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第一一話 Bパート




 翌日の内渚中学校。


「もう一体の夢の妖精……それがおじさん達を魔法少女にしていると」


 たつみの確認にことらが無言で頷く。昼休み、ことらは人気のない廊下の片隅にたつみとゆたかを集めて昨晩の一件について報告をしているところだった。


「わたし達の知らないところで大人もバク退治に動いていたんですね」


「わたし達が狩っていたバクは大人が狩りこぼした一部だけだったのかもしれないわ」


 ゆたかとたつみが頷き合う。冷静な二人に対し、ことらは不快感を再度募らせているようだった。


「わたし達のことを何だと思ってるんだよ、現役のわたし達に黙って勝手にバク退治をしてるなんて」


 が、その憤りはたつみ達には共有されなかった。


「大人の命令に逆らって勝手にバク退治をしているのはわたし達の方ですし」


 とゆたかが苦笑する。


「正式な命令を受けてこの地区を受け持っているのは僕だけで、魔法少女として認めているのは君達だけだ。あの夢の妖精は言ってみれば密入国でこの地区に入り込んでいる、モグリのお供みたいなものなんだ」


 ロビンは自己の正当性を主張するが、それはことら達の同意を得られなかった。


「夢の妖精の社会が日本政府と外交関係を結んでいるわけではないのでしょう? あなたが外務省に認められた外交使節だというわけではないのでしょう? 密入国して勝手に動いているのはあなたも同じよ」


 たつみの容赦のない指摘にロビンは沈黙を余儀なくされる。ことらはロビンを庇うわけではないが、


「でも、もう一匹のお供のことをこのまま放っておいていいのかよ? この際だ、今までなあなあでごまかしてたことをはっきりさせようぜ」


 たつみとゆたかが顔を見合わせるが、そこに否定の意志は存在しなかった。


「……そうですね。ロビンともう一匹のお供、どちらが正しいことをしているのか、はっきりさせるべきなのかもしれません」


「そのお供と金剛崎先生との関係も気になるわ」


 二人の賛同を得、ことらは「よし」と意を強くする。ことらは右拳を左掌に打ち付けた。


「そうと決まれば放課後にでも、親父を三人がかりで袋叩きにして」


「やめなさい」


 ことらの発案を一言で潰したたつみは思案げな顔をし、


「わたしの父に話を聞きに行ってもうまく煙に巻かれそうだし……」


 たつみとことらの視線が自然とゆたかに集まった。


「うちのお父さんですか?」


 ゆたかの確認に二人が頷く。


「おじさんなら聞いてないことまでしゃべってくれそうだしな」


「嘘も下手でしょうしね」


 正直すぎる評価にゆたかは頬を引きつらせるが、それを否定することはできなかった。

 ……その後、ゆたかが真鶴と連絡を取り、放課後に話をする約束を取り付けた。そして時刻は放課後、ことら達三人は待ち合わせの場所へと赴いている。

 医科大学と大学病院の道路を挟んだ向かい側に道の駅がある。川に面し、吊り橋と風車と潟湖と海を眺望できるその場所は公園としても整備されており、町民と観光客の憩いの場所となっていた。

 その屋外に設置されたテーブルの一つにことら達三人が陣取っている。三人は自動販売機で買ったジュースで喉を潤していた。日差しもかなり傾いて過ごしやすい時間帯となっている。海から渡ってくる涼しい風が肌に心地よかった。


「すまない、待たせたようだね」


 そこに現れる一人の中年男。たつみが「いえ、問題ありません」と返答し、一里野真鶴が空いている席に座った。真鶴は「さて」と一同を見渡す。


「君達のお供、ロビンがここに来ているのだろう?」


 今まで何もなかった空間から「うん」と答えが返ってくる。見ると、そこにはペンギンに似た謎のぬいぐるみの姿があった。だがその姿は立体映像のように半透明だ。


「結界を張ってもらえるかな」


「こんな場所で?」


 と目を丸くしたのはゆたかである。真鶴は優しく微笑んだ。


「簡易的なもので構わない。私達の会話を他人に聞かれなければそれでいいんだ」


 それくらいなら、とロビンが頷き、その身体が光を放つ。だがそれが見えているのはことら達だけだ。ロビンが放った見えない光は波紋のように広がり、消えていった。


「……周りの人間の意識を君達から逸らした。君達の姿が見えなくなったわけじゃないけど、注意は惹かなくなっている。君達の姿や会話が彼等の記憶に残ることはないだろう」


 真鶴は「結構だ」と頷き、再度ことら達三人を見回した。


「さて、今日は先日の講義の続きでいいのかな」


「はい。それで構いません」


 たつみが代表してそう答え、昨晩ことらが目撃したことを簡単に説明した。


「――父やおじさん達が何をしようとしているのか。もう一人の夢の妖精が何を目的としているのか。金剛崎先生はこの件にどう関わっているのか。それについて講義を受けたいと思います」


 たつみのストレートな要求に真鶴は苦笑する。見ると、ことらもゆたかも真剣な眼差しを自分へと向けている。真鶴は咳払いを一つし、娘とその友人達に負けないくらいに真摯な表情となった。


