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おまけ。共同生活から始まる何かを期待するのは、いけないことだろうか。

デジデリウスの独白


 今は国境に近い田舎へ左遷されて地方勤務の騎士をしているが、俺の生まれは前の職場、王城が街の中心にそびえ立つ王都である。


 とはいえ王城の側近くに邸を構えているような貴族や、その御用達ごようたし商店なんていう大した家ではなく。やや貴族街よりの平民街にある、順に名を上げていけば4番目か5番目か6番目に食い込むような、微妙な知名度の靴屋の跡取りとして生まれた。


 けれども、末っ子長男としてチヤホヤされたのは3歳くらいまで。

 はっきり言うが、その頃の記憶なんて残っていない。


 そのチヤホヤが終了に至ったのは、年の離れた1番上の姉が知名度的に1、2を争う靴屋の3男を婿に連れてきたことで、跡取りを育成する必要がなくなったから・・・らしい。6つ年上の、5番目の姉が言うには、だが。

 それからは特に跡取りとして期待されることも無く、靴作りを無理やり学ばされることも無く。

 なんとなく靴づくりに興味を持ってデザインなり、作成なりを手伝おうとしては『才能が無い』と邪魔にされ。かと言って洗濯、掃除等の家事を手伝わされるなんてこともなく、自由気ままに過ごしていた。

 

 まあ、放置されていたとも言えるな。


 物心のつく頃には、両親の興味が才能あふれる1番上の姉と、それを引き出して流行を作る婿殿に集中しているのが当たり前。靴作りの戦力である2番目と3番目の姉たちが時々思い出したように気にかけられ、家事のできる4番目の姉が重宝されているのが日常だった。

 本が好きで大人しい5番目の姉と、執念の長男なはずの俺は、3日も居ないことに気付かれないくらい、両親の眼中になかった。

 

 何故、具体的に日にちをあげられるかと言うと。


 5歳の俺と11歳の姉が、それなりに見目のいい子供だったせいでさらわれて。

 実際に3日間、奴隷商人に捕まっていた挙句、いよいよ出荷される寸前まで行っていたところへ間一髪、騎士団が奴隷商人たちを検挙することに成功し。助け出した子供たちをそれぞれの家族へ引き渡して。行方不明の捜索願いも出ていない、迎えにも来なかった家族に代わって騎士が俺と姉を家へ送り届けるまで、家族は全く、これっぽっちも気付いていなかったからである。

 ついでに何の冗談かと笑い飛ばして、付き添いの騎士に拳骨げんこつを落とされた時の両親の顔を、俺は生涯忘れないと思う。

 

 親子の情はそこで途切れたが、俺はその代わりにかけがえのない縁を得た。


 両親へ拳骨を落とした筋骨隆々の若い騎士が、心の父―――と呼んだら「子供がいるほど年はいっていない!」と怒られたので、彼の要望を飲んで―――俺の師匠となったのだ。始めは、師匠へ惚れてしまったという姉の付き添いとして、騎士の詰所へ押しかけていただけだったのだがな。

 両親の愛どころか、家族に存在を忘れられていたことに落ち込み、『自分はいらない子供なのでは』と悩んだ挙句に無気力状態だった俺へ、師匠は言った。


『そんな事を悩む前に、求められる人間になる努力をしてみろ。靴は作れなくとも、お前には健康な体があるだろう?とりあえずそれを生かして体を鍛えてみてはどうだ。筋肉は嘘をつかないぞ!』


 と。筋肉を強調するポージングをしながら。


 子供心になるほどな。と思った。

 確かに放置気味でも腹が満足する量の食事は与えられていたので体の発育はよかったし、病気らしい病気をした覚えもない。

 その時、俺は『騎士になろう』と決意した。


 それからの日々は辛く厳しいものだったが、師匠の暇を狙っては突撃し、しごかれつつ目標に向かって突き進む毎日はとても充実していた。

 しかし残念ながら、俺の体は元々筋肉が付きにくい体なのか、筋肉がついても師匠の様に筋骨隆々とまではいかず。努力が足りないせいかもしれないと更に体をいじめ抜く俺へ、『16歳になっても俺がフリーだったら交際してやってもいい』という師匠の言質を得て勢い付いていた姉が言った。


『体を鍛えるのもいいけれど、まだ成長途中の体に無理は禁物よ。それに騎士には教養も必要だわ。言われた事しかできない無能とか、近寄りがたい粗野な騎士なんて、格好悪いでしょう?』


 なるほど。

 そう思った俺は、それまで嫌々やっていた勉学に真面目に取り組むようになり、ついでに姉が差し出してきた『白銀の騎士と私』という恋愛物語の騎士を真似て、所作を改めた。

 その後、10歳で見習い騎士となり、仲間や先輩騎士たちと共に切磋琢磨していくうちに出世し。とんとん拍子に、騎士の花形である王城勤務を命じられるまでに至ったのだった。


