33 男は所詮種馬だ
此処は沖縄の防衛線、一昔前にシナからの偽装難民が上陸した島にある軍の監視所だ。
「シナから難民が全然来なくなったなぁ」
「海岸線の領域全てがシナから独立して久しいですから黄河や長江を抜けて日本まで流れ着くのはまず無理ですよ」
シナから逃げて来た始祖勢力を支援してシナに戻す周辺国の戦略が功を奏してシナの二大勢力の勢力圏は削られていた。
東シナ海の海岸線は既に台湾や満州から送られた始祖が国を興して独立していた。
難民達は此処で抑えられて海まで流れ出る者はまずいない。
「俺らがガキの頃はシナからいつ難民が押し寄せるか戦々恐々としていたもんだが」
「全然実感が湧きませんねぇ」
「ガキの頃は島に上陸したシナ人のニュースが時々流れてここらの島では自衛隊に入るのが当然みたいな感じだった」
「??何故ですか?」
「昔は一端の魔法使いになるには自衛官になるのが一番手っ取り早かったんだ。まだ魔法は使えて当然と言った風潮では無かったし」
「僕の周りには魔法が使える大人しかいなかったから使えるのが当然で大人になったら使えるものだと思っていましたよ。学校に通えば一通りの魔法は身に付きますよね?」
「そうだな。今では地球でもそれが当然だけど昔はそうじゃなかった。本土だと魔法を標準レベルでは使い熟せない同年代の奴も多い。島ではシナの脅威が間近だったからそんな奴は少ないけどな。自衛官になれば給料も貰える上に魔法も使える様になる。除隊しても就職先はいくらでも有るし家族も守れるしで丁度良かったんだ」
「それで島の出身者の方が多いんですね。不思議に思っていたんですよ」
「俺らの年代は特に多い。親が熱心だったからな。とにかく魔法が使える様になれと。生き残るためには必須って感じだった。それで除隊せずにそのままって感じだな」
「僕は火星生まれで一度は地球で働いてみたかったんですよ。でも探しても仕事がないんです。それはそうですよね。火星人を雇ったら火星で仕事をさせます。地球で働く人なら地球にいくらでもいるんですからそのために態々火星人を雇う会社は有りません」
「それで軍に入ってここを希望したのかい?」
「そうです。ここの前は月で地球を監視していましたが暇でしたねぇ。月に来れる様な勢力は既に宇宙で勢力圏を築いていますからね」
「ここもかなり暇だろう?シナ人が来なくなったからなぁ」
「ここは休みの日に日本中を回って自然を楽しめるからずっとマシですよ。月は戦争以降は転移に制限が掛かっていて月から出たら戻るのが面倒なんです。休みの暇つぶしすら限られているんですよ」
「でも色々な勢力が監視基地を置いているから色々と楽しめるんだろう?」
「はぁ~それはまぁ……月では他勢力の娘達に結構モテたんですよね。でも良い感じになってきたなと思うと皆いなくなるんです。人事異動で本国に戻ったとか除隊したとか。十人ぐらいの娘達とそんな事が有って仲間に相談したら笑われました。『来年にはお前の子供がどこかで何人も生まれてるよ』って。僕が月でモテたのは日本人の子種が欲しいからなんですよ。日本人の旦那が欲しい訳ではない。それで何回か関係を持って妊娠したら男は用済みなんです」
「ああそうか。魔法は子供に受け継がれるからな。君の子種さえ貰えれば良かった訳だ。君ではなくて君の身に付けた魔法が欲しかったんだな」
「そうなんですよ。でも日本人にだってその手の女は大勢いますから次こそはと思っちゃうんですよねぇ。異種間で結婚にまで至るカップルは年に一組も有れば良い所だそうですが」
種の分岐以降はどの始祖勢力も子孫を増やす事に躍起となっていてそうなると子供を産む女の立場が非常に強くなっていた。
昔の様に二十代で子供産んだ方が良いと言った話も無くなり百歳までは普通に受胎が可能となったし、魔法を使えば避妊する事も容易だから女の意に沿わない妊娠なんてことは無くなって女の方に産む気が無ければ男がいくら励んでもどうしようもないのだ。
そして結婚しないで子供を持つ女が増えるにつれて男が親になる機会は減る事になった。
少なくとも日本圏の火星では結婚に関しては女の立場が異常に強い。
男を種馬扱いする女のいる勢力圏は日本圏と似た様なものだろうな。
「それは仕方がないよ。異種間の結婚となると群れを移らないといけないだろう?どちらかの始祖の眷族に移ってカップルは同族になるのが普通だ。でもこれが難しいんだよ。群れの性向が合わないと移ろうにも移れないんだから」
「そうなんですよねぇ。年々難しくなっているらしいです。子供は造れるのになぁ」
