第3話 ピスタチオ王国(2)
「それではご説明いたします。この国の危機をご理解いただくためには、まずこの国について、詳しくお教えしなければなりませんな」
まーくんは、ごほんと咳払いをした。
「ここは、ピスタチオ王国。レモンスカッシュ大陸最西端のツベルトーシュ半島に位置する、自然豊かな国でございます」
「はい!待ったーー!!!えーと、ピスタチオとレモンスカッシュには、この世界ではどういう意味があるの?」
「殻付きの木の実と、柑橘系の炭酸飲料ですな」
「そこは一緒なのかよ!!半島ってことは海があるんだね?OK!もういいや!続けてくれ!!」
「国民の数は2万。その中には、魔女や、人間以外の種族も少数おりますな。国土はそれなりに広いですが、規模の小さな国であることには間違いありません」
国民が2万人いるというのは、ソボロデンブの言っていた通りだ。
「実は、わが国はとりわけ資源が豊富でしてな。この国のシンボルでもある中央の高い山では、多数の鉱石が採れます。
西の海では南北の海流がぶつかり、海産物が豊富に採れるだけでなく、一部の海岸沿いには塩田もございます。
また、高山の北東、この城の北にある森は特に魔粒子の濃度が非常に高く、外国からも『果ての森』などと呼ばれて有名になっております」
「おっと、まーくん。俺の世界では知らない言葉が出てきたよ。魔粒子って何?」
「はい、この世界に魔法があることは、ソボロデンブ様より伝わっておりますかな?魔法は、基本的には使う者の『血』と『魔粒子』が互いに反応することで発動できます。もしかしたら陛下の『アンラッキーチェイン』も魔法に関係があるかもしれませんな?」
トワリが名付けた「アンラッキーチェイン」が既に浸透してしまっている……。
「魔粒子は目に見えない粒子で、この世界のどこにでもあるものなのですが、これが濃い場所だと魔法使いは、強力な魔力を使いやすくなるんですな。
その代わりに、簡単に言うと、まぁ、だいぶしんどいらしいんですな。
昔は果ての森を修行の地として使っていたようですが、今はほとんど誰も近寄らない森でございます」
ううむ。ようやく異世界っぽさを感じてきたぞ。
「さて陛下、資源が多い土地ということは……」
「外国から狙われやすい?」
「まさにその通りでございます。わが国は古来より、諸外国から狙われることの多い国でした。幸い三方を海に囲まれておりますから、海防さえ固めてしまえば、陸路は東のみとなります。ただ、現在わが国の東側に隣接している国が、数年前に新たに建国された比較的好戦的な国家、その名も『ビーフシチュー王国』なのです」
「美味しそうな名前だね」
「私もそう思います。牛の肉で作った、とろとろのスープでございますね」
「この世界にも牛はいるんだねぇ」
俺は、いちいちツッコミを入れるのもあれかと思ってやめておいた。
「つまり、そのビーフシチュー王国に狙われている。それがこの国が直面している危機ってこと?」
「左様です。当面の危機は、ビーフシチューからの侵略の可能性ですな。ソボロデンブ様がいなくなる直前、ビーフシチュー軍が国境近くで軍事演習をして、緊張が高まった事件がございました」
おぉ……、異世界転生らしからぬ、嫌なリアルさだぜ……。
「そうなのか、実際にそんなことが……。なぁもしかしなくてもさ、ソボロデンブがいなくなった今、その危機に対する抑止力が減ってしまっているんじゃないか?俺は政治にも国防にも明るくないし、もちろん外交にも自信がない」
「ですな。しかしソボロデンブ様曰く、此度の退きは必要不可欠なことであるとのこと。どうしても避けられないと。こうなってしまったからには、恐れながら陛下には、急ぎ色々なことを学んでいただきたいと存じます」
「ソボロデンブは死んじゃったの?」
「いえ、それはわかりかねますな」
「ううむ。そんな状況で俺が国王か」
そんな大役が俺に務まるのだろうか。状況的にはやるしか無いのはわかっているが……。
「まぁまぁ陛下。そこまで気負わないでくだされ!かのソボロデンブ様も、内政はこのまさひこに任せっきりな節がございましたからな!陛下も、急ぎとは言え、できることから着実に一歩ずつ歩みましょう!」
「ありがとう、まーくん」
「まず第一歩として、そちらのチョムチュルでも召し上がってくださいませ」
「あ、この串カツみたいなやつが『チョムチュル』だったのか!頂くよ!揚げ物に、シェフの気まぐれも何もなくないか?」
横を見ると、トワリがまるで妊婦のように両手でお腹を擦りながら、椅子に浅く腰掛け、満足そうに天井を仰いでいた。
◆◇◆
「おおお!これがピスタチオ王国!!」
眼下に広がるのは城下町の景色。俺はピスタチオ宮殿のバルコニーに立っていた。
美しい……っ!
