第10話 誰がために「嘘」は鳴る 〜王様は今日も元気です〜(2)
ピスタチオ王宮、玉座の間。
目の前にいるのは、単身で乗り込んできたビーフシチュー王国の外交官、ゴージャス☆ナラハラ。
俺の身体は、先代(?)国王、ソボロデンブの容姿になりきっていて、その国王ボイスは、椅子の後ろに隠れているまーくんが出していた。
ここまではいい。作戦通りだ。
問題は、ナラハラから俺に渡された親書を、まーくんが読めないという点だ。
俺が現世で読んでいた漫画でも、物陰に隠れて声だけ出す探偵役がいた。思い出せ――彼は手紙を渡された場合、どうしていた――?
……そうか。わかったぞ。
予め俺にもソボロデンブボイスの魔法をかけてもらっておいて、本当に良かった。
俺はミシュリーに「俺が喋る」と言う風に目配せをした。
ミシュリーはまーくんに小さく合図をする。
その様子から、まーくんも合図に気づいたと思われる。
「ふむ。ミシュリー、内容を読み上げてくれるかのう。最近、老眼が酷くてな」
そう――
ナラハラが持ってくるから、つい俺が直接受け取ってしまったが、本来、俺がもらうべきではなかった。トワリが全てを観察してくれているとはいえ、そもそも国王が直で物を受け取ったら危ないしね。
これもまーくん不在の弊害だ。自分もまーくんも動けないなら、代わりに動ける人間に読んでもらうしかない。
ミシュリーはトコトコ俺に近づいてきて、手紙を恭しく受け取り、元の位置に戻って読み上げの準備をした。
「あら! あなた、果ての魔女さんじゃないですか! 凄い! 初めてお目にかかりました!
いやー、是非僕の魔法の師匠になってほしいなって感じ? みたいな?
あらあらっ。そう言えばさっきからまーくんの姿が見えないですね。どうしたのかしら。風邪でも引いたのかな??」
ミシュリーはナラハラの挑発的、且つ、核心に迫る言葉を無視して、手紙の内容を読もうとする。
「えー。では、読み上げるのよ……じゃなくて――これより拝読申し上げます」
彼女は、紙を広げた。
しかし――
「………………??」
中の文字を見たミシュリーは、物凄いしかめっ面で、口を半開きにしながら、そのまましばらくフリーズしてしまった。
何かあったのだろうか。
あの顔は、少なくとも2つ以上の不満や違和感を抱いている顔だ。左右の眉毛の角度差がやばい。
「…………し、失礼いたしました。……読み上げます」
――――――――――――――
拝啓
日没する処の国王
ピスタチオ王国 ソボロデンブ殿
貴国の平穏と、王のご健勝を、
遠き東より常に案じております。
さて、近年、我がビーフシチュー王国周辺では、
大陸情勢の不安定化に伴い、
魔力資源および人的資源の確保が、
各国共通の課題となっていると認識しております。
貴国が保有する良質な魔力資源、
ならびに、少数ながら精強と名高い兵の存在は、
我が国においても、かねてより高く評価されてきました。
つきましては、
両国の友好関係をより確かなものとすべく、
以下の協力について、ご一考いただければと存じます。
・魔力資源の一部融通
・有事における限定的な軍事協力
もっとも、
これらはあくまで“相互防衛”の観点からの提案に過ぎません。
貴国の内情や、
王ご自身のご判断に、異を唱える意図は一切ございません。
ただ――
王国とは、王の意思と在り方によって、
思いもよらぬ形で未来を選び取ってしまうもの。
仮に、
王が表に立てぬ事情があるのだとしても、
その選択が、国にとって最善であるならば、
それもまた一つの“統治”の形なのでしょう。
貴殿のご決断が、
両国にとって実りあるものとなることを願っております。
なお、
返書の形式や方法については、
貴国の慣習にお任せいたします。
敬具
日出づる処の国王
ビーフシチュー王国
上田 テッペイ
――――――――――――――
ミシュリーが読み終わった後、玉座の間にしばしの静寂が訪れた。
失言をする訳にはいかない状況とはいえ、この手紙はあまりに無礼である。とても不快な文章だ。
俺はこれそっくりの挨拶をした手紙を、現世の歴史の授業で習ったことがある。
当時俺が習ったのと違うところと言えば、この手紙を大国側が書いている点だ。ビーフシチュー王国は、ピスタチオに、上から圧力をかけに来ているのだ。
また、途中の文面。明らかに「王の不在」に言及している。
連中が、どうやってソボロデンブの不在に感づくことができたのか。
ナラハラが先ほど誤魔化したように、国境付近のピスタチオ国民が、敵国に噂を流したとは思えない。
なら、どこから漏れた?誰かが漏らした?あるいは、誰かに侵入された……?
