幕間(乱戦)
――神視点――
ギオラたちが『ルドべ』の面々と戦闘を繰り広げている中、そう遠くない場所でも戦闘が始まろうとしていた。
「アマニーレ」を南に抜けた山岳地帯、常人ならこの険しい山を超えることは出来ない。
だがしかし、それは逆に常人の枠を超える者であれば可能になるということだ。
実際に、3000を超える亜人の軍勢が「アマニーレ」へと進軍を開始していた。
ギオラが南の防衛を考慮しなかったのも無理はない。
相手がギルド協会と分かった時点で、敵は人種しかいないと決めつけたのだろう。
だから、「人にはあの山を越えられない」と確信したのだ。
このまま、3000の軍勢が「アマニーレ」へ攻め込めば、簡単に滅んでしまうはずだ。
いくらギオラやニャンが奮闘しても、数の利には及ばない。
あるいは数の利が無くとも、勝てる可能性は0に近い。
何故なら、その軍勢を率いる将こそ、四天怪の1人である『人災』のマーミルだからだ。
「マーミル様、もう少しでアマニーレが見えてきます。しばし、休憩をなされては」
「煩いわ、わしに休息など必要ないわ」
「ですが……」
「休みたいものは勝手に休めば良かろう。わしだけでも、前へ進むわ」
「は、はい。では、一部の者はこの山頂付近で休ませます」
マーミルの軍勢は疲弊しきっていた。
それもそのはず、マーミルの本拠地は「アマニーレ」から見て山岳地帯の向こう側だ。
山岳地帯を超えることは出来ても、3000という大所帯での進軍を容易に行えるわけが無い。
ここまで、負傷者がいないのは『人災』であるマーミルがいてこそだろう。
「待て、ここで休むな。力の無い者は転げ落ちてでも良い。すぐにこの場から離れさせろ」
「……え」
「聞こえなかったのか? 今からここは戦場になる」
「はっ! 今すぐに!」
野生の勘とでも言うのか、マーミルは敵の出現を察知した。
この時、マーミルの近くで転移魔法が発動していたのだ。
マーミル自身、魔力を感知することは出来ない。
これはマーミルの実力不足といった話では無く、種族的な問題である。
魔力を持つことが出来ないゴブリン種であるマーミルは、必然的に魔法に関する力が皆無なのだ。
ちなみにゴブリン種と言っても、餓鬼のような見た目では無い。
白い肌で背は高く、神秘的な存在感を放っている。
まさに、妖精と呼ばれそうな外見だ。
「面倒くさいわ。せっかく、人間サマの依頼を受けたってのに」
マーミルの表情は険しい。
まるで、これから現れる相手が誰なのか分かっている様子だ。
いや、間違いなく特定しているだろう。
そもそも、この世界で転移魔法を扱える者は少ない。
単純な移動魔法とは桁違いの難度なのだ。
だからこそ、マーミルは直感的に悟った。
この魔法は四天怪の1人である『霧災』によるものだと。
「相変わらず、無茶苦茶な魔法を使うわ。これがわしと同じ括りなんてなんて、信じられんわ」
「あらあら? 気づいてたのね。私の魔法を察知できるだけで、十分自慢して良いわよ。久しぶりね、マーミル。元気してたかしら」
「わしの顔を見て、よくそんなこと聞けるな」
「シワなんて寄せてたら、すぐに老けちゃうわよ。でも、元気そうで何よりね」
マーミルの小言に反応し、その魔法の主が姿を現した。
その魔法の主は、まさに幼女という見た目に反して、妖艶な笑みを浮かべている。
その顔を、ニャンやドレミが見たら驚くことだろう。
と言うのも、彼女の顔はギオラと瓜二つなのだ。
彼女の名前はクルクラ・カヴァリエ。
四天怪の『霧災』であり、そして正真正銘のギオラの母親だ。
「で? 別に挨拶をするために来たんじゃ、ないよな」
「そうね。でも、返答次第では無傷で帰せるかもね」
「つまり、戦う意志はあるってことか」
「さあね。私と貴方は相性が悪いから、出来れば戦いたくないのよ」
「言っとけ、怪物が」
「怪物なんて酷いわね。こんなに顔が良いのに。まあ良いわ、本題を話すわね。この進軍を辞めてくれないかしら?」
「嫌だと言ったら?」
「ここに居る全員を殺すわ」
マーミルは、クルクラの言葉が嘘ではないと直感していた。
それ程、クルクラの実力を認めているからだ。
