第3話 ピスタチオ王国
「ねぇねぇ、知恵、見てみて! アレ、新しい触手チンチン丸じゃね?」
「ホントだーウケるー。ちっさー。あー、前のおじさんがデカすぎなのかー」
「それじゃんwww 大草原不可避丸なんだけどwww」
「不可避丸www それなーwww」
みなさんおわかりだろうか。俺は今、まーくんとトワリに案内されて歩いているところなのだが、ここは王宮の廊下なのである。
この世界の倫理観はどうなっているのだろう。どうして宮殿の中心部にギャルがいて、国王である俺が、クスクス笑われながら指差されなければならないのか。転校生か俺は? 大草原不可避丸って、ちょっと前に現世で流行った言葉みたいじゃんか?
「あのー、今のギャル2人は?」
「国民でございます、陛下」
まーくんが答えた。
「国民? 侍女とか従者じゃなくて??」
「ええ。一部の部屋を除き、王宮は常に国民に開放しておりますから」
「セキュリティどうなってんの! 平和すぎだろこの国! どの辺が危機なんだよ! っていうか解放してるにしても、たぶんあの子たち王宮に用ないだろ!!」
「まあまあ、陛下。おツッコミはその辺りにされて。詳しいお話は是非、食卓にて」
なるほど。この国には「ツッコミ」という概念はあるんだね……またひとつ勉強になったよ……
◆◇◆
食堂は、やはり映画で見たことがあるような広い空間で、白いテーブルクロスのかけられた長テーブルが、部屋の奥まで連なって並べられていた。机の上には花瓶やお皿、そして既にいくつかの温かい料理が置かれている。
俺は流石に最上座のお誕生日席に座らせてもらえた。
王様専用の椅子に見えるが、なんかガタガタする気がする。俺が座る椅子は、現世の頃からいつもほぼそんな感じだったから良いんだけど。
「陛下、お料理はご自分で自由にとって食べる形式でございます。あちらのカウンターにも並べられていますので、いつでもおかわりをなさってください」
「王宮の食事、ビュッフェなんだ……」
コース料理とかじゃないんだね。
やはりこの国の文化には、元の世界と酷似している部分と、元の世界の常識で考えるとちょっとおかしな部分があるようだ。それって、俺にとってすごく厄介なのではないだろうか。
周りを見回してみた。改めて見ると、何やら、ひらがな、カタカナ、漢字にそっくりな文字が書かれていることに気がついた。
本日の日替わり。シェフの気まぐれチョムチュル――
「嘘だろ? まーくん、俺……この世界の文字が読めるぞ!」
チョムチュルが何かはわからないが、部屋中の他の文字も、固有名詞などを除き、ほぼ意味の乖離なく、違和感無しに読めているように感じる。
元の世界の文字とは、ほんの少しだけ形が違うが、画数が1つ足りないとかそのレベルの差だ。
ここまで読めると、感覚的にではあるが、文法やニュアンスもかなり掴めているような気がしている。だって、テーブルの上のソースの入れ物の横に「二度づけ禁止」って書いたシール(紙)が貼ってあるんだもん。
「おお、左様でございますか。
それぞれ、曲線の多い文字が『まな』、直線の多い文字が『カナ』、大昔に外国から伝わった複雑な文字が『伝仮名』といいます。
私めも何分、転生してきた方にお仕えするのは初めてでよく分かりませぬが、転生後の世界でも、言葉が通じて文字も読めてしまうなんてことがあるのですなぁ」
「あるんだなぁ。まなカナ伝仮名ねぇ」
ちなみに先程からトワリの声が聞こえなかったのだが、横を見ると、彼女はすでに俺より先に席についていて、当然のように俺より先に料理をバクバク食べ始めていた。もう既に何枚か食べ終わった皿が重なっている。
――俺は気にしないことにした。
働いてくれている他の家臣たちはと言えば、俺が転生したことをかなり喜んでくれているようで、みんながみんな嬉しそうに手を振ってくれた。でも、気を遣ってくれているのか、近づいてくることはなかった。
俺は、目の前に置かれた料理を、国王自ら、不慣れな触手の右手を意外と器用に使って皿に盛りながら、まーくんへの質問を考えていた。
「まーくん。順番に聞いていきたいんだが、いいかな?」
「もちろんです」
転生したての俺には、聞きたいことが山程あった。
「まずは『触手チンチン丸』という名前からだ。『触手』についてはちょっとだけわかった。こいつは国王の象徴? みたいな感じなのかな?
だけど何で、こう……『おちんちん』的な言葉がついているんだ?」
俺が言葉を放った瞬間、それを聞いたまーくんの眉がピクリと上がり、バッと俺の顔を見た。
と同時に、トワリが椅子から転げ落ちて、その場にガタンと倒れたのが聞こえた。あれ、もしかして俺、なにかやっちゃいました?
「へ、へへ、陛下! い、いい、いけません! そそそんな、は、はしたないお言葉を発しては……! し、しかも、お、お食事中なのに……///」
トワリが顔をりんごのように真っ赤にして、両手で鼻と口を覆いながらこちらを見ていた。
「陛下、実はカナ表記の『チンチン』という言葉には『誇り高き王』、転じて『栄華を誇る王国』、そして『最高の戦士』などの素晴らしい意味があるのです。
しかし、これをまな表記にして『お』をつけてしまうと、とてつもなく卑猥な意味になってしまうんですな。この国で最も卑猥な言葉でございます」
「なんでだよっ!! そんなの言語側の欠陥だろ……! ごめん、以降気をつけるよ、まーくん、トワリ」
「い、いえ、ご、ご存知なかったのですから、し、仕方ありませんっ……///」
トワリは椅子を戻して息を整えると、また美味しそうに料理を食べ始めた。
「しかし『チンチン』にそんなすごい意味があるなんてなぁ」
「触手チンチン丸」という言葉が、一気に高貴なものに聞こえてくるから不思議だ。
とは言え前世の感覚からすれば、「触手」は「触手」だし、「チンチン」は「チンチン」なのだ。この名前に対する抵抗感が消え去ったわけではない。この国で一番卑猥な言葉とも隣り合わせだしな……
俺はローストビーフみたいな食べ物に手を付けながら、次の質問をした。
「じゃあ本題だ、まーくん。この国の危機とは何か。俺に教えてくれ」
まーくんの顔つきが少し変わり、彼は席につくと、俺の方に椅子ごとしっかりと向き直した。
テーブルの上に右肘を置いている感じが、執事にしてはちょっと偉そうだった。