「仮に移れたとしても最近は二十年も暮らしたら別れるのが普通だろう?その時に元の群れに戻れれば良いけど戻れるとは限らない。普通は躊躇するだろうな」
「そうかぁ。肉親とは会えなくなる可能性もある訳か。それでは中々踏み切れませんね。日本圏の中とかならともかく日本圏とロシア圏とかだと交流もほぼありませんもんねぇ。心情的にも移り難いのは当然かぁ」
「そんな心情的な話も有って異種間のカップルの多くが結婚までは至らないんだろうな」
「そうなんでしょうね。僕は月では結婚できなくて結婚したのはここに来てからですから」
「まぁ、日本人同士なら種が違っても問題は少ないだろうさ。シナの二つの始祖勢力やエルサレムの似非メシアの始祖勢力なんかはもう周りの始祖勢力とは隔たりが大きくて移れなくなっているって話だ。殺し合っている奴等同士が一番性向が近くて眷族の奪い合いが有るそうだぞ」
地球では特にシナで覇権を争っている始祖勢力とその他の始祖勢力、エルサレムで聖地争いを続けている始祖勢力とその他の始祖勢力では群れの性向が完全にズレていて群れを移る事はまず不可能となっていた。
種が乖離して固定化し始めているのだ。
「似た者同士なんだから殺し合いなんてせずに一つの群れになって協力すれば良いのに」
「奴等にそんな事が可能なら殺し合いになんてなってはいないよ。奴等は一つの群れとなる為に殺し合っているんだ。シナなんて皇帝は一人だからか始祖が二人では納まりが付かないみたいだな。それにシナの奴等の価値観からすると覇権争いの殺し合いに参加していない時点で劣等種扱いだ。満州や台湾の勢力に移る事すらもう無理みたいだぞ」
シナの二勢力と満州や台湾の勢力は元々は近しい関係で縁戚も居るのだが既に移るのが無理らしい。
北米大陸でも東側から西側に移るのは困難になっていた。
西側の始祖勢力が宇宙に勢力圏を拡げて東側の始祖勢力が日本と戦争をしている間に移る事の可能な人々の殆どは東側から西側に移っており、東アメリカが崩壊した後は群れの性向の差異が拡がって元が一つの群れとは思えないほどとなっているらしい。
日本人は日本の始祖勢力の間なら移れるし、日本の勢力圏内ならまだ何とかなる感じだ。
「そうか。同じ地球に住んでいてもそんな感じなら宇宙でバラバラに勢力圏を築いている現状だともっと難しいですよねぇ。月でのことは最初から割り切っていない僕が馬鹿だったんだ」
「君の恋愛の話は置いといて、この先群れを移るのが益々難しくなるのは確かだな」
「まぁ、太陽系以外では既に交流も稀ですからね。群れを移るのが難しくても問題はない筈です」
宇宙に出た始祖勢力は夫々の勢力圏で繁栄して行く道筋を付けていた。
この夫々の勢力圏は既に経済圏としても文化圏としても独立して発展を続けていた。
人々の殆どは他の勢力圏との交流を必要とはしなくなっていたのだ。
「そうだな。太陽系以外ではそんな機会は無いよな」
「月では本当にモテますよ。結婚は無理そうですけどね。考えてみたら僕は結婚しても日本圏から出る気は無かったし相手も普通はそうですよね。月の状況が少し特殊なんだ」
「でも月にだって日本人の女はいただろう?日本人と付き合えば良かったのに」
「そうなんですけど。月では日本の娘達とは関係を持たなかったんですよ。互いに身近にはいないタイプに魅かれると言うか異種の異性にモテていましたからね」
「……沖縄に来てからもモテたの?」
「まぁ、そこそこ。火星人が珍しいんでしょうね。それで結婚できました」
「……火星出身の奴は結構いるけどそれだけでモテるのか?」
「月で僕と似た様な経験をした奴等も沖縄に来てから相手を見つけて結婚していますよ?」
「それは軍人だからではないの?軍人なら魔法を鍛錬していて当然だから沖縄では結構モテるぞ。優良物件だからな」
「優良物件ですか。それは嫁にも言われた事が有るな。なら火星人とかは関係がないのかな?」
「月では女の方は割り切って君と関係を持っていたんだよな。それで女の方からいなくなる。そして直ぐに次の女が現れる感じだ」
「そうですね。そんな感じです」
「君は女達に優秀な種馬と認識されていたんだと思うよ。それは沖縄でも同じだ。月の女達は示し合わせていたんじゃないかな?月なんて軍属だけの狭い世界なんだろう?」
「…………」
「下手をしたら精子だけでも遣り取りされていたんじゃないか?思い当たる節はない?」
「……言われて見れば休みでも朝まで一緒だった事はなくて情事が済んだら宿舎に戻っていました。規則だからとは言っていましたが」
