第14話 まーくんが攫われちゃった! 〜果ての魔女の忠義〜(2)
「教えてくれないか、ミシュリー。
お前とまーくん、一体俺に、何を隠してる――?」
果ての森の入り口で、俺たちは立ち尽くしていた。
ミシュリーだけが、ピクリとも動かない。
トワリだけはキョロキョロと俺たちを見ていたが、この状況では自分から話し始めはしなかった。
このまま誰も喋らないのではないかと思ったところで、はじめに口を開いたのはミシュリーだった。
「ピューピューピュー♪ミ、ミシュリーが、コトブキちゃんに、隠し事なんてするわけないじゃないの……」
……下手くそか。
しかし、不思議と怒りは湧いてこなかった。
この期に及んで話さないのにはきっと何か――――
次に、俺が口を開いた。
「ミシュリー、俺はさ。この世界に来たばかりだ。
まだまだ未熟な上、正式な戴冠式も行っていない。
――とは言え、仮にもこの国の国王になってしまったんだ。君にも俺なりの覚悟を伝えたし、紛いなりにも、王になるって決めたんだ。
2人の側近と同じくらい、いや、それ以上に時を共にしている果ての魔女様が俺に隠し事をしているとしたら、国王として看過するわけにはいかない。
もしそれを見過ごすなら、それこそが俺自身の、国家に対する不義だ」
俺は静かにミシュリーに尋ねる。
ミシュリーはショックを受けたように大きく目を見開いてから、また黙った。
彼女は俺の目を見る。
――なんて顔をするのだろう。
何かを言いたげで、泣きそうで、辛そうで。
それでも、その奥には揺らがない芯があった。
彼女はまたしばらく目線を落として黙った。
そして、何度か呼吸を整えると一度唇を噛み、何かを決心したように、改めて俺に向き直った。
するとミシュリーは、なんとその場に左膝をついた。
右膝を立てて跪き、右手をその膝の上へ。
左手は自分の胸に当てて、そのまま目線を伏せて話し始めた。
「コトブキ様……いえ、触手チンチン丸陛下――
このミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュ。
陛下をお謀り申し上げるために、このような態度をとっているわけではございません」
彼女は一度、言葉を区切る。
今までの飄々としたミシュリーの姿からは見られない。真剣な態度だ。
「しかしながら……どうあっても、現時点では、陛下にお伝え申し上げることが叶わぬ事柄が、確かに存在いたします……」
逃げでも、曖昧でもない。
震えた声を絞り出して紡いでいるのに、真っ直ぐな言葉だった。
「どうか……。どうか、このミシュリーめの言葉を信じてくださいませ。
このミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュ。
『私』の命と、この国の未来に誓って、先程の言葉に一切の偽りがないと、ここにお誓い申し上げます……」
彼女は俺の前で、初めて「私」という一人称を使った。
「――顔を上げてくれミシュリー」
彼女はまた、改めて俺の目を見つめた。
彼女の瞳は濡れていた。
「ミシュリー。俺とトワリは、君の――いや、君たちの言葉を、全面的に信じて良いんだね?」
「ミシュリーが――陛下やトワリに悪いことをしたことがございましたか?」
彼女は俺の目の奥をしかと見た後に、ゆっくりと、微笑しながら言った。
「いっぱいあったよ」
「ふふ。申し訳ございません」
結局――ミシュリーとまーくんが、俺に何を伝えられないのかは、何ひとつ、わからずじまいだ。
だけど、俺は彼女たちを信じることに決めた。
たぶんだけど、俺がピスタチオ王国の偉大な王になるためには必要なことなのだろうと、そう感じさせられたからだ。
ミシュリーの言葉には、それだけの重さがあった。
ここで、トワリが喋り始めた。
「何でも良いのですが、早くこの魔粒子の痕跡を調べませんか??」
