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光源氏がうるさいので、既読スルーの葵上を応援します ~平安転生した国文学生が夫婦関係に巻き込まれた話~  作者: 春凪とおる


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第4話 光る君への処方箋:黙ってください

 春の夜は、思ったより静かだ。

 昼の気配が落ちて、庭の白梅だけが

 ぼんやり月を受けている。


 風はやわらかく、でもまだ少し冷たい。

 こういう夜ほど、嫌な予感は当たる。


 私は、それを知っている。

 女房が、そっと近づいてきた。


「今夜は、光る君がお泊まりになるとか」


(来た)


 ついに来た。

 防犯、敗北。


 いや、正式な夫だから敗北ではないのだけれど。

 気持ちとしては敗北だった。


 新婚である。

 本来なら、もっと甘い響きのはずなのに。

 なぜこんなにも、戦の前みたいな空気になるのか。


(恋愛イベントではなく、完全に会議)


 私はそっと息を吐いた。

 御簾の向こう。


 白い直衣ではなく、今夜はやわらかな直衣だった。

 少しだけ、ちゃんとしている。


 たぶん。

 いや、たぶん。


 光る君は、今夜も顔がよかった。

 腹が立つくらい、顔がよかった。


「静かだね」

 最初のひとことが、それだった。


(お前が来るまではな)

 もちろん言わない。


 私はまだ、縁談前の小侍従である。

 人生は大事だ。


「北の方は」

「おります」

 

 女房が静かに返す。

 いるに決まっている。


 ここは左大臣家で。

 ここは北の方の部屋で、あなたは夫だ。


 なのに。

 毎回ちょっと、侵入者みたいなのはなぜなのか。


 光る君は、ふっと笑った。

「今日は、叱られないといいのだけれど」


(自覚あるんだ)

 そこだけは少し感心した。


 葵の上は、夜の中でもちゃんと葵の上だった。

 衣は静かで、姿勢は乱れず、隙がない。


 でも、昼より少しだけやわらかい。

 たぶん、それは夜のせいだ。


「今夜は静かですね」

 葵の上が言う。


「努力している」

「成果はまだ見えません」


 即死だった。

 私は心の中で手を合わせた。


 光る君は少しだけ笑う。

 なんだか、楽しそうである。なぜだ。


「君は本当に、 容赦がない」

「期待しているのです」


 その返しは、少しだけ意外だった。

 光る君も、たぶんそうだった。


 珍しく、言葉が止まる。

 夜が静かになる。


 庭の風が、梅の香を運ぶ。


「……それは」

 珍しく、少しだけ低い声。


「嬉しいことを言うね」

 葵の上は、少しだけ目を伏せた。


「勘違いなさらないで」

 静かに続ける。


「期待しているのは、夫として、です」

 きれいに刺した。しかも深い。


(うわ)


 私は思った。

(それ、一番効くやつ)


 光る君は、しばらく黙っていた。

 たぶん、ちゃんと刺さった。


 顔がよくても、刺さる時は刺さるし。

 よかった。


「……なるほど」

 やがて、小さく笑う。


「それは、少し難しい注文だ」

「でしょうね」


 即答。逃がさない。

 さすが北の方様。


「でも」

 光る君は、ほんの少しだけ真面目な顔をした。


「君がそう望むなら、努力はする」

 私は、思わず顔を上げた。


(え)

(今の、ちょっと本音では)


 たぶん。

 たぶんだけど。


 葵の上も、ほんの少しだけ驚いた顔をした。

 すぐに消えたけれど。


「……そう」


 その“そう”はいつもより少しだけやわらかかった。

 たぶん、それだけで十分だった。


 長い会話ではない。

 劇的な何かでもない。


 でも。

 (たぶん、こういうことだ)


 夫婦って。

好きとか、嫌いとか。


 そういう単純な話ではなくて。

 期待するとか、諦めるとか、少しだけ寄せるとか。


 その繰り返し。めんどくさい。

 でも、たぶんそれでしか続かない。


 光る君は、ふっと息を吐いて

「では」

 と言った。


「今夜は、少し黙ってみよう」

(できるのか)


 私も。

 女房たちも、たぶん同じことを思った。


 葵の上だけが、ほんの少し笑った。

「それが一番の処方かもしれません」


 春の夜。

 白い梅。


 ようやく、少しだけ。

 本当に少しだけ。

 この夫婦は、夫婦になり始めたのかもしれない。


 私は灯を整えながら、小さく息を吐く。


(推しの未来)

(たぶん、ほんの少しだけ修正成功)


 まだ、全然足りない。

 ハーレム解体には、ほど遠い。


 でも。

 最初の一歩なら、たぶんこんなものだ。


 梅の香だけが、静かに夜をやわらかくしていた。

次は誰かな、の平安転生。


いつもは。

もやしと共に、現代で。

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