そして何よりも、これは絶対に言葉に出してはいけないことなのだが――
「……なるほど。ビーフシチュー王国の国王は、上田テッペイというのか。
極めて面白い名前じゃのう」
瞬間、玉座の間に戦慄が走る。
ソボロデンブの声色で、俺の言葉が響き渡った。
「は……? 今、俺なんて言った……?」
「ん?? あれ、国王様、うちの国王の名前くらい、前から知ってるはずよね?? ん???」
ナラハラが喋る。当然の反応だ。
「コトブキちゃん……!!!」
今度はミシュリーが叫んだ。
しかし、叫ぶとすぐに、ミシュリーは右手で口を押さえた。
これも当然である。
「ソボロデンブなりきり作戦」の真っ最中なのだ。「コトブキ」という名は、今この場で絶対に言ってはいけない名だからだ。
ミシュリーは目を見開いて、左手に持つ上田からの手紙を睨みつけた――
(まずい……っ! この手紙――!!)
「ナラハラ様!! 一体何をなされたのです!!!」
今度は、まーくんがソボロデンブの声で叫びながら、玉座の裏から出てきてしまった。
こんなとこにいていいはずがないのに!
彼も、「しまった」という顔で混乱して立っている。
一番混乱しているのはナラハラだ。
「えっ?? えっ?? まーくん?? ソボロデンブさんの声?? は? 何?? え???」
この状況を彼女が黙って見ているはずがなかった。
トワリが胸元に手を入れたと思ったその刹那、彼女はナラハラの目の前に、まさに「瞬間移動」した。
瞳の赤くなったトワリの握るエターナルドスが、ナラハラの喉元に突きつけられている。
「我が国王に害なす者は、テロリストとみなし、排除します――」
まずい。トワリが冷静にキレている――
「やめろトワリ!! 外交問題だ!!! 退け!!!」
この時ミシュリーが、左手の手紙に、何やら魔法の呪文を唱えつつも、俺とまーくんに手をかざして、ソボロデンブの声を付与する魔法を解除した。
いや、そんなことはどうでもいい! トワリを止めないと!!!
「いえ、この国では王に仇なす者は、トワリが法となり裁くことを赦されています。陛下の命令と言えど、トワリの剣は止められません――」
トワリはドスを強く握りしめ、ナラハラの喉元の数ミリ手前で寸止めした状態を保っている。
「待って! 待ってください!! 僕ホントに何も知らないんですよっ!!! 殺さないで! マジで!!」
ナラハラが後退りをした。
すると、ナラハラの足元の大理石が何故か少し欠けており、彼はその窪みに躓き、尻餅をついてしまった。
そうか、一昨日のシャンデリア落下で床が割れたのだ。
「ひぃぃ! こ、こうなったら――」
「罪を償っていただきます――」
「待て!! トワリ!! まずい!!」
俺の声のせいか、トワリの刃は確かに止まっていた。だが、その指先に込められた力は、いつでも喉を裂けると語っていた。
俺は、トワリと、恐らく魔法を使おうとしていたナラハラを止めようとして立ち上がった。
その瞬間、粘土でできたソボロデンブの身体にヒビが入る。が、この状況、もはやそんなのは知ったことではない。
「王家の右腕!! 伸びろ!! 2人を止めるぞ!!!」
トワリがドスを振りかぶる。
ナラハラが右手をドスに向かってかざす。
俺は触手を前に突きだした。
王家の右腕」は一瞬でグングン伸びる!
一瞬でグングン膨らむ!!
一瞬でグングン広がる!!!
…………いやいやいやいや!! おかしい! 伸びすぎだ!!!
「うわぁぁ!! なんなんだよ!!」
右手の触手の伸びが止まらない!!