「……君の子供は今でも増えているかもしれないよ。精子の凍結保存なんて当たり前の技術だからなぁ」
「…………」
種の分岐から四十年も経つと夫々の始祖勢力の群れの性向も固まってきて群れを移る事も容易ではなくなっていた。
異種間で交流がある月では恋愛は一見盛んだけど結婚に至る事はあまりない。
女達にとって交配が可能な異種の男は後腐れの無い種馬なのだ。
此処は月の某勢力圏の地球監視基地、沖縄で愚痴を零していた男がまだ月に居た頃。
「この佐藤信行って精子提供者は優秀なのか?」
「優秀と見做されていますよ。彼は始祖:神尾 修の妹の孫です。直系ではないですが親までは神尾 修から直々に魔法を教授されています」
「それは間違いないな。神尾 修の血統なら傍系でも大丈夫だろう」
「彼も軍で充分に鍛錬を積んでいますしまず間違いないです。両親も有能な医者ですし」
「親は医者なのか。何で軍人になったんだ?」
「さあ?彼の一族は魔法関係では皆それなりに実績を残していますが軍人になったのは彼ぐらいですね」
「まあ、彼が軍人になった御蔭で月で精子を採取できる訳だ。我々にとっては都合が良かった」
「確かに幸運でした。彼の一族は月にはまず来ませんからね」
「そうだな。彼等の始祖:神尾 修も拠点を火星から移して久しいしな。もうこんなチャンスは無いだろう」
「ええ、それで何人も女を送り込んではいるんですが意外と身持ちが硬くて相手を決めると他の女には目もくれないんですよ」
「別に良いじゃないか一人で済むならその女にずっと相手をさせれば良い」
「それがそうも行かないんですよ。女が何人も篭絡されそうになって国に戻しました。それなりに優秀な者を揃えて送っているんですが」
「こちらに引き込むならまだしも女達を日本に持って行かれたら本末転倒だな」
「ええ、それで女が篭絡されない様に適当な時期に国に戻しています」
「まあ良いだろう。目的を達成するためならそれで良い」
「それが彼に目を付けたのは他所も同じで今は取り合いの状態です」
「何処も独占できてはいないんだよな」
「そうですね。初めから五人程はこちらが送り込んだ女でしたから有利に展開できてはいますね」
「そうか。ならこのまま続けて揉めそうなら話を付けるとしよう」
「分かりました。ではこのまま続けます」
「そうしてくれ、下手に他所と揉めて今の状況が変わると困るからな。月が一番遣り易いんだ。この状況が変わっては困る」
「そうですね。下手に揉めて外出禁止なんて事になったら堪りません」
諸勢力の軍でそれなりに鍛錬された優秀な男達が月の様に適度に閉鎖された状況下で悶々としている。
これは優秀な遺伝子を収集するには都合のよい状況で女を適切に送り込めばいくらでも優秀な男の精子が入手可能であった。
この様な場所は月にしかない。
それで各勢力は少しでも優秀なものを求めて鎬を削っているのだ。
軍ではその必要性から何処の国でも高レベルの魔法教育を行って軍人を育成している。
魔法関係の能力は子供に受け継がれるからここで採取したものは引く手数多なのだ。
月でのことを愚痴っていた男、佐藤信行は沖縄に異動してから嫁を見つけたのだが何故か五人もいる。
「何でこうなったんだ?一度に何人もなんて気は無かったのに」
月ではモテてはいたけど二股とかは無かった。
あの頃は一人の相手で手一杯だったのに今は何故か嫁が五人もいる。
いや違うな、沖縄でも最初は一人の娘とだけ付き合っていたのだ。
そして良い感じだなと思って結婚の話を切り出した頃には友達やら妹やらを次々と紹介されていてその娘達も一緒にとなっていた。
気が付いたら五人に囲われていたのだ。
何故だろう?
一夫一婦に拘る訳ではないけど何か違和感が残る。
月では良い感じだなと思って結婚の話を切り出した娘達とはその翌週には連絡も取れなくなっていた。
そんな事が何度も有ってそれでも懲りずに繰り返して結局一人も捕まえれなかった。
それが沖縄では一人を捕まえたと思ったら五人に捕まっていた。
「君との結婚の話が何でこうなったの?僕は君とだけ結婚できれば良かったのに」と万由里に聞いてみたんだが「優良物件は分かち合うものよ。一人で独占できないなら身内で囲った方が良いわ」と返ってきた。
僕は沖縄では優良物件なんだそうな。
そして優良物件は独占せずに分かち合うものらしい。
まぁ、月では種馬扱いでモテていたのだから同じ事か。
でも月では娘達に逃げられていたのだ。
同じ種馬扱いなら逃げられるよりは囲われている方が遥かに良いよな。
……良いのかな?




