第2話 アンラッキーチェイン(2)
「ふぅ……トワリ。これは俺の勝ちでいいかな?」
「陛下……ズルいです」
床に倒れた俺は、右手の触手で彼女のドスを持ち上げながら言った。
シャンデリアが落ちてくる瞬間、それを察知したトワリの判断は早かった。
俺の安全を優先し、ドスから手を放したのだ。
そして、俺を抱きかかえて、シャンデリアの破片の落ちてこない安全な部屋の隅まで飛び退いてくれた。
絢爛なシャンデリアの破片はバラバラになり、部屋中にガラスや金属の欠片が撒き散らされてしまった。
あの下にいたままでは、潰されて死んでいたに違いない。仮にシャンデリアそのものに当たらなかったとしても、軽傷では済まなかっただろう。
俺たちは倒れたまま会話をする。
「家宝の『エターナルドス』を手放してしまうなんて、不覚です」
「俺を守ってくれたんだよね。危うく下敷きになっていたかも。どうもありがとう」
「それが私の務めですので」
うんうん。でも、そもそもこの『エターナルドス』で俺を殺そうとしていたのは君だけどね。
――――『エターナルドス』って、何????
「はい!! そこまでえええっ!!!」
叫んだのはまーくんだった。その声を聞き、俺を抱えて横たわっていたトワリが立ち上がった。
「素晴らしい対処でございました、陛下。トワリも、もう良いですな?」
まーくんがゆっくりと拍手をしている。
「もちろんです! 充分です、陛下! 一体どうやったのですか! 直前までシャンデリアにおかしなところは何一つありませんでした! 何が起こったのでしょうか! 意図して落としたのですか?? このタイミングでこんなこと、普通起こるはずがありません!!」
どうやらトワリは、興奮すると口数が増えるタイプのようだ。
俺はトワリにドスを返しながら言った。
「意図というか……たぶんこいつの能力……なのかな?」
右手の触手を上に挙げてみせた。相変わらず、俺が意識して動かしていないときでも、微妙にくにゃくにゃと動いている。
「――俺さ。実は前の世界でみんなから『運が悪すぎる』なんて言われていたんだけど、ひょっとすると今のは、その『不運』をわざと引き起こすとか、もしくは相手になすりつける……みたいな能力なのかな?
まだシャンデリアがたまたま落ちてきただけかもだし、何とも言えないけど」
「ふむ。その『王家の右腕』の触手は、国王様御本人の性格や性質によって、発現する能力が異なると伝わっております。陛下の場合、その『不運』に関連する能力が発現した可能性は大いにありますな」
ううむ。俺自身は自分のことを「運が悪い」なんて思っていないから複雑な気分だ。
「そんなに運がお悪かったのですか?」
トワリが無邪気に聞いてきた。
「いや……まぁ。例えば――犬の糞を踏んでしまった直後に、大抵肩に鳥の糞も落ちてくるとか。
白い服を着ている日によく、喫茶店で左隣の人にコーヒーを零され、その後右隣の人にもカレーを零されるとか。
食べたいと思って遠出して訪れたレストランは普通臨時休業だし、試験とかの大事な日の公共の乗り物は、ほぼ遅れるか欠便になるね。
何回か引っ越しをしてるんだけど、家に雷が落ちたことが5回、水道管破裂が5回、外部起因の火事が2回あったかな」
「おぉふ……それは――」
2人は王の側近らしからぬ声を上げた。そんな反応してくれるなよ! 今まで俺は健康に生きてきたんだぞ? 今回の霊柩車の件以外はね。
「ということは、不運の連鎖ですね、陛下」
「他の人から見たらそうなのかもね」
「では、能力の名前は『連鎖する不運』が良いですね! ね! 陛下!」
トワリが目をキラッキラさせながらこちらを見てくる。満面の笑みである。「良い名前思いついちゃった」と言わんばかりの顔だ。俺は、それ以上否定する術を持たなかった。
「うん、そ、そうだね」
「アンラッキーチェイン」か…… 俺、またはこの触手に、本当にそんな能力があると仮定して、果たしてその力を使ってどんなことができるのだろう。果たしてそれは国王に相応しい能力か?
「あ! そうだった。なぁ、2人とも! この国の危機って一体何なんだ?? それに『触手チンチン丸』って一体――」
ちょうど俺が質問をしようとした時だった。
「ぐうぅ〜〜」
おいおいおい。なんてベタなんだ。これはお腹の音じゃないか。確かにこの世界に来てから、俺はまだ何も食べていない。死んで、転生して、バトルまでしたら、そりゃ腹も減るよな。全く恥ずかしいぜ。と、思ったのだが――
「ぐううぅぅ〜〜……」
音源はトワリだった。俺じゃなかった。
「陛下。お腹が空きました」
なるほど。メイド兼ボディガードが、国王に向かって真顔で「お腹が空きました」とは。きっと俺が元いた世界とは、文化や作法が異なるのだろう。まずはこの世界に少しでも早く慣れる必要がありそうだ。と、そう思った。
「よし、まーくん。食事を頂いてもいいかな!」
「もちろんでございます。それではすぐに、食卓へとご案内いたしましょう」
俺たち3人は、玉座の間から食堂へと移動するのだった。
なお——トワリはこの後、隅っこでまーくんにこっぴどく叱られていた。




