67.発足
新兵が兵学校に入学してから一年が経過した。
あどけなかった少年少女達から幼さが抜け、暴力という名の凄みをまとっていた。
鋭い目つき。真一文字に結んだ口。発達した顎。同世代の子供と比較すれば、五つも六つも大人びて見えた。
その中でもアニョウが選抜したメンバーは、そこに知性が組み込まれていた。
ただの暴力装置は、アニョウには必要ない。
自分で考え、実行し、反省できる自律型の兵士を求めた。
選抜組には、戦術、戦略の概念と定石を叩き込んだ。無論、戦場では定石どおりに事は運ばない。応用させること、または無視することも刷り込んだ。
その過程で教育の濃さについて行けず、脱落する者も多く居た。時には補充し、逆に落第生として一般兵へ戻したりもした。
いつしか、選抜組に入隊することが兵学校でのステータスとして確立された。
中途選抜者は、遅れを取り戻すため、休日返上で勉強した。落第生も何が悪かったのか自己分析をし、改善を行い、選抜組に復帰するなど、選抜組の面子が固定されるのには三か月以上の時がかかった。
四か月目からは、入れ替えはほぼなくなり、ようやく部隊編成が可能となった。
あとの二ヶ月で部隊の習熟訓練が行われ、今ここに新しい軍隊が発足した。
宛:ハーモニー直轄 軍事部門 特殊部隊ストライクバック。
部隊長兼カラーズ大隊長 アニョウ総隊長
発:ハーモニー 東アジア統括マネージャー兼専務取締役 コマス・ヘブリー
本日より上記部門を正式に発足する。
特殊部隊の情報は、ハーモニー内に止め、下部組織を含め外部に一切口外してはならない。秘匿を絶対とすべし。
下部組織には、カンパニーも含める。カンパニーへはカラーズ大隊の再編であると説明せよ。
選抜組はゴーストとし、存在を秘匿すべし。
カラーズ大隊の一部隊だと誤認させよ。
一般兵は、カラーズ大隊所属する。情報の一部はカンパニーに開示するが、運用はハーモニーの承認を必要とする。
なお、カラーズ大隊もハーモニー直轄部隊とす。
ストライクバック及びカラーズ大隊の運営は、アニョウ総隊長に一任す。
総責任者は、コマス・ヘブリー マネージャーとす。
出動命令は、ヘブリー マネージャーより下されるものとす。他者からの命令は一切拒絶せよ。
例外は、社長、会長の命令のみとする。また、社長以上の名前により人事異動が発生した場合、総責任者は新人事に従うものとす。
なお、明日〇九〇〇 ミーティングを行う。
ストライクバックの初任務である。アニョウ総隊長の裁量により出席者を定めること。
以上。
たった今、アニョウに知らされた情報だった。
アニョウのスマートフォンにインストールされている電子頭脳「ドライアイス」からの通知だった。
兵学校の校長室で受け取ったアニョウは、無造作にスマートフォンを机に投げやり、両手を胸に組み目をつぶる。
―初陣か…。何を求められる。救出作戦は初陣には向かない。破壊工作の様な単純な作戦で経験を積ませたいものだ。だが、ストライクバックの初任務だとわざわざ明記してある。何かしら高難度のミッションがあると考えるのが普通だろう。ただの破壊工作であれば、カラーズ大隊でいい。
秘密部隊は動かせば、それだけ存在が早くばれる。できるだけ、初陣は遅らせたいものだ。さて、誰をミーティングに参加させようか。―
と静かに考えていた。
「兄貴、何かありましたかい?」
傍の席に座るネービャが話しかける。スマートフォンを無造作に投げて考えこめば、誰にでも分かることだろう。
「俺達の隊の名前と所属が決まった。」
「じゃあ、カンパニーの実行部隊っすね。」
「違う。」
「え、どこになるんすか?」
ネービャの問いにアニョウは答えに詰まる。
―話しても良いものか。いや、ネービャとリトルは俺の脇を固める人材だ。一年以上付き合ってきたが、二人とも口の堅さは問題ない。この存在を誰にも明かしていないようだ。ならば、正直に話そう。隠し事は今後の運営に支障をきたすだろう。―
