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30 東アメリカの様相

月の表側には地球を監視する各始祖勢力の基地が設置されていて監視員が監視を続けている。

東アメリカが月へ軍を送らなくなってからは何も無い単調な日々が続いていた。


「この前、アラスカの軍人と話をする機会が有ったんだけどそいつは元東アメリカ兵だったよ」


「ああ、なんかそんな人多いみたいですよ。月に送られてきた人の話は初めて聞きますけど」


「そいつが言うには月の戦線に送られて戦ってみて馬鹿らしくなってアラスカに移ったんだとさ」


「ああ、それはよく聞きますね。月に送ると西側に逃げるって話でした。それでその人は何で馬鹿らしくなったんですか?」


「それがさぁ。上官に最初に言われたことが『死ぬなよ。お前らが死んだら俺の責任になるから。殺すなよ。相手が本気になってこちらに死人が出たら俺の責任になるから』だってさ。分かってはいたけど馴れ合いで互いに全然やる気が無いんだ」


「そうですか。でもそれならその人が上手く立ち回ってそれで終わりじゃないですか?」


「ん~それは性格にも寄るだろうな。それでそいつの上官は太平洋で日本と交戦経験が有って、がちで遣り合っても戦果が挙がらないのを実体験した人だったんだ。知っての通り魔法の御蔭で防御力が著しく上がって真面な戦闘にならないだろ。それを覆す様な技術も発明されてはいない。威勢のいい声明を出している東アメリカの上層部も月での戦果なんて初めから期待していないって事さ。戦闘はポーズなんだ」


「ああ、それは分かります。真面な戦闘にならないのも習ってますから。防御に徹すれば負けは有りませんからね。それで?」


「向こうの若い連中は何も知らされずにプロパガンダを信じ込んで意気揚々と月の戦線に来る訳だ。戦局を覆してやるとか意気込んで。戦闘を続けて実状を知るにつれ馬鹿らしくもなるさ」


「ああ、何も知らされないで月に送り込まれるんですか。でも少しでも実戦訓練を積めば分かりますよね。戦っても決め手を欠いて戦線が膠着するだけだって」


「東アメリカでは負けてない事を強調して次は勝てるって繰り返していた様だよ」


「でもそれは東アメリカ人も薄々おかしいと思いますよね。七年も戦線が膠着していたんですよ」


「宇宙戦は地上戦とはスケールが違うからね。時間的にも空間的にも。地球から月に来るだけでも時間が掛かるし、月周辺での戦闘は形としては一進一退になっていたからさ。上手く誤魔化していたんだろうな」


月は日本が月の魔法回路を弄って月の防衛領域には外から転移が出来なくしてあった。

それで月周辺で戦闘を行う為には転移を使わずに近づく必要が有った。

月から充分に離れた位置に宇宙ステーションを設置してあり、そこまでと月周囲への展開は転移で可能なのだが、そこから先は宇宙艇で月周辺の戦線に向かう必要があるのだ。


「何も知らずに月に送られた純粋培養の真面目君かー俺なら馬鹿らしくは思っても流しますね」


「こちらはそれでいいんだ。戦線が膠着しても目的は達成する。敵対勢力を月から先に行かせないのが目的なんだから勝つ必要は無いんだ。だからそれで良い。でも向こうは違うだろ?日本に勝って不正を正すのが公けに掲げている目的だ。だけど戦場ではそんな様子は欠片もないんだ。落差が大きいんだよ」


「それにしてもなんで無駄な事を続けるんですかね?最近は口だけですけど」


「俺も不思議で『何で戦争を止めないの?』と聞いたら舌打ちして『俺が知りたいよ』だってさ」


「ハハ、笑えますね。でも何故でしょう?日本と講和して合衆国の再興さえ引っ込めれば宇宙で勢力圏を拡げる事も可能なのに」


「俺の無い知恵を絞ってみたんだけど日本を悪者にし続ける為にだろうな。目的の為に日本を敵とする必要が有るんだ。それが日米戦争の頃から続いているんだ」


「でもその所為で明らかに人が西側に逃げ出していますよ?」


「故意にそうしているのかもしれないな。不穏分子を減らす形で」


「その所為で国力が明らかに落ちてもですか?」


「俺が思うに日米戦の頃と今では日本を敵とする目的が違うんだよ。昔は国民を纏める為にだったんだろうが今は北米大陸を内戦に発展させない為に日本を敵としているんだ」


「如何言うことですか?」


「彼等のお題目は合衆国の再興だろう?それなら本来は西側と戦争をしてでも東西を一つにしないといけないんだ。でもそれは避けている。そのまま進めればシナの様になるだけだからな。それを避ける為には別の敵が必要なんだ」