この異変にすぐに気づいたトワリとナラハラ、双方の手が止まる。
「ちょっと、お宅の国王様、なんなのさ!! その声! その触手!!! そのひび割れ!!!」
「陛下っ!!?」
「おい! ミミズ!! ふざけんな!! 暴れてる場合じゃねえ!! 鎮まれ!!!」
昨晩からやけに静かに黙っていた触手が、久々に俺の脳内に語りかけてきた。
(ガキ!! これは俺様の意志じゃねえ!!
糞がっ!!! 小癪な魔法を!!!)
「魔法だって!?」
「コトブキちゃん!! この手紙よ!! ミシュリーですら気づけなかった!! 文字に魔力が込められてる!!!」
「なんだって!!?」
俺がミシュリーと話している間に、右腕の触手はどんどん膨れ上がっていく……
そして、巨大になったそれは、ナラハラの目の前でピタッと停止した。
「ちょ!! やばい!!! 防御を!!」
ナラハラは、トワリにも攻撃魔法ではないことがわかるように宣言をして、右手を触手に向けてかざした。
しかし直後、
ナラハラの防御魔法の発動を待たずして――
(おえええええええええええっ!!!)
触手が、ヤツメウナギのような口を開き、そこから虹色の光を大量に吐き出したのだった。
「なんじゃこりゃあ!!!」
「陛下!!!」
トワリが、ナラハラの前から移動して、今度は、すっかり粘土がひび割れてしまっている俺の身体を支えに来てくれた。
「ありがとうトワリ! ナラハラを殺すな!!」
「し、しかし……」
「虹色……?? そんなバカな……っ! あ、あり得ないのよ……っ」
ミシュリーが光を見て呟く。
まーくんも険しい顔で見ている。
触手は10数秒の間、ナラハラに向かって虹の光を浴びせて、ようやく鎮まった。
「ナラハラは……?」
尻餅をつき、後ろに手をついて座っていた彼だが、虹の光の放出が止まった頃に、力無くバタンと床に倒れてしまった。
「き、気絶しています……」
「ど、どうなってんだ……? 俺の不運なのか……?」
ミシュリーが答える。
「たぶんちょっと違うのよ…… コトブキちゃんの意志による魔粒子の動きはなかった…… あったのは、この手紙と……その触手によるものよ」
「おいおい……」
右腕の触手は、何やらバツが悪そうな雰囲気を醸し出していた。
◆◇◆
「いやぁ〜、楽しみだねぇ。ナラハラときよっちゃんの帰りがさぁ」
「上田さん、そこ、わかりにくいっす。デイのこと『きよっちゃん』って呼ぶの、上田さんだけっすよ」
「良いんだよ! きよっちゃんは、きよっちゃんだろうが! そんなことはどうでもいいんだよ! バーグ師匠くん」
ビーフシチュー王宮の一室。
ビーフシチュー上田は、三賢者の一人の、ナカヤマ=バーグ師匠と会話をしていた。
「ほら、俺の能力って無敵じゃんかぁ?? 本来、嘘を嘘と見抜けるような人間でもさ。俺の能力は見抜けないのよぉ」
指先で、空中に見えない文字を書く。
「初見じゃ誰も理解できんだろうねえ。“なぜ喋ったか”を考える前に、もう喋ってるんだからねぇ」
ナカヤマ=バーグ師匠は眉をひそめる。
「……国王や、果ての魔女相手でも?」
「そうそうそう。魔力が強いならなおさらなのよぉ」
上田は、ぐはぐはと笑った。
楽しそうで、誇らしげで、そして致命的に腹黒い笑みだった。
「場が整えば、言葉は勝手に“正しい位置”に並ぶんだよ」
ひと呼吸置いて、ゆっくりと言う。
「式次第は、いつも俺が握ってる。俺はこの能力で成り上がったってわけよ」
ナカヤマ=バーグ師匠は、楽器の手入れをしながら上田を見ている。
上田は自慢するように言った。
「海砂利水魚の偽綸旨ってなぁ! ぐはっはっはっはっ!!!」
ビーフシチュー王宮に、上田の高らかな笑い声と、ナカヤマ=バーグ師匠の奏でる異国の楽器の音が鳴り響いていた――




