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36 魔素希薄域

 遺跡の異星人が何処から来たのかは分からないまま探査は進み、彼等の痕跡を残す地球型惑星が五つとなり彼等の子孫である原住民も三つの惑星にて生存が確認された。でも探索における一番の大きな発見は彼等ではなかった。


「ここが境界です。見て分かる様にここから先の宙域は魔素が希薄です。我々の魔法は一切使えません。この新造された宇宙艇なしでは航行が不可能となります」


「魔素が希薄で認識が難しいのだな?魔素が有っても認識されないのではなくて」


 この宙域では魔素そのものが希薄で我々には魔法が使えない。地球の魔素乱流期の様に魔素の流れが認識出来ずに魔法が使えないのではないのだ。


「ええ間違いありません。式神を使っての確認ですがこの魔素希薄域ではレコードが残りません。魔素乱流期でもレコードは残っていますから明らかに状況が違います」


「そうか。魔素が希薄で魔法回路も希薄なのだろうな。魔法回路の形成が魔法の発動には不充分だから魔法が使えない訳だ。それで魔素希薄域はどれほどの広さなのかな?」


「広さですか?それは確認できていません。現在調査中ですが我々の住む銀河の大半が魔素希薄域でもおかしくは有りませんね」


「銀河がここを境に魔素の濃厚な領域と希薄な領域に分かれていると言う事かい?」


「その通りです。そして観測できる範囲において境界は続いています」


「そうか、魔素の濃厚な領域の中に特殊な領域として在るのではないのか。魔法が使えるのは当然な事ではないのだな」


「そうなりますね。どちらの領域が広いのかは分かりませんが」


 まぁ、どちらが広くても人には左程問題ではないな。魔法を使える領域が宇宙全体から見て狭いとしても人が住むには充分に広い。


「……そうだ。あの話は本当かな?魔素希薄域に入ってもアイテムボックスは解除されないと聞いたのだが」


「ええ、使えなくなるだけで解除はされません。よって魔素希薄域に入っても収納物がばら撒かれたりする事は有りません。ただ取り出す事が出来ないので必要なものは事前に出しておく必要が有ります」


「まぁ、収納物が元の場所に戻ったりばら撒かれたりするよりはましだな」


 魔素希薄域にて亜空間系統の魔法がどうなるかが懸念の一つであったのだがどうやら亜空間に収納されたものが吐き出される事はないようだ。ただ魔素希薄域では亜空間からものを取り出す事も不可能なのでやはり艦艇には物資の収納場所が必要とされた。

 魔素が希薄で魔法の発動には不充分ながらも魔法回路は保持されているのだろうな。


「それでは今から魔素希薄域に入ります。…………入りました。ここは魔素希薄域です」


「なんだ思っていたほどではないな。何か、こう、もっと、変化を感じるものと思っていたのだが」


「ええ、その通りです。我々地球種にはたいした影響は出ていません。ただ例の異星人には影響が有ってこの宙域では二週間と持ちません。他の異星生物も同じです」


 魔素希薄域の発見で遺跡の異星人がそちらから来たのではないかと推定されたが直に否定された。この異星人の子孫とみられる者達を宇宙艇に乗せて魔素希薄域の探査を行ったのだが一週間と持たずに戻る事となったからだ。地球人には左程の影響は見受けられないのだが何故か彼等は情緒不安定が酷くなり魔素希薄域に留まる事が困難だったのだ。これでは魔素希薄域で文明を築く事は不可能だ。先祖も魔素濃厚域の住人であろうとされた。


「地球種とは地球産の生物の事かな?犬猫も大丈夫なのか?」


「ええ、試験的に持ち込んだ限りでは地球産の動物は直ぐに環境の変化に順応しますが、他の惑星の動物は情緒不安定になって異常行動を示し、最悪の場合は死にます」


「それは地球人にも影響が有ると考えた方が良いな」


「ええ、何らかの影響は有るでしょうね。耐性が有るのか今の所は大丈夫ですけど」


「取り敢えず立ち入り禁止域を設定して魔素希薄域には入らない様に通知しておこう。他の勢力圏にも警告しておいた方が良いな」


 後日、他の勢力圏に対して魔素希薄域の存在について警告を発した。異星人由来の技術についてはまだ秘匿したままだ。


「魔素希薄域の探査は如何しますか?」


「魔法が使えないのだろう?では優先順位は低いな。魔法が使えなくては開拓は難しいし」


「そうですね。この最新の艦艇が無いと探査すら不可能ですからね」


「遭難の可能性も上がるし止めておいた方が無難だろうな」


「我々は研究を進めたいのですが宜しいですか?」


「ああ、それは構わない。優先順位は開拓の為の探査の話で研究の方は別枠だ」


 地球種が魔素希薄域にて地球種が異常行動をとらない理由については引き続き研究する事となったが魔素希薄域の開拓については凍結となった。こちら側の魔素濃厚域に開拓の容易な惑星系がいくらでもあるのに費用も時間も余計に掛かる事を態々進めるのは無いな。開拓技術が進んで魔法なしで現状と同レベルの開拓が可能になれば話は別だが。