「…………え!?うええ!!?い、今、何でもいいって言った!??トワリさん??今の話聞いてた!?」
トワリは口を尖らせながら話す。
「はい。だって、ミシュリーがこの国に真摯に仕えているのは当然のことですので。……でなければ、とっくに過去のトワリに斬られています」
俺とミシュリーは、顔を見合わせた。
そしてお互いに苦笑いをした後、トワリの純粋さに感謝しながら、調査を再開した。
◆◇◆
「――とは言えミシュリー、ここからまだ何かわかるもんなのか?その……デイ?とかいう人の魔法かどうかを特定できるとか?」
「そうね……幸い魔粒子の残り香が残っているから……。ちょっと疲れるのだけど、今日は特別な魔法をお見せするのよ」
ミシュリーは、ポケットからいつもの杖を取り出した。
「いい? 道がないなら、自分で作ればいいのよ!」
ミシュリーが杖を振るう。
すると、地面に淀んでいた泥茶色の魔粒子が、彼女の魔力に弾かれるようにして空へと舞い上がった。
汚い色だったはずなのに、ミシュリーの魔力と混ざり合った瞬間、まるで夜空を流れるオーロラのような、歪な輝きを放ちながら、東の空へと伸びていった。
「ウィジオ……インビジブル……セクーティオ……ヴェルフォルグング……」
ミシュリーは色々な単語を連呼し続ける。
……改めて、この国の言語はどうなってるのか知りたくなってきた。今度、ゆっくり教えてもらおう。
「コトブキ様!ぼやぼやしていると、置いていかれてしまいます!」
「ん?置いてかれるって?」
先ほどのオーロラのような光の塊は、目を離した隙に、東の方にビュンビュン飛んでしまっていた。
「おお!??待って待って!!速すぎじゃない!?」
トワリはすでに丸太に跨っている。
ミシュリーも呪文を唱えながら、腰掛けるところだ。
俺も急いでそれに倣った。
「また、丸太で移動かよ!この後、一体どうなるん……おわあっ!!」
オーロラのような光に追いつくため、ミシュリーの丸太は、激しいジェットコースターの如く、急発進した。
◆◇◆
ビーフシチュー王国――。
レモンスカッシュ大陸の西側、ピスタチオ王国の東隣のこの国は、六角形のような形をしており、さらに内陸側とは4つの国と面している。
国内外との争いの絶えないこの国を、数年前に実力でまとめ上げたのが、現国王――上田テッペイである。
「いやー、さすが上田さん!よっ!闇の帝王!」
ナラハラが減らず口を叩いている。
「俺の仕事は、半分以上が闇の仕事だからねえ。ちなみに不動産は2割な。
しっかし……まさか魔女じゃなくて、お前さんが引っかかるとは予想してなかったよ。
なあ?まーくん?」
ビーフシチュー城、地下牢獄。
ピスタチオ王国始まって以来の有能執事は、なすすべもなく彼らに捉えられ、壁に両手を吊るされて座っていた。
「さすが、きよっちゃんの転移魔法と、高速の拘束魔法の組み合わせよ。罠にも使えるなんて、ものすごい便利じゃないのぉ」
「きよっちゃん?あぁ、デイのことですねー」
まーくんは、嗄れた声を発した。
「このまさひこを捕らえたところで、何の足しにもなりませんぞ……」
「いやいや、なるんだなぁこれが」
上田は、まーくんの顎に手をやり、顔を上げさせた。
「お前さんの弱点は、自分の価値を知らなすぎることだ。特に今回は『餌』にもなる。最高だよ本当に」
上田は振り返り、牢獄を後にする。
「おい、楢原。三賢者を集めろ。俺の読みが正しければ、もうすぐこの国に、ソボロデンブじゃないピスタチオ王がやってくるぞ」
上田は、そのまま足音を響かせて去っていった。後を追うナラハラの足取りは、まるで遠足を控えた子供のように軽やかで、それがかえって不気味な静寂を際立たせる。
一人残されたまーくんは、赤錆びた鎖に吊るされたまま、重く目を閉じた。
(陛下――どうか、来ないでいただきたい。上田の能力は危険すぎる……。
このままでは――「赤の予言」まで実現してしまう……っ!!)




