梓の特訓ー3
梓の目の前にいる竜は『特殊個体』通常の相手とは違う強さを持った魔物だ。だが、それを理由に逃げていては明日香を守る事はできないと梓は考え、普通ならば逃げるところを敢えて戦うことにした。
「『特殊個体』とわかった以上出し惜しみしている暇は無いわね…」
どんなに強力な魔物であってもまずやるべき事は基本同じだ。
(機動力を削ぐ。と言ってもアイツは今、自分で翼を封じているだから翼にたいしての攻撃は必要ないから、今は足を狙う!)
「食らえ!『氷裂弾』!」
梓は一瞬で作り上げた一メートル程の氷塊を飛ばす。わざわざ避ける必要もないと尻尾で弾き返そうと触れた瞬間、拡散した氷の刺が相手に襲いかかる。
「あんたが舐めてるからこんな目に遭うのよ。…だけど聞こえていないでしょうね…」
梓の不安通りデュアルドラグーンは目立った傷もなくけろっとしている。元々ショットガンのような使い方を考えていた魔法なので、一発一発にそこまで大きな威力はないがそれでも至近距離でアレを受ければ結構な威力になるはずだと計算していたが。
『ふむ…小娘の割には中々の威力だ…『橙華の魔女』を思い出させる魔法だな』
聞いたことのない単語が出で来て。
「『橙華の魔女』?誰のこと?」
『何だ?奴から聞いていないのか?まあそれも一興よ。我々に勝つことが出来たら教えてやろう』
勝てば聞くことができるというので、それも踏まえてやはり勝たなければと覚悟を決める。梓は詠唱ではデュアルドラグーンに気づかれるとふみ、『透過』で魔方陣を隠しながら発動準備をしている。
「上から目線が好きなドラゴン様ね!『ガイアクラッシュ』!」
地面を破壊して相手のバランスを崩す。狙いは相手の右前足だ先程から理由は不明だが、魔力が右前足にはあまり集中していないのだ。
正確に右前足周辺の地面を破壊する。いくら巨大といえども、足場を崩されては只の的になってしまう。
『むッ…成る程な…』
今まで、余裕の表情だった顔が初めて焦りを見せた。梓はそれを見逃さず、隠しておいた魔方陣を起動する。
「遊んでいられるのも今のうちよ!『エクスペリーズカナン』!」
梓の放った魔法は、風、土、金属性の三重属性魔法だ。竜巻に金属となった木の葉が飛び交い、天然のミキサーを作り上げている。どれだけ防御力があろうとこの魔法の前では変わることはない、と考えていた。
『その程度で我に勝とうなど甘いわッ!』
デュアルドラグーンは巨大な口を開き炎を吐き出す。自分の使う魔法とは比べ物にもならない程の強力な炎だ。それが梓の魔法とぶつかると、炎の竜巻となり消滅した。
「そんな…!」
理論上では、同じ威力の攻撃をぶつければ魔法は消滅するが、梓の今の魔法は自分の中でもかなりの高威力を誇る魔法だ。それを消滅させることができる程の攻撃を持っている。と言うことだけで梓の心は折れかけていた。
(でも…少なくともアイツが消滅させるということはアレを受けたら不味いっていうことだよね。だったら―――)
「手数で攻めて隙を作る…『レイビーズブラスト』!」
梓の周りに小型の剣が作り出されるその数約三百。その一つ一つに風の刃が纏っており、剣本来のリーチよりも長くなっていた。この魔法一回に梓は今使える魔力の約半分を使っていた。残り半分はデュアルドラグーンを仕留める為に魔方陣と詠唱を使い威力を上げて使う。
流石のデュアルドラグーンもこの数には少し驚く。マルモでもこの量の三倍近くが限界のはずだが、目の前にいる少女はまだ力を残しながらこの量の剣を生み出しているのだ。久しぶりに楽しめる敵に会えて興奮しているのだろう。自分の本能が『戦え』とこれ程訴えているのは久しくなかった事だったからだ。
「行けッ…!」
梓の声と共にあらゆる方向から剣が襲いかかる。360ºから襲いかかる攻撃をすべて弾き返すことなど、普通はできない。だからこそこれが最善の手だと考えたが、相手は『特殊個体』だ。その事を計算に入れなかった、それだけのことだが、それだけのことで下手をすれば全ての計画が崩れ去ることになる。
『インフィニティブティスト』
相手に攻撃が通ると確信した刹那、デュアルドラグーンに向かっていた半分の剣が全て弾き返された。それどころか、残りの余波の攻撃から自分を守るには剣を壁にして耐えるしかなく、結果としてはたった一度の攻撃で二百本の剣が失われたことになる。
「流石にふざけなさいよ、こんなのあり得ないわ…!一発で私の剣の三分の二を壊すなんて……」
恐らくこのままだと、魔方陣が作りきれる前に全ての剣が壊されてしまう。ここから逆転する方法を考えてみるが、どれだけ頑張ろうと自分が負けるビジョンしか思い浮かばない。
(こういう時こそ気持ちが負けていると勝てない…ならダメもとでまだ完成していないアレを使うしかない!)