レンガ造りだろうか、たくさんの家々が連なっている。ピスタチオ王国という名に似合う、緑やベージュの屋根壁が多い気がする。かなり遠くには高い城壁が見え、城壁の向こうに更に広い土地が広がっている。自然が豊かだ。正面は東の方角。つまりビーフシチュー王国のある方向だ。城の背後には高い山。これがさっき、まーくんが話していた山か。
「ええ。この国の最高峰。天鳥山にございます」
全体的に和洋のネーミングがごちゃごちゃなのにも、もう慣れてきた。人というのは、こうやって知らないことにも慣れていってしまうのだろうな。
「陛下っ!よろしければご一緒に、食後のお散歩でもいかがでしょうか!」
食欲を満たしたから少し歩きたいのだろう。まるで散歩をねだる犬のようだ。もちろんトワリのことだ。
「そうだね。確かにこの王宮の外を見てみたいな」
「それでは、私がご案内しましょう。すぐに支度をいたします」
まーくんの案内があれば、きっとたくさん蘊蓄が聞けることだろう。楽しみだ。
◆◇◆
この後、俺はしばらくの間、ピスタチオ王国を案内してもらった。
一番に感じたのは、驚く程に治安が良さそうだということだ。例えるならば、昭和の地元の商店街か。みんなが顔見知りで、お互いに声を掛け合う、人情に溢れた懐かしい雰囲気があった。
歩いている途中で、魚屋のおやじが話しかけてきた。
「あい!いらっしゃい!!今日は『シンラ』の良い奴が入荷ってるよ!って、あんた、その右腕……。まさか国王様かい!?」
「あ、はい。はじめまして。新しい触手チンチン丸です」
「ッカーーーー!!!ついに来たんですかい!!噂の『転生』ってやつですね!!こうしちゃいらんねえよ、おい、お前!一番高級な魚持ってこい!!お祝いだよ、お祝い!!王様に差し上げよう!」
店主の親父は奥さんに指示をしていた。
「え!?待ってください!そんな、悪いですよ!」
「何言ってんですか王様!普段王宮には、大して高くないしょーもな……普通の魚ばっか納品してんですから、こんな時くらい良くさせてくださいよ!」
今「しょーもない魚」って言いかけてたな……。
「そう言うなら、お言葉に甘えて」
「この国の王は、触手チンチン丸様にしか務まらねえって相場が決まってますから!期待してますよぉ!」
こんな感じのやりとりが繰り返され、市場を通り抜ける頃には、3人とも両手いっぱいのお土産を頂いてしまった。特に俺の右手の触手は力持ちなので、2人よりもたくさん荷物を持った。
「おぉ……こんなにたくさん……」
「帰ったら、足の速いものから処理をして、美味しくいただきましょう。家臣達に作らせますので」
「ありがとう、頼むよまーくん」
しかし、なんて暖かい人たちなんだろうか。それ故に、国王が守るものが何なのか、そしてそれを守るその責任の重さを、痛いほどに思い知らされた。
まだ信じられないし、実感も足りていない。足りていないながらも、ひとつの小さな気持ちが芽生え始めていた。
「トワリ、まーくん。俺なんかの力でどこまでやれるかわかんないけどさ。俺、この国と、この国の人達を守りたいかも」
トワリが優しい笑顔で返した。
「お土産をいっぱいもらいましたもんね……」
「違う!!!トワリ!!違う!!!断じてお土産をたくさんもらったからそう思ったんじゃないから!!」
俺は笑いながらトワリに言った。
今日は良いことばかりじゃないか。ほらな?俺はそれ程、運が悪いわけじゃないんだ。バナナを踏んで死んだのも、トワリに殺されかけたのも今日だけど。
恐らく明日から、猛勉強と猛特訓が始まるのだろう。だが、一度死んで生き返らせてもらった身なのだ。せっかくならこの命を有効活用しようじゃあないか。この国のために、死ぬ気で尽くしてみる人生も悪くないだろうと、そう思った。
◆◇◆
果ての森で声がする。
予言の魔女の声がする。
果ての森で声がする。
炎の魔女の声がする。
果ての森で声がする。
こっちへおいでと声がする。
「キャハハッ!チンチン丸ちゃんってば、お土産いっぱいもらえて良かったわねー!さぁ。明日あなたたちがこの森に来るのは確定事項なのよ。早く会いに行っらっしゃい☆ このミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュに!」




