第50話「嘘の値段」
帝国の調査隊は、三日居座って、引き上げていった。
決定的な証拠は、掴めなかったらしい。魔物を鎮めた「方法」は、村人の口の堅さと、リエラの条文と、ザラの病死偽装に守られて、闇の中に沈んだ。士官は不服そうに、技師たちは名残惜しそうに、天幕を畳んだ。
だが、ヘルガの「何を隠してる?」は、去った後も、村に残った。
*
調査隊を見送った翌日、ドガが、一人で、俺を訪ねてきた。
崖の目が、いつになく、険しかった。彼は懐から、油紙に包んだ書付を、机に置いた。
「……見ろ。護衛の仕事で、北の駐留砦に出入りしてる若いのが、こっそり写してきた」
書付は、帝国駐留軍の、討伐報告の控えだった。数字が、几帳面に並んでいる。討伐した魔物の数。日付。場所。
そして、その日付と場所を、ドガは、太い指で、追った。
「この討伐報告な。……北の緩衝帯の、集落が『被害』に遭った日付と、ぴったり合う。魔物が村を襲った、その日に、都合よく、討伐隊が『駆けつけて』、大量に討伐した、ことになってる」
「……つまり」
「巣を焼いて、群れを村に追い込んで、暴れさせて、それを『討伐』して、報奨をせしめる。村の被害は『やむを得ない犠牲』だ。……何年も、これをやってやがる」
俺は、書付の数字を、見た。ザラが言っていたこと。ヘルガが言っていたこと。それが、数字になって、目の前にあった。
嘘の討伐。作られた被害。売り物にされた、人の死。
「……ドガさん。あんた、これを、どうしたい」
ドガは、長いこと、黙っていた。右耳の半分ない横顔が、火床の灯りに、赤く照らされていた。
「俺は、女房を、魔物に喪ってる。東の縁で、娘も」
初めて聞く、彼の傷だった。いや——一度、村に来た最初の日に、聞いていた。腹の中に、同じ石を抱えてる、と。
「ずっと、魔物を憎んできた。狩って、狩って、生きてきた。……だが、この書付を見ちまったら、な。俺の女房と娘を殺したのは、本当に、魔物だったのか? それとも——巣を焼いた、誰かの、都合だったのか?」
答えは、書付には、書いていなかった。だが、可能性が、そこにあった。ドガが長年抱えてきた憎しみの根が、揺らぐだけの、可能性が。
「……この書付、帝国にぶつけてやりたい。だが」
ドガは、書付を、俺のほうへ、押した。
「相手は、剣聖のいる、駐留軍だ。俺たち狩人の、写し一枚じゃ、握り潰されて終わりだ。下手すりゃ、写した若いのが消される。……今は、まだ、勝てない」
崖の目が、俺を見た。
「だから、あんたに預ける。領主様。あんたなら、いつか、これを使える日が来るかもしれん。……その日まで、隠しといてくれ」
俺は、書付を受け取った。ずしり、と重かった。紙の重さでは、なかった。
*
ドガを見送った、その帰り道。
村の南、街道の外れで、人だかりが出来ていた。
帝国の調査隊——引き上げたはずの、その、しんがり。幌車の一台が、街道の真ん中で、止まっていた。技師たちが、車の周りで、慌てている。
幌が、風で、めくれた。
中から現れたものを見て、俺は、息を呑んだ。
鋼鉄の、巨人だった。
人の三倍はある、鎧の巨人。関節に、見たこともない機構。胸に、五大神の紋。——動かない。うんともすんとも。技師たちが、汗だくで、いじり回している。
「動かん! また、動かんぞ!」
「神授の兵が、なぜ……!」
俺の眼が、勝手に、開いた。
図面が、視えた。あの巨人の。全身の、構造が。そして——ひどい、劣化だった。あちこちが摩耗し、噛み合わせがずれ、本来の力の、半分も出せていない。
そして、俺は、気づいてしまった。あの巨人の設計の「流儀」に。
祠の絡繰り人形と。地下工房の、道具の並びと。旧王国街道の、石組みと。
——同じ、「手」の匂いが、した。