 我々の勢力圏は魔素濃厚域と魔素希薄域の境界に沿って広がる事となった。








「全般的に異星人の科学技術は我々より進んでいた様ですが開拓技術は左程進んではいなかった様ですね。同じ惑星系内に開拓に適した惑星が有るのに彼等の痕跡が有るのは地球型惑星のみです」


「我々の開拓技術は植物の魔法が有ってのものだからね。植物の魔法なしだと火星には地下都市を築くので精一杯だった。太陽系外への勢力圏の拡大もこんなに速いペースでは不可能だったよ」


 シナ人が諸勢力の太陽系外への勢力圏の拡大を信憑性に欠けるとしているのもこれが理由だ。こんなに速いペースで太陽系外へと勢力圏が拡大しているとは信じられないのだ。どの始祖勢力にも日本の宇宙開拓の状況は想像の埒外だったらしい。

 諸々の始祖勢力の皆さんが火星に来たのは火星の開拓利権に何とかして食い込もうとしたからだ。ここまではシナも同じで火星に来る能力も無いのに利権に食い込もうとして火星を領土だと喚いている。それが火星に着いてみたら日本は既に幾つもの惑星系を勢力圏としていて火星の利権どころではなかった。開拓すれば火星と同等の惑星を切り取り放題の状況で火星の利権なんて小さなものだからな。

 これは地球に居てはとても信じる事が出来ない状況なのだな。


「そうですよね。植物の魔法があったから火星型惑星の開拓が可能となり、速いペースでの勢力圏の拡大が可能となったんです。植物の魔法なしなら今頃は地球型惑星への植民で四苦八苦していた可能性が高いですよ」


「そうなると辛うじて日本の優位が保てれていれば良い所だったろうな。アメリカは火星での戦争も視野に入れていたみたいだし」


「実際にアメリカは日本に戦争を仕掛けて来たし、結構危うい状況でしたよね」


「そうだよ。アメリカの陸軍士官の始祖がもう少し宇宙に目を向けていたら日本は危うかった。彼は地球の覇権を優先したんだ。日本にとっては幸いだったよ」


 諸勢力が宇宙に目を向けていない間に火星で植物がバリアを使い始めて開拓が一気に進んだ。日本はその植物を利用して太陽系外の惑星系へと開拓を進めて勢力圏を拡げ始めた。そして諸勢力が宇宙に目を向ける前に日本は太陽系外に勢力圏を確保できた。

 彼等が火星に着いた頃には地球から開拓中の惑星に拠点を移した始祖も居て最悪の場合は地球を放棄しても何とかなる状況だった。日本に優位な状勢が崩れなかったからそんな事にはならなかったけどさ。


「異星人が惑星開拓に長けていなかったのも幸いでしたね」


「ああ、もし異星人の植民が成功していたら生活環境が地球人と重なっているから揉めた可能性は高いな」


「彼等が地球に来た可能性は本当に有りませんか?」


「能力的には可能だった筈だ。だけど五つの惑星で植民に失敗した痕跡しか残ってはいないんだよ。それらと地球との間には幾つかの地球型惑星が見つかっているけどそこには彼等の痕跡は無かった。もちろん地球にも彼等の痕跡は無い。地球に来た可能性はまず無いな。母星に撤退したんだろう」


「彼等は植民に失敗して母星に撤退し、我々は開拓に成功して勢力圏を拡げている。我々はかなり運が良かったですね」


「運が良かったのも確かだけど出来得る限りの事はした上での結果だからね。我々が植物の魔法を利用できたのも何十年も地道に研究を重ねた結果だし、宇宙探査が可能となったのも魔法の鍛錬を地道に重ねた結果だ。このチャンスは皆の前に等しくぶら下がっていたんだよ。チャンスに気付いてものにするかどうかだけだったんだ。日本はチャンスをものにして宇宙へと勢力圏を拡げたんだよ」


「今なら異星人の技術を得て魔素希薄域にも勢力圏を拡げれそうですよ」


「それは難しいかな。魔素希薄域にある地球型惑星への植民なら何とか可能ではあるけど今迄の様に魔法を使った惑星改造が出来ないだろう?魔素濃厚域に比べると時間と費用が掛かりすぎるよ。何か大きな利点でも有れば別だが」


