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光源氏がうるさいので、既読スルーの葵上を応援します ~平安転生した国文学生が夫婦関係に巻き込まれた話~  作者: 春凪とおる


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第1話 結婚イベント、仕様バグってません?


 結婚は、人生の一大イベントだ。

 少なくとも、そういうものだと思っていた。


 祝われて、選んで、少しくらいは浮かれて。

 そういう“仕様”のはずだった。


(来た)

(強制夫婦イベント)


 平安時代に転生して、わりと早い段階で思ったのは、

 恋愛って、だいぶ雑だな、ということだった。


 家と家。

 血筋と立場。


 本人の気持ちは、だいたい後回し。

 しかも、これが普通。


(いや、しんどい)


 渡殿の先。

 几帳の向こうに、きちんと整えられた空気がある。


 控えめで、静かで、隙がない。


(……固い)


 そこにいたのは、ひとりの女性だった。

 姿勢がいい。衣の乱れがない。

 視線がぶれない。


(ちゃんとしてる)

 

ちゃんとしている、という言葉が、

そのまま服を着て座っているみたいだった。


「小侍従にございます」

声をかける。


女性は、静かにこちらを見た。


「……そう」


短い返事。

 冷たいわけではない。

 ただ、ちゃんと距離がある。


(遠い)


(でも、これが正しい)

(むしろ、正しすぎる)


(この人が——葵の上)


 年上の正妻。左大臣家の姫。

 ちゃんとした良縁。

誰が見ても、そう言うはずの結婚。


(の、はず)

 

なのに。

(空気が冷えてる)


 視線を少しだけ動かす。

 その先にいるのは——


「今日は、ずいぶん静かだね」

(原因、あれ)


 やたらと顔のいい男。

 光る君。まだ若い。

 ちゃんと若い。


 けれど、自分が特別だということだけは、

たぶん誰より知っている。

 帝の血を引く人間特有の、妙な自信がある。


(うさんくさい)

 

衣の香も、笑い方も、距離の詰め方も。

 全部、少しずつ。

 

たぶん、この人は昔から、

だいたいのことを許されてきた。


「ご機嫌はいかがかな、葵の上」

「……ええ」


 終わった。

 会話が。


(いや)

(夫婦だよね)


 間が落ちる。

沈黙が、何の違和感もなくそこに座る。


 女房たちも、誰ひとり驚かない。

 これが、この家の日常。


(……すごいな)

(ここまで自然に冷えてるの、逆に才能では)


 私は今、縁談前の箔付けとして、

左大臣家に女房見習いに出されている。


 藤原北家、分流。

 つまり、だいたい親戚。


(インターンかよ)


 妙に納得する。

 身内ほど、雑にできない。


「小侍従」


 呼ばれて、顔を上げた。


「あなたは、どう思う?」

(急に振らないでほしい)


「……何についてでございましょう」

「この関係について」


(直球)

 

一瞬だけ考える。

 正解はない。

 

でも、たぶん不正解はある。


「恐れながら」

 言葉を選ぶ。


「とても、整っているように見えます」

 嘘ではない。


 ちゃんとしている。

 誰が見ても、問題のない夫婦に見える。


「……整っている、だけ?」

(踏み込んできた)


 空気が、少しだけ動く。


「はい」

 静かに続ける。


「整っていることと、

 満たされることは、同じではないかと」


 沈黙。

 視線が、こちらに向く。


(やばい)

(言いすぎた?)


 けれど。


「……そうね」

 葵の上は、ほんの少しだけ目を伏せた。


「そうかもしれないわ」

(通った)


 その瞬間。


「面白いことを言うね」

(また出た)


 軽い声。軽い気配。

 するりと、空気の中に入ってくる。


「小侍従、と言ったか」

「はい」


「君は、ずいぶんとはっきりしている」

(ぼかしてるつもりなんだけど)


「過分なお言葉にございます」

「だが——」


 一歩。

 距離が近づく。


(近い)


「それでは、何も変わらないのではないか?」

(それ、そっちが言う?)

 

 一瞬、言葉が詰まる。

 でも。


「動かすことが、必ずしも良いとは限りません」

 思ったより、自然に出た。


「ほう?」

「整っていることにも、意味はございます」


 葵の上を見る。


 きれいに整えられた人。

 たぶん、ずっとそうしてきた人。


「ただ」

 一拍置く。


「それだけでは、少し息苦しいかと」


 静けさが落ちる。

 風もないのに、空気だけが揺れた気がした。


(……言ったな、これ)


 しばらくして。


「——なるほど」


 光る君は、小さく笑った。

 その笑い方まで、妙に絵になるのが腹立たしい。


「今日は、新しい視点を得た」

(引いた?)


「また話そう、小侍従」

(それは遠慮したい)


 軽く言い残して、去っていく。

 あとに残るのは、静かな空気。


 少しだけ、やわらかくなった空気。

(……変わった?)


 隣を見る。

 葵の上は、先ほどより、

 ほんの少しだけ力が抜けていた。

 

 完璧な人が一瞬だけ、疲れた顔をする。

 それだけで、胸が少し痛くなる。


「小侍従」

「はい」


「あなたは、不思議なことを言うのね」

(自覚はある)


「恐れ入ります」

「でも」


 一瞬だけ、言葉を選んで。


「少しだけ、息がしやすくなった気がするわ」

 

 その言葉に、小さく息を吐く。

(それで十分)


 恋をどうこう、大きく変えられるとは思わない。

 歴史も、人の気持ちも、そんなに簡単じゃない。

 

 でも。

 ほんの少しだけ、ずらせる瞬間があるなら。

 そこに手を伸ばすくらいは、してもいいのかもしれない。

 

 簾が、静かに揺れた。


(恋って)

(やっぱり、めんどくさい)


 けれど。


(整えるくらいなら)

(たぶん、できる)


(様子見、継続)


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