さらに、クルクラにはその実例があることを風の噂で聞いていた。
その数は1つや2つではない。
町や国、さらには種族を滅ぼしたこともあると言う。
「へえ、普通なら引く所だろうな。だが、わしも四天怪の1人だ。この際、どちらが上か決めておこう。わしはギルド協会からの依頼に従い、このまま進軍するわ」
「貴方ならそう言うと思ってたわよ」
「『霧災』サマにそう言ってもらえるとは、光栄だわ。じゃ、かかってこい怪物」
「残念ね、戦うのは私じゃないのよ。出番よ、お義母様」
クルクラは、大空へ向かって手を掲げた。
しかし、何も起こらなかった。
「何してんだ」
「決めポーズよ」
「……」
「かっこいいでしょう」
マーミルは内心で、「こいつ馬鹿だわ」と思ったに違いない。
ギオラを知る者たちにとっては、微笑ましいとも言える光景だ。
この時、クルクラは無詠唱で転移魔法を発動していたのだがマーミルは気づいていない。
「やああやああ、落ちてるのじゃ!」
その時空から、またもや幼女の姿が現れた。
相当高い位置から落ちてきたみたいで、まるで隕石のようだ。
マーミルとクルクラは知らん顔で、落ちてきた幼女を避ける。
落下幼女の威力は凄まじく、山頂にクレーターのように大きな窪みを作り出した。
「おい待て、『霧災』サマ」
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわ。お義母様ってもしかして、ババアのことか⁉」
「当たり前じゃないの」
「ふざけんな。どこの世界に、替え玉で母親を連れてくるやつがいるんだ」
「ここに居るわよ」
「その顔! ムカつくわ!」
マーミルは激怒した。
と言うよりも動揺していた。
「痛いのじゃ……」
這い上がるようにして、落下幼女が立ち上がる。
常人なら、その衝撃で死んでいてもおかしくない。
「やっぱりババアか」
「お主は……マーミルか。元気そうで何よりじゃ。『人災』を譲って以来かの」
実は、この2人は親子なのだ。
親子と言っても、実際に産んだ訳ではないため容姿は似ていない。
落下幼女の名前は、ノーテス。
この世界で唯一のゴブリンクイーンにして、四天怪の元『人災』だ。
「それよりも……どういうことじゃ、クルクラ! 義理とはいえ、旦那の母を空から突き落とす所業。思いやりという心を持っておらんのか」
「あらあら、怒ってるのかしら。私の魔法も万能じゃないし、転移先を間違えたみたいね」
「妾じゃなかったら、即死じゃ。ぼけ」
「まあまあ、生きているんだから良いじゃないの」
「お前は本当に昔から――」
クルクラとノーテスの関係は深く、100年を超える歴史がある。
だから、2人のやり取りには言葉ほどの棘がない。
「おい、こっちの話を聞けよ。ババアども」
「マーミルったら、私はババアじゃないのよ。でもまあ、要件は早めに済ませましょう。貴方が相手だと分が悪いから、ノーテスに相手をしてもらうことにしたの。私は残りの軍隊を壊滅させるわね」
「調子に乗るのも大概にってやつだわ。良いか? わしは現役の四天怪だ。それがこんなババアに負けるはずがないわ。そして、いくら『霧災』サマでもわしの精鋭3000人を倒すことは出来んわ。強いのは知ってるし、話にも聞いている。だが、それは所詮相手が弱かったからだ」
「言うようになったの。小童が。妾はお前に力で負けたから、『人災』を譲った訳ではないのを忘れたか」
「けっ、わしが怖くて戦わなかったの間違いだろ。丁度いい、ここで実力の差を見せてやるわ」
この日、形だけではない『人災』の継承が完了した。
そして、マーミル率いる3000の軍勢が「アマニーレ」に進行することはなかった。
完全にサイドストーリーです。
普通に更新が遅れました。
順調に話が進めば、この3人は物語に出てくるはずです。
それではまた、よろしくおねがいします。
分かりにくいので補足です。
クルクラ→ギオラの母、四天怪の『霧災』
エレク→ギオラの父
マーミル→四天怪の『人災』、エレクの姉?
ノーテス→マーミルとエレクの母
細かい設定というか、色々あるんですがノーテスにとっての実子はエレクただ1人です。
これは後々、本編で語れればと思います。