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第17話 潜入せよ、ビーフシチュー王国 〜マシュマロと警鐘〜(2)

「まーくん奪還作戦を開始する!!」

 

 ――と、意気込んだは良いものの、ビーフシチュー王国への潜入は、非常に簡単な仕事であった。

 俺たちは何の困難もなしに、国境を越えて歩いている。逆に罠なんじゃないかと思わされるほどだ。


「……誰もいないのか? 拍子抜けなんだが」

 

 国境の山の山頂に出た俺たちが見下ろした先にあったのは、ビーフシチュー王国の赤茶けた岩肌。そして、ヒューヒューと鳴る乾いた風の音だけだった。人っ子一人いない。

 

「そうね。このあたりはソボロデンブちゃんの強力な障壁が張られているから、地上からの侵入は不可能。両国とも関所以外に兵を置くなんて無駄なことはしないわ。特にうちの国は今、人口がスカスカなんだから」

 ミシュリーが、崖の下に広がる赤土の大地を見下ろしながら淡々と言う。

 

「それに見て、中腹の崖。あの絶壁を軍隊が越えてくるなんて、上田も思っていないはずなのよ。出入りできるとしたら、ミシュリーのようによっぽど手練れの魔法使い――あるいは、あんな穴を掘って往復するような、執念深い変態だけね」

 

 確かに俺たちの眼下には、人間が歩いて進めるような道はなかった。

 あるのは垂直に切り立った崖と、その先に広がる、岩だらけで不気味な赤い荒野のみ。

 

 本来ならここで詰みだが、俺たちには「空飛ぶ丸太」がある。


「陛下。本当に進むのですね?」

 トワリが最終確認をしてきた。

「あぁ。まーくんを助けに行けるのは、今しかない。見つからなければ良い話だ。

 そのために俺の『不運』が必要になるっていう、そんな気がするんだよね」

 俺は「王家の右腕」を見た。触手は、この状況に興味がないかのように、うねうねと微動している。

 

「ここからは見つかったら即終了の空中散歩よ。上田の監視網に引っかからないよう、見つかりにくいように魔法をかけつつ、一気にビーフシチュー城を目指すわ」

 俺は再び、あの忌まわしき丸太に跨った。

 内腿の痛みはまだ引いていない。だが、生身で崖から飛び降りるよりはましだ。


「ミシュリー。私たちは、魔法でどの程度見えなくなるのでしょうか?」

「うーん……せいぜいカメレオンくらいね……」

「……あんまり信頼しすぎない方が良さそうだな」

「じゃあ、行くのよ」

 ミシュリーがくいっと指を動かすと、丸太は前方へと進みだした。

 


 ◆◇◆

 


 さらにしばらくの間、丸太は誰に見つかることもなく、恐ろしく順調に航行していた。


 ミシュリーによる不可視魔法も機能しており、ようやく眼下に見え始めたビーフシチュー王国民たちにも、空飛ぶ丸太が見つかっている様子はない。


「作戦成功しすぎじゃないか……?」

「うーん……とても嫌な予感はするけど、見つかっていないのは良いことなのよ……このままオーロラの光を追いかけましょう」

 

 その間もトワリは、ずっと警戒を解いていない。物凄い体力と集中力だ。

 もしかしたらトワリがいつも爆食しているのは、こういう時のためのエネルギーを溜めてくれているのかもしれない……と一瞬思ったが、トワリの食事の時の満面の笑み顔を思い出して、考えるのをやめた。


 ちょうどその頃だった――

 

 ふと下を見ると、俺たちの目の前の川沿いに、不自然に大きな看板が立てられているのが目に入った。

 そこには何やら、空からでも見えるくらい、大きな文字が書かれていた。


『俺ノ言葉ニ触レタモノ。無力、無能ノ、無抵抗』


「なんだあの気持ち悪い看板……手書きか? どういう意味だ?」

 ただの看板なのに、逆に向こうから見られているみたいな不気味さを感じる。

 

 そのタイミングで、ミシュリーの丸太が少しスピードダウンしていくのがわかった。

 

「……? ミシュリー、なぜ減速するのですか?」

「え? 減速なんてしてないのよ……? ……あれ?」


 ミシュリーの言葉に反して、丸太はぐんぐん減速していく。


「故障か?」

「そんな、機械じゃないんだから……え、なんで……?」


 丸太の減速は止まらない。

 自動車並……自転車並み、徒歩並み、そしてついに――


「おい、ミシュリー、止まったぜ……」

「ひょっとして、まずいのではないでしょうか」

「うん、まずいのよ……」


 完全に停止した丸太――

  

 あろうことか、俺たちの乗る丸太は、

 そこから垂直になり、自由落下をし始めた。


「う、うわああああああ!!!」


 魔法が切れてしまった丸太。

 この高さだ……このまま落ちれば俺たちは確実に……


王家の右腕(ベール)!! なんとかしろ!!!」

「ミシュリー……! 魔法をっ……!」

「もうやってるのよ!!」


 地面に落ちるまで、10秒もない……


 地面はもう目の前。

 ミシュリーの「捕まって!!」という叫びがかろうじて響いた。


 気づいた頃には――

 

 どっぶううううううんっ!


 俺たち3人は、溶けかけの茶色いマシュマロみたいに変質した地面の中に、深く飛び込んでいた。


「…………ぷあっ!! ああ、死んだと思った!!」

 ずいぶん深くまで潜った後、ようやく地上に浮かび上がってきた。

 茶色いベトベトが服に纏わりついて、気持ち悪い。

「はぁ、はぁ、なんとか間に合ったわ……地面の変質と身体強化……」

「ありがとうミシュリー、おかげで助かったよ。くそっ、俺は何もできなかった……」


「落ちる時にほんの僅かに感じた魔力……ミシュリーが国書を読んだ時に感じたのと同じものだわ……」

「やっぱりあの看板だ……俺たちはもう、上田の手のひらの上ってことかよ……?」

 俺とミシュリーはなんとか、ぐにゅぐにゅのマシュマロプールのような地面から這い上がった。


 だがその時すでに、トワリだけはマシュマロプールの外に出ていて、俺たちに背を向けて立っていた。

 

「トワリ……?」


 立ち尽くすトワリの、その視線の先――


「あ……」


 そこには、短い槍を持った一人の少年が立っていた。

 

(み、見つかった――! ビーフシチュー王国民か……っ!?)


 少年は口を大きく開けて、俺たち3人を見ていた。


 そして彼は、何かを思い出して後ろに振り返り、一目散に走りながらこう叫んだ。


「ピスタチオのスパイが来たぞーーー!!!」

 

 少年の叫び声にすぐに呼応して、奥にある集落で、大きな音を立てて甲高い警鐘が周り中に鳴り響く。

 それを合図に、集落から何人もの大人の男たちの声が上がった。

  

「おいおいおい、ミシュリー……」

「最悪の最悪……最低の最低なのよ……」


 トワリが呟いた。

「コトブキ様――戦闘になるお覚悟を――」


 トワリは胸に隠したドスに指をかける。

 隠れる暇も、逃げる場所もない――


 声の大群は、だんだんこちらに近づいてくる。

 

 作戦は失敗――


 俺たちに残された選択肢はただ一つ――強行突破のみとなってしまった。


 

  

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