あしたから
一応、ここまでで終了です。読んでくださった方、感謝です!
夜であり、業務は終わっていたがレキシントンはプライベートルームでサーベルからの報告を受けていた。
その報告に彼は旋律を覚えた。一瞬の閃き、判断力は彼の長所だ。
「サーベルがここで魔姫に襲われた……こえは由々しき事態だね……」
「はい。それだけではありません」
「ああ……魔姫による要人暗殺の可能性も出てきたって事だ……」
「マイスター、今夜は一応、当直を用意しておりますが、私も御供いたします」
「助かるよ」
レキシントンは机に向かい、報告書を書く。一刻も早く、この事態を帝都に報告しなければならない。
それによって、各、要人が武姫を護衛にするだろう。そうなれば、マイスターの人数も一気に増えるはずだ。
しかし、武姫は高価である。各都市の重要人物のボディガードに3~4人は必要になってくる。国家予算で賄われている武姫たちの存在は国民の血税から造られているのだ。
武姫が多くなるほど、税金は高くなる。一種、負の連鎖に落ち込む。
レキシントンは予想すればするほど、唾を嚥下した。
それだけ、重要な事件なのである。
報告書を書き終えると、彼は伝令を任務としている兵士を呼び出し帝都へと送った。
「まだ、僕のところだけに留まっていてくれよ……」
願っている言葉が、口から出てしまう。
側に立つサーベルはレキシントンの言葉を聞いていたが何も言わなかった。
朝は誰にでも平等にやってくる。それは世界の理である。
この日はエクスカリバーが隊長となって徒歩で半日の村へ物資を輸送する部隊の護衛であった。
普段なら簡単な任務であるが、昨日の今日である。
「エクスカリバー、気を付けて」
レキシントンは昨日のサーベルの報告を朝の会合で、この砦の武姫全員に知らせていた。
任務は任務であり、変更はされなかった。
サーベルが砦の守備任務に、スティレットはゴスッペロの守備任務に就いていた。
物資輸送の護衛隊は3人だった。
「はい。マイスターも十分に備えてください」
心配そうな顔をする。彼女は意外と表情が豊かであった。
「ああ。こっちはサーベルがいるから大丈夫だろう」
レキシントンは笑顔を見せる。これはエクスカリバーを心配させないためと、本当にサーベルを信頼しているからだろう。
「では、行ってまいります」
敬礼し、エクスカリバーは砦の門の前で待つ輸送隊と合流した。
レキシントンは執務室の窓から、その姿が見えなくなるまで見送った。
執務机に向かい、書類整理を始める。いつもと同じ1日のはずだった。
廊下を駆ける足音が響く。執務室の厚い樫の木でできたドア越しにも聞こえる。外も騒々しくなってくる。
レキシントンは疑問に思ったが、悟った。
それて同時に見張りの兵士が飛び込んで来る。
「失礼いたします! レキシントン召喚士殿! 敵が! 門前にまで迫っております!」
「守備は?」
「サーベル殿が指揮を執り、櫓にはロングボウ殿が入っております!」
「ご苦労。僕もすぐに向かう」
「は!」
見張りの兵士は敬礼し、慌てながら駆け足で執務室から出ていく。
慌てるのも当然である。魔姫が確認されて以来、砦へ直接攻めてくる魔姫はいなかったのだ。
レキシントンは冷静にマントを羽織ると、砦の門の方へと向かった。
門ではサーベルがテキパキと命令を出していた。
軍事的才能において、レキシントンはサーベルの足元にも及ばない。
武姫としての才能であり、また、彼女の努力の結果である。
「サーベル、現状を」
「は! 敵の数は12体を確認。非常事態宣言に伴い、非戦闘員は中央広場に集めています。武姫の内、ロングボウとクロスボウには迎撃を命じています」
「多いな」
サーベルの報告を聞き、レキシントンがつぶやいた。
「やはり、これまでとは違ってきているようだね」
「はい。対処は考えておりますが、果たして効果があるか問題です」