「でもそれって北米大陸をシナ大陸の様にはしたくないから東アメリカの始祖が自ら貧乏くじを引いて今の状況にしたってことですよ」


「そうだよ。そしてそれは成功している。西側の始祖勢力は宇宙に勢力圏を拡げているだろう?東アメリカに旧世代の残り滓を集める事でさ。北米大陸が内戦になっていたら共倒れか、良くて幾つかの始祖勢力が宇宙に出ただけだろうな」


「でもそれって推測ですよね」


「だけどそうとでも考えないと日本との勝つ気も無い戦争を東アメリカが続ける意味は無いだろう?人を月の戦線に送り込んだ先から西側に逃げ出すんだぞ。そしてそいつ等を西側では惑星開拓に回しているんだ。意図してそうしている様にしか見えないよ」


「もしくは日本憎しのあまり何も見えなくなっているかですか」


「それは無いと思うぞ。それなら普通は日本と伝手を持つ全ての勢力に当たり散らすだろう?敵の味方は敵なんだから」


「そうかな~確かにそう見えるけど普通は自分の群れを優先するからそんな事は出来ませんよ?始祖は眷族より更に群れを優先する欲求が強い筈です。そんな他の勢力を優先する様な事が可能ですかねぇ?」


「現状はそうして明らかに自分の群れを弱くしているだろ?そうとでも考えないと辻褄が合わないよ」


「それを言い始めたら覇権争いを止めないシナの奴等だって聖地争いを止めない似非メシアの奴等だって群れを弱くしていますよ?互いに争わなければ群れが弱くはならなかった筈です。けど争いは止まない。何か群れの存在意義みたいなものが掛かっていてそれが優先するんですよ。周りから見れば下らなくても彼等には重要なんです」


「それは何だ?」


「それが分かれば苦労は有りませんよ。けど傍から見たら如何でも良い事なんですよ、きっと。シナならシナの覇権、聖地争いならエルサレムの占拠、東アメリカなら……何ですか?」


「始祖の考える群れの存続に優先する存在意義か……それを損なってまでして群れを存続させても意味がないと考えているんだよなぁ。ん~なんだろう?」


「彼等にとっては群れの存続と同義なんですよ。それなくして群れの存続は無いんです。それが得られれば群れが繁栄すると思い込んでいるんです。シナの覇権にせよ、エルサレムの占拠にせよ。理解は出来ませんが」


東アメリカの始祖が群れの存続と同義とするものは何なのか?

それを得れば群れが繁栄すると思っているんだよな?

シナの始祖ならシナの覇権、似非メシア供ならエルサレムの占拠、東アメリカの始祖なら何だ?


「ん~分からんな。俺にはそこまでして優先するものが有るとは思えないよ。まぁいいや。それが分かった所で俺らの状況に変化はなさそうだ」


「そうですね。それが分かった所で東アメリカの敵対は止みそうにないし、仮に東アメリカが敵対勢力ではなくなったとしても監視任務が無くなる訳ではない。敵対勢力が一つ減っただけの話ですからね」