「判った、それでは講義を開始しよう」








「ことの始まりは一〇年前、君達三人にロビンが接触したあの日からだ。あの日、ロビンは君達を魔法少女として勧誘し、君達はそれを承諾した。ロビンは君達に口止めをしたらしいが、四歳の子供にそんなものが意味を持つはずもない。鷹子さん達三人はその日のうちにことの次第を知ることとなった。そのときの鷹子さん達の絶望がどれほどのものだったのか、私には想像でしか判らない」


 ロビンは際限なく身を縮めているが、一同はそれを無視していた。


「だがそのとき鷹子さん達の前に現れたのが、あの夢の妖精――レンだ」


 レン、とその名前をことらは口の中で転がした。


「彼女は自分のことを、ロビンとは反対派閥に属する夢の妖精だと称していた。子供を戦わせようとしているロビン達の派閥に反発し、違う方法でバクを退治しようとしているのが自分達だ、と。私や大聖寺さんや医王山さんは鷹子さん達から事情の説明を受けた。話だけでは到底信じられはしないが、レンの存在を目の当たりにすれば信じないわけにはいかなくなる。私達六人はレンと協力関係を結び、研究と試行錯誤を進めたんだ。子供達を戦わせない方法の、大人が代わりに戦う方法の――」


「それが第六事案研究会なんですね」


 たつみの確認に真鶴は「よく知っているね」と瞠目した。


「バク退治を研究する会合として、そのカバーとして設置されたのが第六事案研究会だ。バク退治をするにはバクを見つけないことには話が始まらないわけだが、君達のように足で歩いて探せる範囲なんてたかが知れている。七塚さんが警察の組織力を利用してバクを探す方法を提案したんだが、七塚さんの立場や権限では得られる情報はごく限られていた。七塚さんは離婚までして仕事に専念してかなり出世したんだが、それでも充分とは言えなかった」


 虎子の事情にことらは複雑そうな顔をする。様々な思いが胸中で渦を巻くが、それは整然とした言葉にならなかった。真鶴の説明が続き、ひとまずことらはそれに耳を傾ける。


「大聖寺さんが口添えや手助けをしたが、それでもまだ足りない。そこで私達は金剛崎先生の協力を仰ぐことにしたんだ」


「確かに、先生の力添えがあれば県警の全組織を動かすことができます」


 とたつみ。真鶴もまた「その通りだ」と頷いた。


「先生のおかげで七塚さんを始めとして私達全員が思うように動けるようになった。大人が魔法少女に変身する方法も確立し、君達に代わってバク退治を進められるようになったんだ」


「何で魔法少女なんだよ。大人だったらもっとまともな、他の格好に変身したらいいじゃねーかよ」


 とことらが思わず文句を言い、真鶴も「確かにね」と苦笑した。


「あの姿は『夢の世界での戦闘装備』として夢の妖精によって登録されたものなんだ。私の力では大人にあれを装備させるのが精一杯で、装備内容を変更するには至らなかった」


 お前の仕業か!と噛みつきそうになることらだが、何とか寸前で踏み止まった。


「そもそも何であんな格好なんだよ。今はまだいいけど、大人になったら着るのが恥ずかしいじゃねーか」


「まさしくそれが理由だよ」


 回答の意味が判らず、ことらは「え?」ときょとんとする。


「ロビンの属する派閥はバク退治の戦闘要員を子供に限定している。だから大人のことを考慮する必要がないし、むしろデザインも大人が着られないようなものにしておけば大人を戦闘要員から排除できる――そう考えたのだろう」


 ことらが殺意を込めた視線をロビンへと向ける。ロビンはそれから逃れるためにことらから背を向けた。


「まあ、それはともかく」


 と真鶴が話を戻す。


「金剛崎先生は私達だけでなく君達にとっても恩人になるわけだ。レンもまた私達を通じて先生と協力関係にあると言える」


「金剛崎先生は何を目的として父やおじさん達に、レンに協力しているのですか?」


 真鶴は「どういう意味かな?」と韜晦するような笑顔を見せる。たつみは追求を緩めなかった。


「七塚のおばさんや医王山のおじさんはバクを退治してこの町の平和を守ること、それだけを考えているのではないかと思います。仕事柄、それ以上のことは考えないのではないかと。ですが、わたしの父は、それに金剛崎先生も、それ以上の何かを考えているのではないでしょうか」