残りの魔力を全て集中させる。デュアルドラグーンはそれを見てこの攻撃が梓の最高の一撃だと察したのか。
『貴様のその攻撃見せてみろ!そして完膚なきまでに打ち破ってくれる!』
梓にはそんな声も聞こえず、ただ魔法を完成させることに集中する。そしてこの戦い最後の詠唱を紡ぎ出す。
『天統べる龍の皇よ、その焔は大地を焦土へ導く死の焔。その牙は全てを噛み砕く究極の矛、その鱗はあらゆる剣を弾く究極の盾、我が身体に一時、その力を分け与えたまえ!『インフェルニティ・ドラグーンバレッタ』!!!』
梓の周りを紅蓮の焔が包み込む、焔が晴れたとき梓は身体に緋色の鎧を纏っており、そして手には同色の燃え盛る剣を持っていた。
今、梓の使った魔法は特定の相手の魔力を武器や防具に変換して召喚する魔法だ。相手によって消費する魔力が変わるが、今回は自分の使えるなかでの最強の武具にした。そのお陰で梓の魔力を最大値の半分ほど使うことになってしまったが、今回はそんなことを言っていられるほどの余裕はない。
梓が身体を鍛えていたのも、この魔法のためだ。いくら強力でも使えなければなんの意味も持たない魔法に成り下がってしまう、だからこの魔法を使えるようにするために身体を鍛えていたのだ。
「よし…出来た…これならッ!」
デュアルドラグーンの視界から梓の姿が消えたと思った刹那、ギィンという音が自分の腹から響いた。咄嗟にソコを向くがそこに梓の姿はなく、うっすらと焦げた後が付いているだけだ。
(今…何が起こった?奴の姿が消え、同時に斬戟が飛んできた。しかも鱗に痕を付けられるほど強力な斬戟だ…恐らくあの武装の力だろうがあれほどの力を今まで隠せていたというのか…?――――面白いッ!それでこそ楽しみがいがあると言うものよ!)
一方、梓は斬戟を放った直後近くの崖の隙間に逃げ込んでた。
(クッ…やっぱり…これはキツイ…かな…魔力消費もそうだけど…どんどん体力がもっていかれる…)
梓が咳き込むと少しだが血の味が混じる。魔力を使いすぎて限界が近いのだ。その事をデュアルドラグーンに知られては不味い、だから一撃で相手の注意を引かせて一旦体制を整えている。
(もう長引かせることは出来ない…最高威力の攻撃で決めないと私の負けか……中々面白い状況になっちゃったけど…負けるわけにはいかないものね!)