そう監視任務は続くのだ。

そこに地球が有って誰かが地球から月に来る可能性が有る限りは。








東アメリカは行き詰まっていた。


東アメリカの始祖はウェストポイントで陸軍士官になるべく励んでいた時に魔素乱流期の終わりを迎えた。

そして世界の混乱に伴ってアメリカ合衆国が軍を世界中から撤収して覇権国家から転げ落ち唯の強国となるのを苦々しい思いで見ていたのだ。

アジアで日本が強国として地盤を固めて好きに振舞うのを見つめるしかなくヨーロッパの混乱も傍観しか出来ず裏庭と思っていた南米にも何も出来なかった。

放置すれば分裂しそうな国を守るので手一杯だったのだ。

種の分岐を迎え始祖となった時からはアメリカ合衆国が覇権国家に返り咲くべく動いたのだが上手くは行かなかった。

大半のアメリカ人にとっては既に如何でも良い事だったのだ。

アメリカ合衆国の始祖の殆どは覇権国家だった頃を体感しておらず陸軍士官の始祖と同世代の大半にとっても過去の話で、今更と言った感じであった。




アメリカ合衆国は種の分岐の前から様々に画策して手を打ってはいたが悉く裏目に出ていた。

覇権を掴むのに邪魔な日本は都合の良い事にアジアの強国の地位に満足な様で気になるのはコソコソと宇宙の衛星軌道上で何かしている事ぐらいだった。

監視してもしている事は自国の偵察衛星の管理やこちらが押し付けたスペースデブリの清掃等でアメリカ合衆国でも可能な事ばかりである。

何かあるにしても地球の覇権を掴みさえすれば如何とでもなると判断していた。

となると南から迫る難民を制せば何の憂いも無く昔の様に世界に打って出る事が可能となる。

メキシコに軍を派遣して難民の収容地帯を造ることに成功し、それを緩衝地帯として押し寄せる難民を防ぐ事に成功していた。

次は利権を日本から奪うことだ。

幸いオセアニアはヨーロッパからの移民も多く日本の影響力は弱い、ここを足掛かりにアジアへの影響力を高めて日本の利権を奪う事にした。

だが日本が中心となって行ったシナの封じ込めは成功しておりアジア諸国も力を増していたためアメリカ軍の派遣を望む国は無かった。

軍事的には日本が自衛隊を派遣しているのは南沙諸島と西沙諸島ぐらいで自衛隊の基地は設営されてはおらず、日本の沖縄からその辺りまでを他国の軍艦と合同で巡回しているだけなのだ。 

