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29 始祖勢力の状勢

現在の始祖勢力の傾向は大きく三つに分かれている。

一は宇宙に勢力圏を拡げて種の繁栄を目指すものたち。

二は旧人類時代の栄光やらの過去に囚われ地球に留まって争い続けるものたち。

三は原始生活に戻ったかの様に見える古代魔法人の時代からやり直しているものたち。

宇宙に拡がっている始祖勢力については自分達の事だからまぁ、その動向は掴めている。

宇宙に拡がらずに地球で争っている始祖勢力についても監視しているから動向は掴めている。

だけど地球で一からやり直している始祖勢力については良く分かっていない。








地球では魔素乱流期が終わった混乱によって人が激減するとそれに伴って自然が盛り返していた。

アフリカ大陸や南米大陸では密林が復活していた。

三の勢力は主に密林に存在して時々出て来るのだが実態はさっぱり掴めていなかった。

密林の周囲では人が減って以前の様に密林を切り開いて農地とする者もおらず、敵対行動を示す訳でもないので放置されているのだ。


「密林に籠っている始祖勢力については何か進展はあった?」


「変わりありません。最近はゲリラどもも懲りて密林には入りませんし」


「そうなの?周辺の村々の情報は?」


「変わりませんよ?以前の戦乱時に助けてくれたことしか話してはくれません」


「バリアらしき魔法を使った事等々ね。接触は難しいのよね」


「はい。村民とはだいぶ打ち解けたんですが口が重いですね。恩人と言うか聖人みたいな扱いですから」


「聖人って何に仕えているの?」


「森の精霊って話ですが密林では珍しくもないでしょう?」


「まあそうね。よくある信仰よね昔なら」


「何か変ですか?」


「魔法が使える様になったのだから何か具体的な力だと思うのよ。自分達より上だと実感できる力よ」


周囲との交流は細々と続いている様で交流のある村人が戦乱に巻き込まれて密林に逃げ込んだ時には助けてくれたそうなんだがどうやって助けてくれたかは要領を得ない。

森に入り込んだ敵兵がいきなり苦しみだしてバタバタ倒れたとか銃弾を跳ね返したとか虫が敵兵を撃退したとか等々。

いずれも魔法に熟練すれば出来ない事ではないので独自に魔法技術を発展させている始祖勢力が存在するのかなと推測していたのだが違うのかな?


「周辺の村ではそこまでは確認できませんよ?密林に入らないと」


「まだそこまでする気は無いわ。ゲリラ扱いされたら困るもの。周辺の村を回って何とか繋ぎが付けれるまで根気よく友好の意志を示すしかないわね」


「では今迄通り続けます」


「宜しくお願いね」


日本は態々探りを入れて敵視されても馬鹿馬鹿しいので密林地帯では何もしてはいない。

アフリカにしろ南米にしろ日本の勢力圏からは遠いから利害関係は無いと言って良い。

でも下手に敵視されると魔法を使えば乗り込まれる可能性も無きにしも非ずだ。

東アメリカの様に敵が明確であれば対処もし易いけど拠点も様子も良く分かっていない相手への対処は大変なのだ。

そう言った訳で日本は彼等に対しては触らぬ神に祟りなしの状態だな。








シナやエルサレム周辺で争い続けている始祖勢力についてはどうしようもない。

彼等は日本人には理解し難い理由で争いを続けており相容れない勢力として関わらない方針を続けるしかない。

東アメリカはどうかと言うと東アメリカにとって日本は自国が上手く行かなくなった事の象徴となっていてこれは彼等の始祖が死ぬまでは変わらないものと考えるしかない状況だ。


