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ジャングル・ファンブル・オペレーション ~俺はジャングルに全てを…~  作者: しゅう かいどう


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56.夫婦

 アニョウととティハの関係は、身分証明書の作成により急激に変化した。

 アニョウは配偶者欄にティハの名前が記入されているだけだとしか考えていなかった。

 だが、ティハは全く違った。

 心の奥底に秘めていた想いが一気に表面へと溢れかえった。突然の溢れる想い。鼓動が激しくなり、顔が熱くなる。

 呼吸も早くなり、口から出るのは感嘆詞ばかりだった。

 今までは相棒として信頼していた。そこに性の差はなかった。対等の兵士である認識だった。

 その様に思っていた。だが、一緒に行動し、幾つもの戦場を潜り抜け、命を互いに預け合う存在になった。

 無意識でもアニョウの存在は益々大きくなっていく。だが、それが恋心でもあるとは気づかなかった。

 十代でレジスタンスに参加し、生きていくのに文字通り必死だった。人生の半分近くが戦争であり、そんな心の余裕は無い。

 その様なことに思いをはせるのならば、次の戦場で生き抜くためのスキルを磨く方が大切だった。

 そして、レジスタンスの崩壊、政府軍による包囲網からの脱出。カンパニーによる庇護。ここでようやく自分自身の生き方を見つめ直す時間ができた。

 集落の人々が蹂躙される様をまざまざと見せつけられ、心が折れた。だが、カンパニーは見捨てず、心療治療を行った。心の傷はかなり回復していた。

 無論、アニョウの仕事が評価された故の報酬であることはティハ理解している。

 正確には、ティハの態度がアニョウの命に係わることをカンパニーが仄めかしていたのだが。

 それでも身分証明書を手渡された時、今まで無かったファミリーネームがついていた。ティハ・アヤウン。必然的に家族欄をすぐに確認した。

<配偶者:アニョウ・アヤウン>

 ―同じファミリーネームだ。それもアニョウの名前が書かれている。私の旦那様なんだ。うれしい。―

 身分証明書を思わず抱きしめる。

 ―え、うれしいって何。わ、私、私はそんなこと想っていたの…。知らなかった。

 アニョウならいい。違う。アニョウがいい。どこの誰かは分からない。記憶も無い。本当の顔も知らない。

 でも、この想いは本当の私の気持ち。思い込みじゃない。恋に恋する歳でもない。

 そうよね。子供の一人位いてもおかしくないもの。そっか、私、アニョウを…。―

 自分の心を自覚してからのティハは、積極的だった。

 アニョウの重みにならぬ程度にメッセージを送り、時には映像通信を行う。

 現実に会える時は、一分一秒を大切にした。くれぐれもアニョウの邪魔にならぬ様に自分の想いを押し殺して。

 けれども、歯止めは効かなかった。一度決壊した心のダムに溜まっていた想いは、即座に濁流のごとく溢れ出た。

 親密な関係に、いや法的な関係と同等になるまでに時間はかからなかった。

 ティハの想いをアニョウはしっかりと真正面から受け止めてくれた。

 ティハが少し安心したのは睦事をアニョウは何も知らなかったことだ。

 ティハは耳年増で経験は無い。経験が無い者同士のギクシャクとした初夜ではあったが、ティハには永遠に忘れない幸せな日となった。

「ティハ、書類だけじゃなく本当に結婚しよう。」

「はい。」

 睦事が終わった後の最初の会話がそれであった。

 アニョウに恋愛感情があるのかは分からない。普段から無表情に近いからだ。

 もしかすると、知識と責任感で出た言葉なのかもしれない。

 ティハはそれを確かめるのが怖かった。そうだと認められれば、恋愛感情を持っていないということになる。

 ならば、聞けない。聞くことなどできない。

 〈愛してる?〉

 その言葉は一生声に出せないだろう。

 嫌われていないことははっきりとわかる。これだけは断言できる。

 ―アニョウは、私が裏切らない限り、ずっと一緒に居てくれる。ずっと私を守ってくれる。それでいい。それ以上は求めない。―

 こうして、二人は本当の夫婦となった。


 二週間後、アニョウ達、カラーズ中隊は王国東部のジャングル地帯にいた。こちらも隣国の国境に近く、西部と同じ様に大河が国境線となっていた。

 今は乾季で青空が広がっている。太陽はギラギラと照り付け、アニョウ達の肌を遠慮なく灼く。汗が止まらない。

 目標地点から四キロの密林に潜伏していた。