アメリカの企業自体はシナの内戦で充分な利益を上げていて不満が無い事も有って軍事的には殆ど行動出来なかった。

日本の利権と言っても日本が独占していた訳でもなく、日本企業が特別に厚遇されてもいなかったので付け入る隙も無かったのだ。

兵器関係は元々アメリカ企業が強く、シナの内戦需要で一番利益を上げているのはアメリカ企業であった。


覇権を目指すアメリカ合衆国の最初の躓きは満州による最初の遼寧省の奪還戦である。

半島人に兵器を供給していたのがアメリカ企業でその兵器は悉く満州軍には通用しなかった。

これは既存の兵器が通用しなかったと言う事なのだが半島人は自らの用兵とか軍事能力に瑕疵は無かった事にして兵器の能力について糾弾したのだ。

具体的にどのように通用しなかったのかも軍事機密も関係なしに世界的に広めたのだ。

自分達が如何に弱かったのかの自己宣伝な訳だが被害者ぶる半島人は気にしてもいなかった。

アメリカ軍の動揺は大きかった。

満州軍に劣化版とは言え自国の兵器が通用しなかったと言う事はシナを除くアジアの大半の国々にも通用しない可能性が高い。

当然の事ながら日本は他のアジア諸国より軍事的に優位に在ると考えられるから、現時点ではアメリカ合衆国が軍事的には劣位にあると見做された。

当時のアメリカ軍では満州軍のシールドに相当する魔法は研究中で誰も身に付けてはいなかったのだ。

そしてアジア人はアメリカ軍が既に軍事的に優位に無い事に気付いてしまった。

これではアジアにアメリカ軍の派遣を望む国が有ろう筈も無く返り咲こうとしても無理だ。

アジアにおける日本の利権を取り上げようにも武力では不可能どころか半島人の二の舞だ。




種の分岐後の日本の始祖達は世界各地の幼体の始祖を保護の名目で拉致して自分達の支配下に置いていた。

これは由々しきことでアメリカ合衆国の覇権の障害と成り得る。

既にシベリアの始祖勢力は日本の勢力圏に入り日本は力を増していた。

シナの包囲網を固めシナからの侵略を防ぐとか言っていたが怪しいものだ。

そして懸念していた様に日本の始祖達は自らの配下とした始祖を眷族と共に南米大陸に戻して南米大陸への影響力を増した。

アメリカ合衆国の裏庭に手を伸ばしてきたのだ。

その時点では種の分岐による混乱が続く南米からの難民が急増する懸念も有って南米状勢の安定化を持ち出されては阻止する事は叶わなかった。

アメリカ合衆国で保護した始祖の中に南米に戻って自ら勢力圏を築く事を望む者はおらず、アメリカ合衆国単独では南米状勢の安定化は不可能だったのだ。

アメリカ合衆国から見ると日本は覇権を掴むべく行動し、それは着実に進んでいた。

その時点の日本が世界状勢が不安定となると宇宙に勢力圏を拡げるに当たって妨げになると恐れていただけだとしても海外の諸勢力からもそう見えた。

アメリカ合衆国では日本の様に宇宙に出る事を求める声も一部に有ったが認められることは無かった。

陸軍士官の始祖が地球での覇権に繋がるとは考えず優先するものとは認めなかったからだ。

月や火星を観察して表面の様相に変化が有ってもこれは変わらなかった。

この時点では月や火星なんて地球で覇権さえ掴めば如何とでもなると考えていたのだ。


そうこうする内にヨーロッパ状勢がおかしくなって難民が流れ込んできた。

南からとは違い海路だから放置する場所も無く、沈めて処分すれば良いのだが国民にはその地からの移民も多くてそうはいかなかった。

するとヨーロッパからの難民を受け入れた事で南からの難民寄りの国民が騒ぎ出し国内状勢も悪化した。

放置すると国が分裂しかねない勢いだ。

国民を纏めるためには何か必要だった。

此処で湧いて出たのが日本が子供達を拉致誘拐したと言う糾弾だった。

政治的な支持を得る為に国内の始祖勢力が始めたものだったのだが何の証拠も無い上にどう考えても日本に益となるものが無い。

どう考えてもおかしいのだが日本が植物の魔法を利用するのに長けているとの理由だけでその糾弾は勢いを増して海外でも一部で支持されるに至った。

陸軍士官の始祖は国民を纏めるのに有効と判断して糾弾に同調して画策を始めた。

日本を本当に敵と成せば国を纏めることが出来て、同時に海外勢力を上手く動かせば日本の覇権も阻止出来ると判断したのだ。

だが結果的にこれに同調したのはヨーロッパから来たばかりの難民と一部の国民だけで、大半の国民は日本側の反論に理が有ると判断して纏めるどころか混乱が増した。

それでも戦争を起こせば敵が明確となり国民は団結すると無理矢理に日本との戦争に持ち込んだ訳だが却って反発を生み国の分裂を誘い、アメリカ合衆国は崩壊してしまった。


東アメリカの陸軍士官の始祖はアメリカ合衆国の崩壊と言う事実に抗い続けていた。

そして地球の覇権を求めて動いていた。

月への出兵は月と地球の間の輸送経路を遮断しているつもりでいた。

東アメリカと同レベルの輸送技術であれば充分に遮断となる戦闘状況だったのだ。

ただ日本の反撃があまりにもないので果たして有効なのか上層部では議題となっていた。

戦果を誇ろうにも手応えが無くて成功しているかどうか分からなかったのだ。

日本は相手の戦闘目的を見誤っていたため、相手が何をしているのかが全然理解できなかった。

日本は月の次は火星だと思って阻止していたのだ。

それにしては火星が接近しても直接向かう奴がいないなと首を傾げていた。

日本は東アメリカが月から先に行く事を防ぎ、東アメリカは日本の地球への輸送を妨害する。

互いに相手を抑えるつもりで戦闘を行い、戦闘目的は達成していたため必要以上の攻勢には出ない。

現場の兵は真面に戦闘しても膠着状態に陥るのは分かっているので当然の様になれ合う感じとなる。

命令が達成可能なら死なないで済めばその方が良い。

月での戦闘を見て両者がボタンを掛け違えている事に気付いた勢力も有った筈だ。

だが日本にそれを教える者はおらず、東アメリカにそれを教える者もいなかった。

日本が東アメリカと戦闘状況にある方が都合の良い勢力の方が多かった。

アラスカが元東アメリカ兵を月に送る様になったのも戦闘が再開されそうになかったからだ。




東アメリカの陸軍士官の始祖は既に舞台は宇宙へと広がり人の勢力争いも宇宙開拓競争と言った形になっていたのに全然気付いていなかった。

気付いたのはつい最近のことでそれまでは地球の覇権を競っているつもりでいた。

だが地球の覇権を競っている勢力なんてどこにも存在しなかったのだ。

そして手元に残ったのは国力が落ちて月での戦闘すら困難となり日本憎しで固まった東アメリカのみだ。

こんなはずではなかった。

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