デュアルドラグーンは梓の姿を探している。攻撃のチャンスは一番相手が近づいたとき、今のいる場所を通るのは速度から考えて約十秒後だが最後まで油断できない。
『―――今更、逃げ出すというのか小娘ェェェェ!!』
デュアルドラグーンは痺れを切らせて、空に向かって吼える。あまりの迫力に気圧されるが、自分は今そいつと闘っているから大丈夫と無理矢理気を持ち直し、時を待つ。
そしてその時が訪れる。
梓は今残されている全ての体力、魔力を絞り出す。
『御影流居合・幻月』
梓が飛び出し、腹へ突進し、剣を振り抜く。
梓の感覚は確かな手応えを伝えていた。だが
『確かに、『表』の俺なら殺られていたかもしれんな』
デュアルドラグーンの身体には傷一つ付けられていなかった。梓の斬りつけた部分は極薄い氷の膜に覆われておりそれが盾の役割をしたのだ。
「そ……んな…」
力を全て使いきり、梓は地面に倒れ伏す。梓にゆっくりと近づき、口で身体を持ち上げると。
『久し振りに楽しめた勝負だったな。さぞかしこいつは美味いだろうな…』
デュアルドラグーンが口を開き梓を食べようとした刹那、腹、首、目に魔力弾が飛んできた。飛んできた方向を見ると、陽の光を浴びて煌めく銀髪の少女――マルモの姿があった。
「そこまでよ。これ以上は私が相手」
いつもより数倍は冷たい声で相手に警告する。 デュアルドラグーンはマルモの姿を見てフッと笑うと。
『久方ぶりだな『橙華の魔女』確か六番目だったか?』
「黙ってなさい。まずあんたは梓を放しなさい、話しはそれから」
今の『六番目』というのは『虹の七姫』の強さ順だ。七人中六番目といっても十分に強いので全く問題ないのだが、そこは個人的なプライドの問題だ。
デュアルドラグーンは大人しく梓を地面に降ろす。
「それとさっさとその紛らわしい幻影を解きなさい。それとも私が解いてあげようかしら?」
『ふん、貴様に解かせると何をされるかたまったものではではないからな』
そう毒づくと、デュアルドラグーンの身体を霧が包みこむ。
そこから現れたのは双頭の竜だが、鱗の色は神々しい金と銀の色となっていて、魔力も梓と戦っていたときよりも数倍は強い。
「あなた姿が似ているからって、わざわざ下級の竜に変化して油断した相手を食らうとかほんと質悪いわよね。仮にもSSSの竜種『ドライグガイル』でしょう?」
『ふん、見た目に騙される方が悪いのだ。俺は悪くない』
親善大使様がいた気がするがマルモは気にせず話を続ける。今回は自分の手落ちでもあるのだ、デュアルドラグーンしかいないはずの地域に『ドライグガイル』がいるなど考えていなかったのだ。
「まぁ、でもあなた『裏』を使わないといけないなんて、結構追い詰められてたんじゃないの?」
梓を抱き抱えながら、マルモはそう聞いてみると。
『どうだろうな?教える必要などないからな』
「ふ~ん、まあ良いわ。今回は私のミスだから梓には悪いことしたわね…」
次は梓があなた倒すから。そう言ってマルモは梓と共に転移していった。
(確かに…ここまで『表』が追い詰められたのは久し振りだ…いつもなら余裕をもって変えられたが、今回のあの一撃は食らっていたら本当に俺たちは殺られていたかもしれんな…)
(うぅ…ここ、渓谷じゃないしアイツはどこいったの…?)
梓が目を覚ますと、平原にいてどうなったのかは覚えていないらしい。
「ようやく、お目覚めね梓」
「マルモ…?一体どうなって、痛ッ…」
起き上がろうとすると、鋭い痛みが走る。マルモは溜め息を付くと。
「貴女、アイツにやられたこと覚えていない?」
そう言われて、目覚める前のデュアルドラグーンとの戦いを思い出した。
「私…アイツに負けたんだ…」
落ち込む梓だったがマルモは心配ないわ。と梓をフォローする。
「あれは『ドライグガイル』SSSランクの魔物に今負けることは恥じゃない。さっさと強くなってアイツに勝ってしまいましょう」
「そうなんだ…分かったわじゃあ早速―――」
「でも、その前に身体を治すことが一番大事。まあ治りやすくはしてあげる」
マルモはそう言うと、軽く指を切って血を口に含み梓に近づくと、梓にキスした。
「~~~~ッッッッ!!?」
突然の出来事に驚き、マルモの血を飲み込む。
「な、何するのよ!?」
梓が思わず飛び上がりマルモに文句を言う。
「…あれ?痛く…ない」
「私の血には再生能力というか治癒能力が込められているから、飲ませてあげれば直ぐに怪我くらいなら治るわ」
「だからって、私に口移しする必要あった!?私のファーストキスは明日香のつもりだったのに!」
妹をファーストキスの相手にする宣言をする姉だが、スルーして。
「怪我は治っても魔力は回復しないから。ゆっくり休むこと良いわね?」
不服ながらも梓は大人しくマルモの言うことを聞く。
(む~~でも今回はノーカンだよね!だって傷を治すためって言ってたし…特訓が終わった後に明日香と一杯きゃっきゃうふふすればいいし!そうと決まれば~♪)
その心のなかで、明日香を襲う算段を立てていたのは本人以外知ることもなかった。
次回は時間軸がかなり飛ぶことになるのでご注意下さい。
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