1話『断罪イベント? まずは「あーん」』
「──セレスティーヌ・ルナ・アストラ・アイゼンハルト公爵令嬢!」
突如響き渡った声に、視線が集まった。
その先に居たのは、この国の第三皇子。
彼は兄の婚約者の名を呼び、険しい表情で睨みつけていた。
その隣では、この一年の奇行ですっかり学園中の有名人になっている男爵令嬢が、涙を浮かべている。
「第三皇子ヴィクトルの名において、あなたの罪を告発する!」
「罪、でございますか……?」
セレスティーヌは、身に覚えのない告発にただ困惑する。
ヴィクトルが、目を鋭く吊り上げ、ビシッとセレスティーヌを指さした。
「しらばっくれるつもりか!度重なる悪事にはほとほと呆れ果てていたが、まさかこのようなことをするとは!」
(度重なる悪事……)
「今までは兄上の婚約者であるからと静観していたが、此度のことを見逃すわけにはいかない!」
「はぁ、さようでございますか……」
(今度はいったい何を勘違いしていらっしゃるのか……)
セレスティーヌは恐る恐る、隣に座っていた自分の婚約者を見る。
それにつられたように、ヴィクトルや生徒たちの視線も動き……
「ひっ!」
ヴィクトルは悲鳴をあげた。
生徒たちの顔も青くなる。
第二皇子カシウスが、ゾッとするほど冷たい眼差しでヴィクトルを見ていたからだ。
己の婚約者が見上げていることに気が付くと、その美貌が柔らかく微笑む。
まるで何事もなかったかのように、手元にあるパンケーキを掬い、セレスティーヌの口元に差し出した。
「ルナ、口を開けて」
「あの……リューク様」
「ん?これの気分ではなかったか?」
首を傾げると、パンケーキは自らの口に運び、今度は一口大のサンドイッチにフォークを伸ばす。
「これはどうだ?」
それをセレスティーヌの口元に差し出した。
この学園に通う生徒たちにとって、見慣れた光景だ。
それでも、状況を無視した光景に理解が追いつかない。
「リューク様、そうではなくて……」
「どうした?」
優しい眼差しが心配に変わる。
「……まさか食欲がないのか?気が付かずすまなかった。早退しよう」
「い、いえ!元気です!」
このままでは、本当に早退の手続きをしかねない。
セレスティーヌは慌てて、差し出されたサンドイッチを食べた。
もぐもぐとしていると、深く青い瞳が甘くとろけた。
セレスティーヌの頬が薄っすらと紅色に染まる。
「あ、兄上!」
「次はこれを食べようか。ルナの大好きな苺が入っているようだ」
「あ、えっと……」
セレスティーヌはフルーツサンドを差し出す己の婚約者と、自分を糾弾する皇子の間で、視線を往復させた。
(この状況はどうすれば……)
「どうした?今日は苺の気分ではないか?」
「いえ、あの第三皇子殿下が……」
「兄上!どうかお聞きください!」
苺とたっぷりの生クリームが入ったフルーツサンドを戻し、カシウスは別のフルーツサンドに手を伸ばした。
「では蜜柑はどうだ?」
「アイゼンハルト公爵令嬢は三日前、こちらのエミリア・ルーチェ・ベルローズ男爵令嬢を、階段の踊り場から突き落としたそうです!」
「私、アイゼンハルト様に呼び出されて……いきなり……っ」
グスッとすすり泣く声が聞こえた。
セレスティーヌは絶句した。
サロンの雰囲気が変わる。
「またか……」と呆れる空気が、ピンっと張りつめた。
「ルナ、食べないのか?やはり具合が悪いのか?」
「い、いえ!」
ハッと我に返ったセレスティーヌは、慌てて首を振り、差し出されたフルーツサンドにかぶりついた。
「リューク様……」
もぐもぐし、蜜柑のフルーツサンドを飲み込み、セレスティーヌはまた婚約者の名を呼ぶ。
本人の許しがなければ、口にすることも許されない特別な名を。
「どうした?」
相変わらず、とろりと甘い青の瞳が、ふとセレスティーヌの口元に目をとめた。
カシウスの手が伸びる。
大きく剣だこのある手が、セレスティーヌの頬を覆い、その親指が口元を拭った。
そのままカシウスは自分の親指をなめた。
「甘いな」
「あぅ……」
じわじわと真っ赤になったセレスティーヌを見て、カシウスは愛おしげに口元を緩めた。
「──兄上!」
甘く優しかった青い瞳が、一気に冷え切った。