「敵を確認する。サーベルはこのまま、指揮を頼む」
「はい。マイスター、気を付けてくださいますようお願いします」
サーベルは敬礼する。マジメで謹厳実直な彼女は指揮に戻る。
レキシントンは櫓に登ると、櫓でじっと魔姫を注意深く見ている茶髪のポニーテイルの武姫・ロングボウに状況を聞く。
「OH! マイスター! 魔姫はこっちの様子を見ているよー」
「うん。こんな敵は初めてだね」
「そーですよー! やりにくいったらありゃしませんねー」
イントネーションがちょっと変わっているが、ロングボウの言葉はわかる。
そこへ、矢が飛んでくる。
櫓の屋根部分に突き刺さり、光の粒子となって消える。
「これは、魔姫LBタイプですねー」
一瞬で、ロングボウはどのような魔姫が攻めて来たか理解する。
「マイスター、しゃがんでくださーいー! 的になっちゃいますよー」
レキシントンはその言葉に従い、櫓の壁よりも低くしゃがんだ。
ロングボウは応戦する。
その反撃に何本もの矢が返ってくる。櫓の壁や屋根に突き刺さり、雪のように消えてゆく。
その数は少なくとも4体。
報告通りだと、これに8体は白兵戦型の魔姫がいるという計算になる。
うかつに砦を出ることもできない。
「しまったな……予想外だ……」
レキシントンは櫓の壁の隙間から魔姫を見ながらつぶやいた。
反対側の櫓を見る。そこには武姫のクロスボウが応戦している。
不利な状態だが、サーベルはきっとチャンスを探っているはずだ。
レキシントンもロングボウも同じことを考えていた。
ゴスッペロも震撼していた。
魔姫が現れたなら、城外の市民はゴスッペロ内へ逃げ、城門は直ちに閉じられる。これはリーザンスの都市では法律になっていた。
城門の上からスティレットは砦を見ていた。
明らかにいつもより多い魔姫が砦を攻めている。それだけで、心が騒ぎだす。
彼女はマイスターであるレキシントンの身を案じていた。
しかし、いつ、魔姫がゴスッペロを攻撃対象にするかわからない状態だ。
ゴスッペロの市民のためにも、うかつには出ることができなかった。
出向している武姫たちは歯噛みする。
だが、スティレットは誰よりも行動派であった。
「こっちはダークに任せるから! あたしはマイスターのトコロへ!」
「ええ~~~~~~~~!」
ゴスッペロに出向している武姫は8人。4方向の門に2人ずついる。
スティレットはコンビを組むダークという小柄で細い武姫に言い放って城門から飛び降り、華麗に着地した。
そのまま、前を見る。昨夜の話だと、クロマクがいると睨んでいた。
彼女はクロマクを探した。
「いた!」
魔姫よりも後方の丘の上で呑気に、この様子を見ている人間大の存在に気付いた。
人間であれば、魔姫の襲撃があればゴスッペロへと逃げてくる。間に合わなくとも、魔姫より遠ざかろうとするはずだ。
スティレットはクロマクと思しき者へと走り出した。
「ま~だ、攻め落とせないかな~……」
丘の上から赤い癖毛の少女は1人、腕を組みながら見ていた。
「意外としぶといね」
その顔は場違いな、楽しそうにも見える。
それでも彼女は癪だった。早く気付かれたのも癪であるが、中々陥落させられないのも癪だった。
「ま、このままだと削り倒せるかな」
彼女には見えていた。砦を攻めている魔姫1体1体の視線からの光景が。
彼女は心に思うだけで、魔姫を器用に操っていた。
今回、砦攻略に動員した魔姫は12体。まだ、1体も失っていない。このまま行けばいずれ陥落させられるだろう。そして、マイスターとやらを……
「エクスカリバー、キミを失意のどん底に叩き込んであげるよ」
彼女は間断なく攻め立てるように魔姫を指揮した。
それに集中していたためか、別方向に注意が向いていなかった。
気付いた時には至近距離だった。
「でええええええええーーーーーーーーーーーいッッ!!!」
彼女の懐に飛び込むようにスティレットが渾身の突きを入れた。