「……利点ですか。ん~魔法が使えないので不便ですよ?」


「それは利点ではないな」


「魔法なしでもこちらと同じ程度まで便利に出来れば良いんですね?ん~直ぐには無理ですね。こちらから態々魔素希薄域に移り住む気にはなれません」


「そうだろうな。明らかに不便だからな」


「そうだ!環境の変動が激しいから生物の進化は促されますよ」


「生き残れれば確かにその通り、絶滅する可能性も高くなるけどね」


「ハイリスク・ハイリターンですよ。生命としてはしぶとくなる筈ですよ」


「それが地球種はもうその手のしぶとさは身に刻み込んでいるみたいなんだよ。地球は環境が特殊で魔素希薄域によりも厳しいんじゃないかなぁ。魔法が使えたり使えなくなったりを繰り返す魔素希薄域と魔素濃厚域を周期的に行ったり来たりする様な環境だからね」


「すると人為的に魔素希薄域に出入りすれば地球に住むのと同じですか?」


「そう考えて研究を進めている者もいるよ。異星生命体を飼育しながら魔素希薄域を出入りしている」


「上手く行きそうですか?」


「上手く行っている話は聞かないな。飼育している動物がおかしくなった話は聞くけど」


厳密には地球の魔素乱流期と魔素希薄域では魔法が使えないのは同じでも状況が違う。地球の魔素乱流期は魔素が希薄だった訳ではない。ただ地球種が魔素希薄域にて異常が見られないので魔法が使えない環境が原因で異星生命体に異常が見られると見做されていた。


「それだけ厳しい環境な訳ですね。地球種はよく今迄生き延びて来れましたね」


「微生物の頃からそんな環境なんだ。どちらの環境にも適応したしぶとい奴ばかりが進化して生き残ったって事さ」


「地球種なら向こう側でも繁栄しそうだけどなぁ」


「向こう側は地球型惑星への入植は楽になりそうなんだけど火星型惑星の地球化が難儀なんだよ。研究は進めても良いけど本格的な入植の検討は研究成果次第だな」


「研究としての実験的な開拓は可と言う事ですね?」


「そうだけど境界に近い場で良さげな惑星が見つかってないんだよ。魔法が使えれば開拓が可能な火星型惑星は幾つか見つかっているんだけど地球型惑星は見つかってはいない」


「そうなんですか。もう少し遠くまで足を延ばせませんか?」


「魔法が使えないから何かあった時に避難するのが難しいんだよ。近場で実験してそれなりの成果が挙がってからかなぁ。それが許可されるのは。それに近場と言っても境界から5光年は有るんだよ。転移魔法なしでは移動が面倒な距離だよねぇ」


「魔法なしの開拓ってどのぐらい掛かるんでしょうか?」


「まずは地下都市の建設からなんだがこれは魔法なしだと時間が掛かる。魔法なしでの惑星改造だ。土木作業も機械を使って地道に進めるんだよ。研究設備の設置程度であれば問題は無いだろうが惑星全体を改造するとなるとどれだけ掛かるのかねぇ」


「百年単位の歳月が要りそうですね」


「普通に進めたらそうなるだろうな。植物が魔法を使えないのが痛いな。何か植物に変わるものでも発明されれば良いけど」


「動力源から惑星改造まで我々は植物の魔法を利用しまくっていますからねぇ」


「我々は植物の繁栄を手伝いながら生存圏を拡げてきた感じだからな」


日本人が植物の魔法を生活に利用した事が宇宙開拓と上手く噛み合って、宇宙での日本圏の急拡大が始まったのだ。でも魔素希薄域ではその手は使えないから火星開拓の初期よりも条件は厳しい。魔法が使えない為、全てを科学技術的に進めなければならないのだ。


「何か良い方法はありませんかねぇ」


「それを研究するために魔素希薄域にある近場の惑星の開拓を進めるんだろう?百年単位の歳月で済めばいいがな」


 この実験的な惑星開拓は進められて様々な技術を生み出すには至ったのだが魔素希薄域の開拓は進んでいない。開発された技術は殆どの場合において魔素濃厚域で魔法技術を絡めて応用した方がより発展性が有って活用も出来たからだ。魔素濃厚域にて勢力圏を拡げる方が有利な事に変わりは無かった。

 魔素希薄域への勢力圏の拡大は実験的な近場の惑星開拓で留まり進展する事は無かった。








 その後も魔素希薄域では様々な研究が進んだが本格的な開拓には進んでいない。人の勢力圏は広がっているが全て境界のこちら側だ。人は様々な異星人を群れに組み入れて勢力圏を拡大したが境界を越えはしなかった。地球人以外の人は境界を超えると精神的に持たないから境界を超える事は無いし、地球人だって態々魔法が使えない場所へ移民する様な奴はいない。境界を超えるのは研究者の一部と軍人だけだ。




 歳月が流れるにつれて境界を超える事はタブーとなって行った。

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