アニョウは、ネービャの目を真っすぐに見つめた。少しでも変化がないか見極める為だ。
「所属は、ハーモニーだ。」
「え、それって最上部組織ですよね。カンパニーの親っていうか、親の親の親って位、上じゃないっすか。」
「そうだ。俺が運営責任者で、ボスが総責任者になる。命令はボスからのみ受け付ける。他は全て蹴れ。」
「まじっすか。予算が潤沢だなぁとは思ってましたけど、ハーモニーっすか。こりゃヤバイ話っすね。」
「そうだ。いわゆるヤバイ話だ。建前はカラーズ大隊として運営される。選抜組を秘密部隊として秘匿する。一切の口外は禁止だ。」
「あちゃ~、それって命に係わるってことっすね。」
「そうだ。漏洩したら消されると思った方がいい。」
「まぁ、ここのことも誰にも言っていなんで俺は大丈夫っすけど。ガキどもは大丈夫っすかね。」
「あいつらこそ、自分の立場をわきまえている。あいつらの居場所はここしかない。もう帰るところはここだけだ。そんな奴らが裏切ることはない。」
「確かに。他には上は何と?」
「選抜組を特殊部隊ストライクバックと呼称するそうだ。」
「英語で逆襲っすか。それはまたストレートな名前で。」
「日常会話で使われる単語の方が、この場合はいいんだ。」
「ああ、なるほど。何かの拍子に誰かが耳にしても違和感がない。聞き流す。そういうことっすね。」
「そうだ。だから大隊もカラーズ、レッドとか色にした。」
「確かにアルファやブラボーなんて使ってたらその筋かと思われますよね。なるほど、名前一つもそこまで考えているんすね。」
「そういうことだ。で、明朝九時にミーティングだそうだ。議題はストライクバックの初陣だ。誰を参加させるべきだと考える?」
「もうっすか。ボスはいきなりっすね。そうですね~。兄貴、リトルの姉さん、あっしは決定で。後は選抜組、じゃなかった。ストライクバックの小隊長四人でどうです?」
「やはり、俺と同じか。では、小隊長四人を集めて、先に説明をしておくか。全員校内にいるか?休暇でいないのは?」
「全員訓練中ですね。ですけど、兄貴。いいですかい?小隊長だけで?」
「どういう意味だ?」
「ストライクバックの所属全員を呼んで説明をした方がいいと思うんすけど。」
ネービャの提案をアニョウは反芻する。
―説明が一度で済む。つまり、効率が良い。また、外部に漏れる可能性が一回で済む。口が軽い奴を炙り出すには早く情報を与えてみるのも有りか。―
「よし、それを採用する。ドライアイス、司令とアイスバック全員が集まるの都合の良い時間は何時だ?」
アニョウはスマートフォンへと話しかける。こういうことは電子頭脳に計算をさせた方が早い。
「司令をアニョウ総隊長、ネービャ氏、リトル氏と仮定した場合、午後五時が最適です。場所は防音効果のある会議室を推奨します。」
涼やかな女性の声でドライアイスが答える。声は自由に変更できるのだが、アニョウは初期値のまま使っていた。
「全員に一斉同報。内容は秘密裏に本日一七〇〇 会議室に集合。携行品は不要。以上。」
「了解。文章を作成しました。同報先を設定しました。送信準備完了。」
アニョウはスマートフォンに表示された内容を確認する。さすがにストライクバックの隊員四十名の名前までは覚えていない。そこはドライアイスを信じる。
「送信。」
「了解。送信しました。」
「さて、これでまた俺は大量殺人者になるわけだ。それも子供を使ってな。酷い大人だよ。」
「兄貴、それでもストリートチルドレンを千人も助けたんすよ。」
「そして助けた命を死地に送り込む。右も左も判断がつかぬ子供をな。」
「それは、あっしも同じでさ。」
「ふっ。お互い碌な死に方はせんだろう。」
「ちげえねえっす。」
その後、校長室には重い沈黙が夕方五時まで占めた。まだ太陽は南天を過ぎたばかりだというのに…。