砦は悲壮感に満ちていた。
魔姫の攻撃は激しくなり、非戦闘員たちはその場に座り込んでしまうというような事態に陥っていた。
それでもレキシントンは櫓の壁に隠れながらも諦めていなかった。
一瞬でもスキを作れたなら逆転できると考えていた。
しかし、なぜ、魔姫が砦を攻撃してくるのだろうか? 彼の思考回路は高速回転を始めた。
そこで、はっとする。彼女らの目的であり、その目標……
「目的は僕か!」
そう、いくら武姫たちが優秀であっても、マイスターであるレキシントンが死んでしまったなら元も子もない。
マイスターの養成も時間がかかる。才能を持つ者も限られている。
もしも、魔姫がなにか目的を持ったとしたなら、それはきっとTOPを狙うことだ。武姫はマイスターがいる限り何人でも作られるだろう。
マイスターを倒せば、次に作られる予定だった武姫が実装されなくなるのだ。
「ロングボウ! 僕がスキを作る! その間に攻勢に転じるんだ!」
「はいー! マイスター! わっかりましたー」
レキシントンは立ち上がり、その身を魔姫にさらした。
「お前たちの目的はここだー!」
腹の底から覚悟を決めた大きな声を出した。
その一瞬だけ反対側の櫓を攻めていた魔姫LBタイプがレキシントンとロングボウのいる櫓へと向かって行った。
その一瞬だけ魔姫に混乱が生じた。
何も考えていない者どうしの混乱と言って良いだろう。
「フランス軍、お先にどうぞー!」
ロングボウはスキを感じ取り、立ち上がり矢を射た。その1本は見事に1体の魔姫を射抜いた。魔姫は光の粒子となり消えていった。
それと同時にクロスボウが何か合図をしたのだろう。城門が開き、サーベルが指揮する白兵戦部隊が飛び出した。
ロングボウとクロスボウは櫓からサーベルたちを援護する。
矢による攻撃が途絶えた。
「ねえ、ロングボウ、さっきののは気合を入れるための言葉?」
少し息を整えたレキシントンがポニーテイルの武姫に尋ねた。
「はいー! あのセリフを言うと先制攻撃できるんですー」
そう言いながらも矢を射続ける。
「良いセリフだよ」
レキシントンはこの戦いの終局が近いと感じ取っていた。
レキシントンが櫓から立ち上がった時、スティレットの突きが赤い癖毛に放たれた。
「甘いよ」
ほんの少し体を動かしただけでスティレットの攻撃は避けられた。それだけではない。彼女はスティレットの足を引っかけ、転倒させていた。
その一瞬だけ指示が途切れた。
「やってくれるね! うれしいよ!」
満面に笑顔を浮かべながら起き上がろうとするスティレットの背後に立つ。
圧倒的な恐怖。
その殺気に気圧されてスティレットが動けなくなってしまった。
「深い絶望はまた今度。今は浅い絶望を」
腰に佩いている剣を抜く。鏡のように光を反射するそれは剣ではなく、別の魔物のように感じ取れた。
「後で、お友達も送ってあげるからね」
赤毛は剣を振り上げた。
「あ、あたし、ここまでなの? ごめん、マイスター」
スティレットは目を強く閉じる。
振り下ろされた剣は激しく鳴る不快音にも似た音と強い光に阻まれた。
「え?」
スティレットはゆっくりと後ろを向く。
赤毛の剣を阻んでいたのはエクスカリバーだった。赤毛の注意不足であったと言えよう。
「はは! エクスカリバー、ヒーローみたいだね」
赤毛は楽しそうだった。
「昨日の今日なら、最大のチャンスは今日。今日、攻撃しなければチャンスは失われる……だから、私は戻ってきました」
エクスカリバーは凛とした態度で赤毛を見る。
「エクスカリバー、キミはボクを誰かわかっているんだね」
赤毛は剣を構え直す。
「私の剣に斬れぬものはありません。しかし、例外はあります。それは私と同じもの……」
エクスカリバーは彼女の名を口にする。
「アロンダイト……不貞、不忠、不義の剣……主君を裏切り、友を斬った魔剣」
「はは! ぴんぽ~ん! せいか~い!」
