


「一回の分裂に一時間とするなら、二八時間あればあのバクの総数は一億を超えるわ」


 たつみの端的な説明にようやく事態を理解できたようで、さすがのことらも硬直した。だがそれもわずかの時間である。


「てりゃあっ!」


 ことらの拳が、戦輪が、蹴打が蜂型バクを潰していく。長時間戦い続け、手足は鉛のように重い。だがそれでもことらは挫けなかった。


「全部殺す必要はないんだろ?! 女王蜂を見つけて倒せばいいだけだ!」


 ことらの強がりに全員が顔を上げる。虎子が、飛鳥が、たつみが、全員が再び戦列に加わった。真鶴は必死に情報を収集し分析を続けている。


「……もしかして」


 あることに気が付いた真鶴は跳躍してその場から離れていった。ゆたかや鷹子の呼びかけもその耳には届いていない。

 民家の屋根から屋根へとジャンプする真鶴は吊り橋の前へとやってきた。真鶴はそのまま吊り橋の主塔を、その側面を駆け上がっていく。主塔の頂上までやってきた真鶴は蜂型バクの群れを上から観察した。


「……やはり、群れは一定範囲に収まっている」


 蜂型バクの群れは内渚町の上空を飛び回っているが、その範囲は限られているようだった。まるで巨大な円盤が内渚町の上に覆い被さっているかのようだ。


「それなら、その中心に女王蜂がいる可能性が高い……!」


 吊り橋の主塔から降りた真鶴は一同と合流する。ことらを始めとして全員が疲労困憊といった有様だったが、


「よし、女王蜂を殴りに行くぞ……!」


 ことらは最後の気力を奮い立たせた。現実世界でこれだけの長時間戦い続ければ手足はもう動かすことができなくなるだろう。それは精神力ではどうしようもない、肉体的物理的制約によるものである。夢の世界にはそのような制約はないが、


「これだけ動いたらもう動けなくなる」


 という思い込みや錯覚はある。特にことらやたつみ、飛鳥のように、普段から激しい運動をしている人間はこの錯覚を持ちやすい傾向にあった。だがそれは錯覚であり、気力や根性で充分乗り越えられるものなのだ。

 九人の魔法少女が町を移動する。先頭はことら、そのすぐ後ろに真鶴が続き、ことらを誘導した。


「このまま真っ直ぐ、もうすぐだ」


「ああ、近い。何かいやがる……!」


 上空のバクの群れは密度が高くなる一方だ。太陽の光を遮り、空が黒くなっている。だがその中である一角だけ上空から光が降り注いでいた。ことら達の目指す方向にまるで台風の目のようにバクの密度が極端に低くなっている場所がある。


「そこかぁ!」


 ことらはそのまま台風の目へと突貫した。眩しい光を浴びている、一際巨大な蜂型バク。その体長は優に三メートルを超えている。頭部と肩から二本ずつ生える、鋭い角。凶悪な面構えと言い、それは女王の風格を充分に備えていた。

 跳躍したことらが雄叫びを上げながら女王型バクへと襲いかかる。女王蜂はカマキリのように長い前足を振り払い、ことらを迎撃した。ことらの戦輪と女王蜂の前足が激突、跳ね飛ばされたのはことらの方だった。ことらは流星のように墜落して地面に激突する。


「ことら!」「ことら!」


 追いついた虎子と飛鳥がことらを呼ぶ。ことらは「いててて」と言いながら何とか起き上がろうとしているところであり、二人を安堵させた。


「この、虫けらが!」


 虎子が得物のチェーンを伸ばして女王蜂を攻撃する。だが女王蜂はそのチェーンを前足で掴んだ。驚きに硬直する虎子。さらには女王蜂がチェーンを虎子ごと振り回す。虎子はハンマー投げのハンマーのように散々回転し、挙げ句に投げ飛ばされた。