「作戦を再確認する。」

 アニョウの周りには、中隊二十人とネービャとリトルが居るはずだが、視力ではとらえることができなかった。目の前には誰も居ない様にしか見えない。

 皆が密林の陰に潜んでいた。アニョウ一人だけが集合ポイントの目印として、太陽の下に居た。

 アニョウは、誰も居ない様に見える空間へ話を続ける。

「日没後、目標地点五百メートルまで前進。その後は?」

「ブラック小隊は目標地点まで接近し、索敵および哨戒します。」

「続いて、グリーン小隊が監視塔を無力化します。」

「ブルー小隊は、母屋への突撃口を確保。各小隊の接近を援護します。」

「レッド小隊は、突撃口から突入。一気に敵勢力を掃討します。」

 ジャングルのあちらこちらから少年少女の声が聞こえた。

「よし、段取りは理解している様だな。今回の作戦は大麻工場の占拠だ。母屋内と監視塔一基のみ敵対マフィアがいるとの情報だ。

 離れや小屋は無視して良い。そこにいるのは単なる労働力だ。そいつらにとっては、給料を払うのは誰でも良い。マフィアからカンパニーに変わるだけだ。抵抗の気配を感じた場合は、無力化を許可する。

 それ以外の無力化は許可しない。

 母屋に突入後は、指示は出さない。それぞれの判断をもってこれに当たれ。

 敵と思う者は即座に無力化しろ。条件反射で撃って良い。

 同士討ちはモノクルに表示される友軍のマークを見て気をつけろ。そんなミスをするバカは、作戦終了後、俺が殺してやる。

 機材や機械に被害が一向に出ても構わん。修理するか買い直せばいい。

 お前達の命と体の方が大切だ。わかったか?」

『了解!』

 アニョウを取り囲むように静かに、しかし熱く力強い返事だった。

 カラーズ中隊の少年兵達は、アニョウを心酔していた。無論、その様な訓練を施した結果だ。いわゆる洗脳だ。

 若いほど、洗脳しやすく効果も高い。

「では、日没まで大休止を許可する。」

『了解。』


 アニョウが日陰に避難すると、

「先生、皆さんから好かれていますね。」

 独特のイントネーションがアニョウの耳元に語り掛ける。

 アニョウは気配を感じていなかった為、背筋に寒気が走る。思わず顔面に肘を入れそうになった。

「驚かすな。リトル。次は当てるぞ。」

「う~ん、まだ無理ですね。もう少し修行してもらわないと当たりません。」

 気配を消して、アニョウの背後を取ったのはリトルだった。

 アニョウも気配を断ったり、感じたりするのは得意ではあったが、リトルの技量には及ばない。どうしても接近を許してしまう。

「先生、私、詳しいこと聞いていないのですけど、遠くから迫撃砲を撃ち込んで、逃げ出した敵を掃討した方が安全と違いますの?」

「その案は却下された。最初に提案したんだがな。」

 二人は、少年兵達に聞こえぬ様に小さな声で会話を続ける。インカムのマイクもミュートになっていることも確認済みだ。

「なんでです?」

「カンパニーは大麻工場を再利用したいとのことだ。工場の機械は安いが、周囲の畑と労働力は失いたくないそうだ。」

「なるほど。畑は一度荒らしたら年単位で元に戻すことになる。労働力を一掃した事実が周囲に広まったら働き手が集まらない。そういうことですね。」

「そうだ。だが、マフィアと機械だけなら安くつく。それに少年兵を集めた部隊を使うのは。」

「消耗品だから、補充は幾らでも可能。先生の手腕ならすぐに促成兵ができる。ということですね。」

「ああ、俺はこれから育てた奴らを死地に送る。そして、俺、リトル、ネービャのホワイト小隊は安全地帯からの援護だ。」

「私が狙撃銃、ネービャさんが対物ライフルで援護。先生はスポッターですか?」

「そうだ。」

「作戦失敗の場合、どうするのです?」

「俺達三人のみ現場から離脱し、集合地点で待機。ドライアイスに生き残りを確認させ、回収作業に入る。」

「その回収って…。」

「想像に任せる。」

「やっぱり、カンパニーも犯罪組織ですね。人の命が軽い軽い。」

「軽いのはあいつらだけじゃない。俺達のも軽いぞ。」

「そうですね。監視位されてるんでしょうね。」

「ああ、されて当然。なくて愕然なんてな。」

「あらら、先生も冗談、言われるのですね。」

「忘れろ。待機しろ。」

「了解。」

 そのまま、リトルは狙撃銃を抱いたまま、アニョウの背中にもたれかかった。

 気温と湿度だけで暑いのに更にリトルの体温まで加わる。

 だが、アニョウは文句も言わずじっと身動きしなかった。

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