赤い癖毛・アロンダイトは心の底から嬉しそうに答えた。
「でも、ランスロットは泣いていたよ! 一緒に死ねなかったってね! だから、僕を手放し旅に出たんだ」
「そして、あなたは魔姫として、ここに現れたのですね……」
エクスカリバーはアロンダイトを睨む。
「アロンダイト、あなたを斬ります」
「やってごらんよ! エクスカリバー!」
2人の銘を持つ剣が打ち合い始めた。刃が打ち鳴らされるごとに不快音が響く。
それは2人の元の主の悲しみの声なのかもしれない。
スティレットは息を飲んで見守るしかなかった。だが、彼女は世紀の一瞬に立ち会っているのだとは感じていた。
エクスカリバーとアロンダイトは時間を感じず打ち合う。
悲しみの表情で涙を流しているエクスカリバーとは逆に、アロンダイトは笑いが止まらなかった。
戦いが楽しい。
自分が死ぬかもしれないことが楽しいのだ。
エクスカリバーは辛い。
元の主の心の底の悲しみを映すかのように涙が止まらなかった。
無限とも思える時間も終わりに近付いた。
2人は細かいキズを体中に刻んでいた。
肉体的な疲労と共にエクスカリバーが膝をついた。
アロンダイトの笑顔も力がない。
「終わりだよ……エクスカリバー……」
だが、最後の1撃を繰り出す力は残っていなかった。
そこへ砦を攻めていた魔姫を駆逐したサーベルたちがやってきた。
「お前がクロマクか! おとなしく投降しろ。聞きたいことが山ほどある」
サーベルはアロンダイトに剣を突き付ける。
「はは! やだね」
そういうと、アロンダイトは彼女らの間合いから離れる。
「あはははははは! エクスカリバー、また会おうね!」
振り向くと、アロンダイトは全力で走り出した。
「待て!」
サーベルが後を追おうとした。
「サーベル、ここまでだ! 今日は退こう」
サーベルを静止したのはレキシントンだった。額から汗を流し、息を喘がせながら彼は追撃を止めた。
「しかし、マイスター! ここでヤツを捕まえねば」
「今日はここまでさ……あっちも立て直しに時間がかかるだろうしね」
レキシントンは武姫たちが、これ以上、傷つくことが耐えられなかった。
「みんなも疲れている……うまく、捕えられたり、倒せても、こっちに余裕がないよ」
サーベルは目を伏せた。ここは彼の言う通りだった。自分も、ほかの武姫たちも疲れ果てていた。
「わかりました」
彼女はそう言うのが精一杯だった。レキシントンはサーベルが納得してくれたこと、ほっとした。
「それよりもエクスカリバー、大丈夫かい?」
疲労困憊しているエクスカリバーの手を取って、彼女らの主・マイスターは立たせる。
「はい。それよりも、勝手に命令を無視して申し訳ありません」
エクスカリバーは申し訳なさそうに言う。その唇には力が入っていなかった。
「気にしないで。君を失う方が僕は悲しい」
「マイスター……」
エクスカリバーのアイスブルーの瞳から涙がこぼれる。そのまま、彼女はレキシントンにしがみついた。そうでなければ、立ってなどいられなかった。
レキシントンの砦は非戦闘員の人々やゴスッペロの職人たちによって改装されていく。
あの戦いから2日しか経っていない。
それまで魔姫の襲撃がなかったのは僥倖なのだろう。
執務室でレキシントンは報告書を書いていた。
詳しい話をエクスカリバーから聞き、このコロネッサスではない遠い世界のできごとが影響を始めているということを書き綴った。
因縁
そんな言葉が彼の胸に去来した。
レキシントンは深く息を吸い、吐き出した。また、アロンダイトとも戦うことになるだろう。
次は決着か?
そう思うと、なにか自分の心が無に近くなって行くようだった。
レキシントンは考えるのをやめて伸びをする。
窓の外は青空が広がっていた。
この作品のイメージは週刊少年雑誌の短期集中連載なんです。
ですから、一応、ここまでにしとうございます。