表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

第3話 ピスタチオ王国(2)

「それではご説明いたします。この国の危機をご理解いただくためには、まずこの国について、詳しくお教えしなければなりませんな」

 まーくんは、ごほんと咳払いをした。


「ここは、ピスタチオ王国。レモンスカッシュ大陸最西端のツベルトーシュ半島に位置する、自然豊かな国でございます」


「はい!待ったーー!!!えーと、ピスタチオとレモンスカッシュには、この世界ではどういう意味があるの?」

「殻付きの木の実と、柑橘系の炭酸飲料ですな」

「そこは一緒なのかよ!!半島ってことは海があるんだね?OK!もういいや!続けてくれ!!」


「国民の数は2万。その中には、魔女や、人間以外の種族も少数おりますな。国土はそれなりに広いですが、規模の小さな国であることには間違いありません」

 国民が2万人いるというのは、ソボロデンブの言っていた通りだ。


「実は、わが国はとりわけ資源が豊富でしてな。この国のシンボルでもある中央の高い山では、多数の鉱石が採れます。

西の海では南北の海流がぶつかり、海産物が豊富に採れるだけでなく、一部の海岸沿いには塩田もございます。

また、高山の北東、この城の北にある森は特に()()()の濃度が非常に高く、外国からも『果ての森』などと呼ばれて有名になっております」


「おっと、まーくん。俺の世界では知らない言葉が出てきたよ。魔粒子って何?」

「はい、この世界に魔法があることは、ソボロデンブ様より伝わっておりますかな?魔法は、基本的には使う者の『血』と『魔粒子』が互いに反応することで発動できます。もしかしたら陛下の『アンラッキーチェイン』も魔法に関係があるかもしれませんな?」

 トワリが名付けた「アンラッキーチェイン」が既に浸透してしまっている……。


「魔粒子は目に見えない粒子で、この世界のどこにでもあるものなのですが、これが濃い場所だと魔法使いは、強力な魔力を使いやすくなるんですな。

その代わりに、簡単に言うと、まぁ、だいぶ()()()()らしいんですな。

昔は果ての森を修行の地として使っていたようですが、今はほとんど誰も近寄らない森でございます」

 ううむ。ようやく異世界っぽさを感じてきたぞ。


「さて陛下、資源が多い土地ということは……」

「外国から狙われやすい?」

「まさにその通りでございます。わが国は古来より、諸外国から狙われることの多い国でした。幸い三方を海に囲まれておりますから、海防さえ固めてしまえば、陸路は東のみとなります。ただ、現在わが国の東側に隣接している国が、数年前に新たに建国された比較的好戦的な国家、その名も『ビーフシチュー王国』なのです」

「美味しそうな名前だね」

(わたくし)もそう思います。牛の肉で作った、とろとろのスープでございますね」

「この世界にも牛はいるんだねぇ」

 俺は、いちいちツッコミを入れるのも()()かと思ってやめておいた。


「つまり、そのビーフシチュー王国に狙われている。それがこの国が直面している危機ってこと?」

「左様です。当面の危機は、ビーフシチューからの侵略の可能性ですな。ソボロデンブ様がいなくなる直前、ビーフシチュー軍が国境近くで軍事演習をして、緊張が高まった事件がございました」

 おぉ……、異世界転生らしからぬ、嫌なリアルさだぜ……。


「そうなのか、実際にそんなことが……。なぁもしかしなくてもさ、ソボロデンブがいなくなった今、その危機に対する抑止力が減ってしまっているんじゃないか?俺は政治にも国防にも明るくないし、もちろん外交にも自信がない」


「ですな。しかしソボロデンブ様曰く、此度の退(しりぞ)きは必要不可欠なことであるとのこと。どうしても避けられないと。こうなってしまったからには、恐れながら陛下には、急ぎ色々なことを学んでいただきたいと存じます」

「ソボロデンブは死んじゃったの?」

「いえ、それはわかりかねますな」

「ううむ。そんな状況で俺が国王か」

 そんな大役が俺に務まるのだろうか。状況的にはやるしか無いのはわかっているが……。


「まぁまぁ陛下。そこまで気負わないでくだされ!かのソボロデンブ様も、内政はこのまさひこに任せっきりな節がございましたからな!陛下も、急ぎとは言え、できることから着実に一歩ずつ歩みましょう!」

「ありがとう、まーくん」


「まず第一歩として、そちらのチョムチュルでも召し上がってくださいませ」

「あ、この串カツみたいなやつが『チョムチュル』だったのか!頂くよ!揚げ物に、シェフの気まぐれも何もなくないか?」


 横を見ると、トワリがまるで妊婦のように両手でお腹を(さす)りながら、椅子に浅く腰掛け、満足そうに天井を仰いでいた。

 

 ◆◇◆ 


「おおお!これがピスタチオ王国!!」

 眼下に広がるのは城下町の景色。俺はピスタチオ宮殿のバルコニーに立っていた。

 美しい……っ!