「こいつ……」


 飛鳥は足を止めて敵の様子をうかがう。愛娘と元妻をいいようにあしらわれた怒りよりも強敵に対する警戒心が勝っていた。地面に降りた飛鳥は得物の特殊警棒を取り出し、構えを取る。女王蜂は上空からそれを眺めていたが――やがて地面に降り立った。


「余裕のつもりか?」


 女王蜂は戦闘体勢を取っているものと思われた。長い前足がまるで正眼に構えた日本刀のようだ。飛鳥は迷いを振り払い、


「ううおおーーっっ!」


 特殊警棒を振り上げて突撃した。鉄板をも歪める渾身の一撃が女王蜂へと振り下ろされる。だが、


「何っ……!」


 女王蜂が前足で警棒を受け、さらに前足を小手先で一回転。まるで手品のように飛鳥の手から特殊警棒が失われた。一瞬呆然とする飛鳥の隙を逃さず、速射砲のような蹴りが飛鳥の腹に叩き込まれる。吹っ飛ばされた飛鳥が地面を転がった。


「親父!」「医王山さん!」


 ことらや真鶴が声をかける中、飛鳥は自力で起き上がった。無手のまま再び戦闘体勢を取る飛鳥の横に、ことらが、虎子が、大聖寺家の三人が、西泉家の三人が並ぶ。九人の魔法少女が一匹の女王蜂を包囲した。


「強敵だぞ」


「判っているわよ」


 女王蜂と魔法少女軍団が対峙する。対峙したまま両者は動かない。まるで全員が凍り付いたようになったまま時間だけが過ぎ去った。


「――このままお見合いしてたって意味ねーだろ!」


 焦れた挙げ句、我慢できずに最初に動いたのはことらである。ことらが雄叫びを上げながら特攻。大きく振りかぶった右手の戦輪を女王蜂の顔面に叩き込もうとし――女王蜂が姿を消した。ことらはそのまま無様に地面を転がってしまう。


「ことらちゃん!」


「大丈夫?」


 ことらはゆたかとたつみに起こされながらも「敵は? バクは?」と油断なく周囲を見回した。大人達もまた周囲を見回し、消えたバクの姿を探している。上空ではあれだけ飛び回っていた蜂型バクが一斉に姿を消していた。


「どういうことだ?」


「逃げたのかしら?」


 天馬達は戦いがひとまず終了したことを安堵しつつ、意図が読めないバクの動きに警戒を怠れないでいる。


「バクの宿主が目を覚ましたんじゃないか?」


 飛鳥の独り言のような言葉に真鶴は目を見張った。


「宿主? いや、確かにあれもまたバクである以上宿主がいるのは当然か……」


「それなら、元の世界に戻ったら宿主を探し出さないといけないわね」


 虎子が提示する次の行動方針に飛鳥が「ああ」と頷き、


「――話をつけないとな」


 そして拳を堅く握り締めた。








「兵隊型バクの運用試験は成功したわ」


 金剛崎邸の武道場。レンは犀星の背中にそれを報告していた。


「これで準備は全て終わった。残っているのは本番だけだ」


 犀星はそこで大きなため息をつく。


「これまで長かったが、それもようやく報われる。我等が理想を今こそ実現するとき……!」


 拳を握る犀星に対し、レンが懸念を示した。


「でも、医王山ことらや現役魔法少女、その親達はわたし達の理想を判ってくれないかもしれない。わたし達と敵対するかもしれないわ」


「理解は求めよう。だが妥協はあり得ない」


 犀星の決意にレンも「確かに」と同意する。


「我等が理想を否定するのならすればよい。あの者達に阻まれて終わるなら、我等が理想は最初からその程度だったということだ」


「そうね。わたし達の正しさはわたし達の力が証明する……!」


 レンの示す覚悟に犀星もまた無言で頷く。最後の戦いの刻はすぐそこまで迫っていた。




 第一二話「そんな未来は望まねぇ」


 Aパートは11月10日月曜日21時、

 Bパートは11月11日火曜日21時、

 Cパートは11月12日水曜日21時、


 の更新予定です。

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