「それ以上の何かって、何だよ」


「たとえば、夢の妖精の力を選挙に利用すること」


 身も蓋もない答えにことらとゆたかは絶句する。真鶴は笑顔を湛えたままだが、それがまるで仮面のようだった。


「大聖寺さんも金剛崎先生も政治的な理想を持ち、その実現のために日々努力している。夢の妖精の力を利用することは当然考えているだろう」


「そんなの……!」


 と悲鳴みたいな声を上げるのはロビンである。


「認められるわけがない! 僕達の力はそんなことのためにあるんじゃない!」


 だが真鶴はロビンの抗議を意に介さなかった。


「君ならそう言うだろうね。だが全ての夢の妖精が君と同意見だ、というわけではない」


「やっぱりあの子は干渉派の妖精か……!」


「そう言う君は不干渉派に属しているのだね」


 真鶴の確認にロビンは返答しないが、否定もしなかった。


「干渉派は、彼等はだめなんだ! 彼等は『人間に幸福をもたらすため』と称して何度も人間社会に干渉し、その全てに失敗している! 彼等は人間社会に不幸をもたらした実績しか持っていないんだ! よりによってその彼等と、自分の利益のためにつながりを持つなんて……!」


 ロビンとの真鶴の口論にことら達は口を挟めず、ただ戸惑いを浮かべるだけである。普段は頼りない真鶴だが、ロビンに対しては一歩も引かない強硬な姿勢を示していた。


「君達不干渉派は人間社会に対する干渉を最小限にするために子供を魔法少女にしてバクと戦わせている。あるいはそれは人間社会総体にとっては最善なのかもしれないが……自分の子供が少年兵と同じ扱いを受けている私達の気持ちを君達は理解しているのだろうか? それを理解して救いの手を差し延べてくれたのは干渉派の夢の妖精だ。君達ではない」


「僕達だって、好きで子供を戦わせているわけじゃ……」


 とロビンは言い訳するが、真鶴は冷たい目を向けるだけだ。


「子供であれば口車に乗せて無報酬で戦わせることができるだろうが、大人に対してはそうはいかない。私達は生命を懸けてバクと戦う、その対価を君達夢の妖精に要求する。これは私達の正当な権利だ」


 真鶴とロビンの舌鋒がぶつかり合い、火花を散らした。そこに口を挟んだのはゆたかである。


「……お父さんなら、ロビンやレンに例えばどんなことを要求するの?」


「そうだな。このまま今の大学に講師として残れるよう力を貸してほしいね。第六事案研究会の活動のために本来の研究がなかなか進められないんだ。今は先生の口添えで大目に見てもらっているが、それもどれだけ持つか判らない」


「それじゃ、今の職場もまたクビに……?」


 真鶴が淡々と「場合によってはね」と答え、ゆたかは顔を青ざめさせた。


「バクや夢の世界に関する研究では私が第一人者だと自任している。直接ではなくとも、私は私なりにバク退治に貢献していると自負している。だがその活動のために仕事に支障が出、収入の道が断たれ、生活が脅かされる――そんなことにもなりかねないわけだ。夢の妖精の力でこれを何とかしてほしい、そう願うのはそれほど悪いことなのだろうか?」


 悪いことだ、間違いだ――ロビンの中の判断基準は微動だにしなかった。だがそれを上手く言語化できない。論理立てて説明することができないでいた。


「――でも、それっておかしくね?」


 と疑問を呈するのはことらである。


「わたしが、バク退治で忙しくて勉強できない、このままじゃ高校受験で失敗するから夢の妖精の力で何とかしてほしい。いい高校に入学できるよう力を貸してほしい――そうお願いするのはありなのか?」


「いや、だめだろう」


「おじさんの要求と何が違うんだよ」


 ことらの鋭い指摘に真鶴は沈黙する。長い間沈黙し、やがて、


「……そうだね。確かにおかしいかもしれないな」


 疲れたような慨嘆が真鶴の口からこぼれ、空気に溶けて消えていった。








 内渚町の一角、金剛崎邸。その敷地内に設置された武道場には今、金剛崎犀星の姿があった。

 犀星は道義を身にし、手には日本刀を持っている。江戸時代後半に打たれ、幕末には尊皇派と佐幕派の斬り合いにも使われたという、由緒ある一品だ。犀星はそれを正眼に構え、目を瞑って精神を集中させていた。

 犀星の全身に汗がにじむ。今、道場には犀星の他誰にもいない。真剣の切っ先は虚空に対して向けられている。だが、犀星はそこに敵を見据えていた。己が戦うべき敵を、己が斬るべきものを、打ち破るべき障害を――


「準備が整ったわ」


 不意に、犀星の背後に何者かが出現した。犀星の膝よりも低い身体をマントとフードで全て覆い隠している。そこから発せられているのは、やや幼く感じられる女性の声だ。ただししゃべり方は大人のそれだった。


「ならば始めるがいい」


 犀星がそう告げ――レンが返答するのにわずかの時間が必要だった。


「本当に構わないのね? 今ならまだ引き返すことができる。この試験を始めたらもう」


「構わん」


 静かな、だが全てを断ち切るような確固とした一言にレンは沈黙した。


「この一〇年、引き返す機会ならいくらでもあった。ここまで来てどうして引き返すことができる。たとえこの先が修羅の道であろうと――」


 レンはため息とともに「そうね」と返答する。うつむいていた顔を上げたとき、レンの精神状態は完全に切り替わっていた。まるでTVのチャンネルを変えたかのように。


「兵隊型バクの運用試験を開始するわ」


 感情を捨てたかのような冷徹な声がその始まりを告げていた。




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