「東アメリカはこの月での戦闘をいつまで続けるつもりかねぇ」


「向こうの始祖様が死ぬまでは続くって話っすよ」


「あそこの始祖は九十歳ぐらいだよな。確かうちの真祖様と三つか四つ違いだ」


「平均寿命が百二十歳で……三十年以上続くって事っすか?」


少なくとも今後三十年は月での戦闘を覚悟しておく必要がある。

何とも面倒な状況だが彼等が合衆国の再興を掲げる限りはこれは続くのだろう。

それが不可能であるとの現実を認める事が出来ない限り、代償行為としての日本への敵視を止める事はまずない。

日本を敵視する事で現実への直視を避けているのだから。

東アメリカではこの状況に眷族として付いて行けない者が増えて西側に逃げ出していた。


「そう言うことだな。向こうの奴等は良いよな逃げ出せば良いんだから。うちは子供の事を考えたら逃げることは出来ないし逃げる所もない」


「俺は一人っすから何処にでも……あれ?」


「何処へ行く積もりよ?日本の勢力圏から出て。ここよりましな所の当てなんて有るのか?」


「ないっす。行くにしても日本の別の始祖様の下っすね」


「それじゃあ、ここからは逃げられない。異動の日まで最低三年は我慢するしかないな」


「この退屈な任務を三年……」


「俺は六年やってる。年々暇になっているんだ。東アメリカの奴等が来るまではもっと暇だったって話だ。でも監視任務なんてどこもそんな感じだな」


「他所を知ってるんすか?」


「ここに来る前は火星で監視任務に就いてた。東アメリカの奴等は来ないからここよりも暇だ」


??何か話が噛み合っていない気が……


「あのー仕事が退屈だから逃げたいんすよね?」


「違うよ。ここに厭きたからだよ。火星なら直ぐに遊びに行けるだろ。それに月には関係者しかいない。何処に行っても周りは同僚だけだ。監視が退屈なのは何処でも同じさ」


「俺は退屈で……それにこんな暇な任務で給料を貰うのは気が引けるっす」


「お前、そんな言葉遣いの割に真面目君だな。あのさ、俺達が暇なのは皆にとって良い事なんだ。分かっているだろ」


「それでも気が引けるっす」


「ん~だったら沖縄へ行け」


「沖縄?何処っすか?」


「地球だよ。シナが時々船を送り込んでくるからここよりは退屈しないぞ」


シナは未だに沖縄に偽装難民を送り込んでいた。

それで少しは捕まるシナ人が居て昔からの約定通り満州に引き渡すのだが最近のシナ人は満州の始祖の眷族にする事がまず不可能だそうな。

以前からその傾向が表れていたのが満州の始祖勢力が勢力圏を宇宙に広げて以降は種として完全に縁が切れた感じらしい。

既に種の群れの性向が離れすぎているのだろうな。


「地球は見て楽しむものっす。行く所じゃないっす」


「行ったこと無いの?一度は行ってみな。風が凄いんだよ。海も水があんなにあるなんて……月から見ていても実感できないだろ」


「ネット動画とレコードの情報で充分っす」


「一度は体感した方が良いと思うぞ。火星も何れはそうなる予定なんだから。海は難しいと思うけどな」


「だったら火星でこれから少しづつ体感するっす」


「まぁ、好きにするさ。おっ、東アメリカの奴等が来た。久しぶりだな。警告を正式に上げて置け」


「了解っす。それにしても久しぶりっすね」


「向こうは人が逃げ出して減ってるからな」


東アメリカでは人が西側に逃げ出していた。

元々同じ合衆国民なので国を裏切ると言うよりは不支持を表明した感覚のようだ。

東アメリカの陸軍士官の始祖を支持する者達が急速に減少しているのだ。








宇宙に勢力圏を拡げている始祖勢力の状勢はと言うと、取り敢えず群れとして纏まっている勢力は上手く行っている。

まぁ、これは当然の話で群れとして纏まっているのに上手く行ってない様なら人の勢力圏の宇宙への拡大はもっと困難であったろう。


日本から見ると他の勢力の始祖はかなり強引なのだがそれも文化だし、強い指導者を求める群れにおいて始祖がそう振舞うのは群れを纏めるのに必要な資質なのだ。

そして始祖の権威と言うのはそう言った専制や独裁を受け入れる文化的特質に合地し易い。

過去の皇帝や王は偉そうにはしていたが唯の人間だ。

権威が剥がれる時は一気に剥がれて吊るし上げられた。

だが始祖の権威は始祖にしか剥がせない、群れの眷族には剥がせないのだ。


ロシアは長らく頭が二人いる感じだったが宇宙に勢力圏が拡大した事で完全に二つに割れた。

地球と言う縛りが無くなって夫々の始祖が幾つかの惑星系を勢力圏とした事で一つで有る必要が無くなったのだ。

地球の勢力圏で一つに纏まって見えるのは互いに地球の勢力圏を押し付け合っているかららしい。

二人とも宇宙の勢力圏が軌道に乗って以降は宇宙の勢力圏の拡大を優先したい、かと言って地球の勢力圏を投げ出す訳にも行かずの状態なのだ。

地球の勢力圏も維持しておかないと面目が立たないからな、投げだしたら力が無い様に受け止められる。


日本の場合は強い指導者が必要とはされているのだが国民は必ずしも求めてはいないのだ。

何とかなっているのは元々の性格も有るけど始祖だからに尽きる。

多少強引な事をしても「真祖様だからなぁ」で済まされる感じだ。

歴史的に皇帝の様な絶対権力者になろうとした者は引き摺り降ろされる。

始祖に対してでさえ国会の場で倫理観を問おうとした国なのだから。