 王城勤務は楽しかった。

 貴族の子息もいたためにやりにくい場面もあったが、王城内という事もあって危険な目にあう事も少なく、なにより女性にもてた。

 騎士として行動している時の自分が、姉の好んだ理想とする騎士像の通りだったのもあるのだろう。素の自分を出しかけると去って行かれるのが常だったが、そんなことも気にならないくらい多くに求められた。


 まあ。その浮かれ切った行動の結果が『軽薄な男』という評価だったのは、王都を去る際に知った事だったがな。


 面倒に巻き込んで巻き込まれて左遷され、王都から遠く離れたこの片田舎で、腐りかけながらも騎士としての仕事をこなし、幼少期に抱いた将来像から程遠い生活を送る。

 そんな俺の前に現れた元容疑者でもあるヒヨリは、今まで言い寄ってきていた者達とは一線を画した女性だった。


 まず前提として。

 面倒が起こった際に欠損した前歯を見せて笑うと、大概の女性は落胆した表情を浮かべた。

 俺にしてみれば、口を閉じていようとも唇の不自然な凹み方から違和感を覚える程度には顔が歪んでいたと思うのだが、それでも欠損を見せさえしなければ割と好意的に接してくる女性が多かった。しかしそれも欠損を見せるまで。

 どうやら前歯がないという事は、顔面を殴られるほど弱い、またはそのような事故に遭遇するほど愚鈍であるように見えるらしい。俺の騎士然とした振る舞いとのギャップもあり、ものすごい悪印象を与えてしまうようだ。


 しかしヒヨリは違った。

 前歯の欠損を見せた時は一瞬、悲し気な表情を浮かべたが、見せた後の態度に何の変化もなかったのだ。


 そして決定的だったのは、カアラカイルカイン神の治癒によって前歯が戻った後。手のひらを返したように好意の目を向けてくるようになった女性たちとは、全く異なった態度だった。

 ヒヨリは俺の回復を喜びはしたし、多少の好意を向けてくれているような感触があるものの、特に俺への接し方が変わることはなく。それに焦った俺が、女性たちに好評な騎士然とした振る舞いをすることで彼女の好意を膨らませようとするほど、逆に距離を置かれてしまった。


 だというのに賢者イグナティトゥナダリウスの悪意によって俺が素を晒し、お世辞にも格好がついたとは言えない行動をしてしまった時の方が、彼女は柔らかく笑うのだ。勿論、嘲笑なんかではなく、ぼんやりと好意を感じる微笑みだ。

 

 それを目にするたび、俺の頭の中で教会の鐘が鳴る。

 恋に落ちた瞬間にだけ起こる現象だと記憶していたのだが、それが正しいのなら俺はほぼ毎日、同じ女性に恋に落ちているという事になるな。

 だが、それも悪くない。


 共に生活する中で、イグナティトゥナダリウスというライバルと互いに牽制し合っているのもあるが、俺とヒヨリの仲に進展はない。進展させる気もない。


 なぜなら、俺はヒヨリが帰りたがっていることを知っているからだ。


 容疑が晴れて釈放された今は、だいぶ落ち着いたようだが、容疑者として留置されている間、よく夜中に声を押し殺して泣いていたのを俺は覚えている。何も知らなかった当時は、言葉が通じないために冤罪であることが証明できず、心細くて泣いているのだと思っていた。

 

 でも今は分かる。

 言葉どころか右も左も、常識さえわからない。彼女を知る者が誰もいない異世界へ落とされて、元の世界へ帰りたくて泣いていたのだと。


 彼女を帰してあげたい。


 彼女の帰る場所になりたい。


 相反する心を抱えながら、最後には彼女との別れが待っているであろう旅の準備をする。

 彼女の笑みに誘われるまま、心の内を伝えてしまえば楽になるのだろうかと考え、その答えを想像しては期待し、自分本位な自己満足に気付いて後悔した。


 もし受け入れてもらえたとして、先のない関係に自分は満足できるのだろうか。

 この世界へ留まることを望んでしまうのではないか。

 そうしてヒヨリに元の世界を捨させるのか。


 いっそ嫌われてしまえば、楽になれるだろうか。

 それは嫌だ。

 嫌われたくなんてない。


 逆だったならよかったのに。

 これっぽちもこの世界に未練などない自分が、ヒヨリの世界へ落ちたならよかったのに。


 ぐるぐると考えが巡っては落ち込んでいく。それでも捨てきれない期待を抱いているせいか、ヒヨリと出会う前ほどの落ち込みはない。

 彼女の微笑みが高揚感と共に、俺の心を押し上げてくれる。


 期待してはいけない。

 彼女に自分の世界を捨てさせるなんて、自分を選んで留まって欲しいだなんて。

 期待してはいけないんだ。


お読みいただき、ありがとうございました。

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