人間族
数日後。
境界都市・診療所。
葵は同じベンチに座っていた。
特に依頼があったわけではない。
呼ばれたわけでもない。
ただ何となく足が向いた。
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空気は穏やかだった。
患者の声は小さい。
緊張が薄い。
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医師が苦笑する。
「完全に常駐扱いだな」
葵は肩をすくめる。
「たまたまです」
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ジーナが淡々と補足。
「来訪頻度は規則化されています」
「言い方やめろって……」
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そこへ、
新たな一団が現れる。
装備統一。
動きが揃っている。
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人間部隊。
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リオが即座に察する。
「軍属か」
セラも視線を向ける。
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先頭の女が歩み寄る。
視線は迷わない。
観察ではない。
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評価している目
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「来訪個体・葵」
呼び方が違う。
エルフとは違う。
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「人間統合管理局より接触要請」
妙に現実的な名称。
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葵が少し戸惑う。
「えっと……何か問題でも」
「問題ではない」
即答。
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「有用性の確認だ」
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空気が微妙に変わる。
この世界で珍しい言葉。
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脅威ではなく有用
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簡易仕切りの内側。
女と葵。
ジーナ。
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「報告は受領済み」
「干渉値19.2」
「戦闘値2.8」
事実だけ。
感情なし。
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だが続く言葉が決定的に違う。
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「極めて理想的だ」
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葵が思わず聞き返す。
「……理想的?」
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「高干渉・低出力」
「暴走リスク低」
「制御不能域が限定的」
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ジーナが静かに補足。
「評価基準が他種族と異なります」
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女は頷く。
「当然だ」
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「人間は安定系ではない」
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この一言が重要。
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「不確定性耐性が高い」
「環境ノイズ適応型」
「多少の演算誤差では崩れない」
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エルフと真逆の思想。
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「よって」
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「君の影響は障害ではない」
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短い間。
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「資源だ」
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外。
リオが壁にもたれて待っている。
女が戻る。
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「同行要請を行う」
「どこへ」
「人間居住圏」
即答。
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リオが眉をひそめる。
「目的は」
「観測継続」
「適応試験」
少しだけ間。
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「および実地運用」
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猫族が小さく聞く。
「つれてかれる?」
葵は少し困った顔をする。
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「強制ではない」
女が静かに言う。
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「だが人間圏では君は拒絶されない」
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この言葉が地味に効く。
かなり効く。
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葵はしばらく黙る。
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拒絶されない。
それはこの旅で初めての条件だった。
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ジーナが静かに告げる。
「環境適合率は上昇します」
便利な言葉。
だが今回は事実。
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葵は小さく息を吐いた。
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「……行ってみます」
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リオが小さく笑う。
「やっと歓迎か」
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女は一切表情を変えない。
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「歓迎ではない」
短い間。
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「運用だ」
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風が吹いた。
診療所の空気は穏やかなまま。
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葵の立場だけが、
静かに変わろうとしていた。