こんな状況でも天皇制が残っている国なのだから。

始祖だから引き摺り降ろせないだけなのだ。

ロシア辺りだと始祖の血筋が皇帝として引き継がれそうだけど日本では無理そうだ。


そんな感じで支配形態は様々だけど惑星の一つでも開拓して勢力圏としている始祖勢力はそれなりに始祖の権威が保たれて勢力も安定していた。








宇宙で不安定要因として問題になったのは火星で揉めたムスリムの奴等だ。

奴等は貧者の権利として富める者にぶら下がる事を当然の権利として求める。

惑星開拓でも何も貢献していないのに当然の様に分け前を求めるのだ。

それで火星から追放されたのだが同じムスリムの間でも持て余されてしまった。

そして地球に戻される事になったのだが地球への帰還を拒否して居座ったのだ。

転移魔法では拒否すれば発動しないから無理矢理地球に戻す事は出来ない。

奴等は何もせずとも惑星開拓の場に居るだけで優先的に分け前を貰う権利があると思っていた。

それで群れの為にも地球に戻される訳にはいかなかったのだな。

そんなに群れの為を思うなら勝手をせずに少しでもいいから惑星開拓に貢献しろよって話なんだが、奴等はそうは考えない。

奴等にとっては生活習慣を変えない事は神の教えに従う事で群れの一員として何よりも優先する事なのだ。

そんな事が可能な場所は地球にしかないと言う事でとうとう宇宙艇を使って地球に戻される事になった。


「奴等の顔を見るのも明日までか。それにしても手間を掛けさせやがる。素直に転移で戻ればいいのに」


「連中はまだ居座る気でいるからな。良く監視しとけよ。何を仕出かすか分からん」

・

・

・

・

「緊急連絡入りました。奴等が居住区で暴動を始めました。地表に出ようとしている模様です」


「……自殺する気か?連中は碌に魔法も使えないよな。地表にはまだ大気も無いし窒息するだけだよな」


「知らないだけでは?火星と同じ積もりですよ」


「説明して有るだろう?開拓は始まったばかりで地表の地球化はこれからだと」


「理解していないし、信じてもいないんですよ。地下の様子は火星と変わりませんからね」


「信じていないって、嘘を吐いていないことぐらい分かるだろう?」


「俺達が知らないだけとでも思っているんじゃないですか?」


「……もう連中が死んでも構わん。手間が省ける。だが子供達だけでも保護しろよ。後味が悪いからな」

・

・

・

・

「緊急連絡入りました。宇宙艇が破壊されたそうです。暴動は陽動ですかね」


「……連中をテロリストとして処理しろ。連中の居住区は封鎖、降伏しなかったら連中の望み通り地表との門を開いて空気を抜け。連中の子供達が巻き込まれても構わん。こちらの安全を優先する」


「了解しました」


宇宙艇を破壊した奴等は短絡的に宇宙艇が無ければ地球に戻されないとでも考えたのだろう。

確かに地球には戻らなくても済んだ。

テロリストとして全員処理されたからな。

地球ではテロリストを惑星開拓の場に送り込んだ始祖勢力による抗議が始まった。

初めの内は惑星開拓をしていたインドネシアに対してだけだったのだが段々対象が広がってとうとう宇宙に勢力圏を拡げている全勢力が槍玉に上がる様になった。

日本は火星での事も有って一番の非難対象となった。

「火星を追放されなければ~」って事らしい。

日本を糾弾しているのはその始祖勢力だけなんだけど幸いな事に処理されたテロリストの中には真面な魔法教育を受けた者は居なくて、この始祖勢力に宇宙に乗り出す力はない。

ただ地球でテロを行うぐらいは出来そうなんだよな。

東南アジアではテロに対する警戒が一気に上がってしまった。

これ以降、別の始祖勢力の魔法も碌に使えない者を惑星開拓に使う勢力は急減した。

同じムスリムだからとの理由で安易に惑星開拓に参加させる勢力は無くなったって事だ。

まぁ、配下でもない別の始祖勢力の者を使っていたのはインドネシアぐらいだったけど。








地球で日本を糾弾する勢力がまた一つ増えた。

このムスリムの始祖勢力は日本の敵対種として登録された。

幸いにしてこのムスリムの始祖勢力に宇宙に乗り出す能力は無いがこの件が地球で広まる事によって宇宙に勢力圏を拡大中の始祖勢力の実態が知れ渡る事になった。

それまでは勢力圏の拡大と言っても火星か精々太陽系止まりと残りの始祖勢力には思われていたのだ。

実態と言っても太陽系外の惑星系を開拓中との情報が流れただけで今となっては左程重要な情報でもない。

開拓中の惑星系の位置等の情報は流れてはいないし、開拓技術等の情報も流れてはいない。

こちらは今迄通り着実に宇宙開拓を進めればもう負けは無いのだ。

宇宙に乗り出す能力のある勢力の殆どは既に宇宙開拓に着手していて能力が有って伝手が無いのは東アメリカぐらいではないか?


東アメリカは日本との戦争を続ける限り月への進出すら阻まれてその先は無い。

この事実が浸透した結果、東アメリカの住民の西側への脱出が相次いでとうとう月での戦闘の継続すら困難となった。

日本側はこれで戦争も終わるかなと希望的観測を持ったが東アメリカ側の態度に変化は無かった。

既に講和を仲介する勢力は無く、戦闘なき戦争が続く事となった。

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