 レンガ造りだろうか、たくさんの家々が連なっている。ピスタチオ王国という名に似合う、緑やベージュの屋根壁が多い気がする。かなり遠くには高い城壁が見え、城壁の向こうに更に広い土地が広がっている。自然が豊かだ。正面は東の方角。つまりビーフシチュー王国のある方向だ。城の背後には高い山。これがさっき、まーくんが話していた山か。


「ええ。この国の最高峰。天鳥山(てんちょうざん)にございます」

 全体的に和洋のネーミングがごちゃごちゃなのにも、もう慣れてきた。人というのは、こうやって知らないことにも慣れていってしまうのだろうな。


「陛下っ!よろしければご一緒に、食後のお散歩でもいかがでしょうか!」

 食欲を満たしたから少し歩きたいのだろう。まるで散歩をねだる犬のようだ。もちろんトワリのことだ。

「そうだね。確かにこの王宮の外を見てみたいな」

「それでは、私がご案内しましょう。すぐに支度をいたします」

まーくんの案内があれば、きっとたくさん蘊蓄(うんちく)が聞けることだろう。楽しみだ。


◆◇◆


 この後、俺はしばらくの間、ピスタチオ王国を案内してもらった。


 一番に感じたのは、驚く程に治安が良さそうだということだ。例えるならば、昭和の地元の商店街か。みんなが顔見知りで、お互いに声を掛け合う、人情に溢れた懐かしい雰囲気があった。


 歩いている途中で、魚屋のおやじが話しかけてきた。

「あい!いらっしゃい!!今日は『シンラ』の良い奴が入荷(はい)ってるよ!って、あんた、その右腕……。まさか国王様かい!?」

「あ、はい。はじめまして。新しい触手チンチン丸です」


「ッカーーーー!!!ついに来たんですかい!!噂の『転生』ってやつですね!!こうしちゃいらんねえよ、おい、お前!一番高級な魚持ってこい!!お祝いだよ、お祝い!!王様に差し上げよう!」

 店主の親父は奥さんに指示をしていた。

「え!?待ってください!そんな、悪いですよ!」

「何言ってんですか王様!普段王宮には、大して高くないしょーもな……普通の魚ばっか納品してんですから、こんな時くらい良くさせてくださいよ!」

 今「しょーもない魚」って言いかけてたな……。

「そう言うなら、お言葉に甘えて」

「この国の王は、触手チンチン丸様にしか務まらねえって相場が決まってますから!期待してますよぉ!」 


 こんな感じのやりとりが繰り返され、市場を通り抜ける頃には、3人とも両手いっぱいのお土産を頂いてしまった。特に俺の右手の触手は力持ちなので、2人よりもたくさん荷物を持った。

「おぉ……こんなにたくさん……」

「帰ったら、()()()()()()から処理をして、美味しくいただきましょう。家臣達に作らせますので」

「ありがとう、頼むよまーくん」


 しかし、なんて暖かい人たちなんだろうか。それ故に、国王が守るものが何なのか、そしてそれを守るその責任の重さを、痛いほどに思い知らされた。

 まだ信じられないし、実感も足りていない。足りていないながらも、ひとつの小さな気持ちが芽生え始めていた。

「トワリ、まーくん。俺なんかの力でどこまでやれるかわかんないけどさ。俺、この国と、この国の人達を守りたいかも」

 トワリが優しい笑顔で返した。

「お土産をいっぱいもらいましたもんね……」

「違う!!!トワリ!!違う!!!断じてお土産をたくさんもらったからそう思ったんじゃないから!!」

 俺は笑いながらトワリに言った。


 今日は良いことばかりじゃないか。ほらな?俺はそれ程、運が悪いわけじゃないんだ。バナナを踏んで死んだのも、トワリに殺されかけたのも今日だけど。


 恐らく明日から、猛勉強と猛特訓が始まるのだろう。だが、一度死んで生き返らせてもらった身なのだ。せっかくならこの命を有効活用しようじゃあないか。この国のために、死ぬ気で尽くしてみる人生も悪くないだろうと、そう思った。


 ◆◇◆

 

 果ての森で声がする。

 予言の魔女の声がする。

 

 果ての森で声がする。

 炎の魔女の声がする。

 

 果ての森で声がする。

 こっちへおいでと声がする。

 

「キャハハッ!チンチン丸ちゃんってば、お土産いっぱいもらえて良かったわねー!さぁ。明日あなたたちがこの森に来るのは確定事項なのよ。早く会いに行っらっしゃい☆ このミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュに!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