第11話 誰がために「嘘」は鳴る 〜王様は今日も元気です〜
ピスタチオ城の正門は通称「白の門」と呼ばれる。
城の外壁は、基本的に緑やベージュに塗られているが、門だけは真っ白。
場違いに白い、巨大な門が、何かを拒絶するかのようにそびえ立っている。
男は、真下からその門を見上げていた。
「城の門が、白の門ねー。なっるほどぉ。名前が先に立つタイプの門ってわけ?」
男は、周りをキョロキョロ見回しながら話し続ける。
「それにしても、城はピスタチオ色なのに、門は真っ白って、だいぶ思い切った配色ですよね?? デザイナーさん、絶対『ここは白で行きたいんです!』って譲らなかったタイプだ! きっと会議、荒れたんでしょうねー。わぁーやだやだ。ねー皆さん。白ってホント便利ですもんねー? 清潔で、正義で、200種類あって、都合が悪い時はとりあえず背景真っ白にしちゃって、『演出です』って言っとけば作画コスト減るし。まぁ僕を中に入れてくれるみたいなんで、城の門でも、白の門でも、どっちでもいいんですけどねー。一応、通す気があるみたいですしおすし、っつって。ね? 衛兵さんっ。ところで、王様元気??」
衛兵達の数名が、この長台詞にイライラしつつも、一瞬、ギクリと目を泳がせた。
もちろんしゃべり続けていたのは、ゴージャス☆ナラハラだ。黒い海賊帽を被り、紫色の服を着た、面長で丸眼鏡の胡散臭い男。
彼は馬を降り、ピスタチオ兵にその馬を預けると、「白の門」の前で綺麗なお辞儀をし、単身、ピスタチオ王宮の敷地内へと足を踏み入れた。
「もう昼かー、小腹すいたなー。ビーフシチュー王国から、お弁当にあずきアイスバーを持ってくればよかったなー」
ナラハラはお構いなしにしゃべり続けている。しかし、衛兵たちの立場では、誰一人としてナラハラにツッコミを入れることができない。彼はこう見えても、ビーフシチュー王国の要人なのだ。
――そこに、救世主がやってきた。
「いやいや、そんなことをしたら、ドロドロに溶けてしまいますぞ! せっかくの硬いアイスが台無しですな」
初老の救世主は、背筋をピンと伸ばしてナラハラに話しかける。
「ピスタチオ王国へようこそお越しくださいました。ゴージャス☆ナラハラ様」
まーくんだ。
漫才好きのまーくんが来てくれたおかげで、ナラハラが、ツッコミ不在の放し飼いのままにならずに済んだ。
「あら、まーくんじゃないのっ。お久しぶり! 元気だった?? ビーフシチュー王国の要人、ゴージャス☆ナラハラですぅ」
「あまり要人の方は、御自分のことを要人とは仰らないですな。さぁどうぞ。アンティシャンブルに御案内いたします」
「待合室って言いなさい!! フチュ語で言わないでよ! あたい、生まれも育ちもビーフシチューなんだから! フホンス人じゃなくってよ!!」
まーくんとナラハラの、ボケとツッコミの応酬が始まった。
◆◇◆
「ついに来るね、ミシュリー」
今朝も粘土の魔法をかけてもらい、すでにソボロデンブの姿になった俺は、玉座でナラハラを待っていた。
2日前。この世界にやって来た俺が、初めて目を覚ました場所。この場所こそが、ピスタチオ城の「謁見の間」だった。
…………え、俺、この世界まだ3日目なの??
「コトブキちゃん。ナラハラは酷いお喋りさんで、自分のペースに持っていくのが得意なのよ……あと、ちょっと気難しいところがあるわね。万が一、まーくんが対応できなくなってしまうような状況に備えて、コトブキちゃんにもソボロデンブちゃんボイスの魔法をかけておくわ。その時はよろしくね☆」
「そんな状況にならないことを祈るよ」
ミシュリーは、魔法をかけるために、濃紺のローブのポケットから杖を取り出した。
その間に、トワリも俺に話しかける。
「もし陛下に危険が及ぶ可能性がある場合、このトワリ、エターナルドスを抜きますのでご承知おきください」
「……それこそ、即戦争の最悪パターンだね。なんとしてもそうならないようにしないと」
「魔法をかけるわよ、コトブキちゃん! いいえ――触手チンチン丸、ソボロデンブちゃん」
ミシュリーの杖の先端から、俺に向かってキラキラと光が浴びせられる。その魔法で、俺の声帯がソボロデンブの声を出せる形に変わってゆく。
ちょうどその時、控室にナラハラを案内し終えたまーくんも、玉座の間へと戻ってきた。
「ナラハラが来ますぞ。ミシュリー殿、私の声に魔法を。私は玉座の背に隠れておりますので」
「首元を出して。今、かけるのよ」
「よしよし。くれぐれも頼むぞ、まーくんよ」
発した俺の声も、しっかりと、ソボロデンブの声へと変わっていた。
◆◇◆
——時が来た。
玉座の間の大きな扉が、左右にギギーッと開いた。
衛兵に案内されて、昨日の「青の予言」の通り、ビーフシチュー王国の要人は、玉座の間へと足を踏み入れた。
「はい、どーもー! ねぇー? なんやかんや言う取りますけどもー。ビーフシチュー王国からきますた、ゴージャス☆ナラハラと申しますですーー。ソボロデンブ陛下にお目にかかれて、誠に光栄でございますーー」
ナラハラは部屋に入るや否や、周りにペコペコ挨拶しながら、スタスタと触手チンチン丸の御前まで近づき、スッと跪いて挨拶をした。
礼儀はある。
だが、目だけは、値踏みをするようにこちらを見ている。何かを確かめようとしている様子が、あからさまに顔に出ている。
状況はまったく異なるとはいえ、トワリ、ミシュリーに引き続き、このおじさんにまで値踏みされなきゃいけないのか。
今のところ毎日誰かに試されてるんですけど。
「んん゛っ。いかにも。わしこそが、ピスタチオ王国国王、第13代触手チンチン丸。ソボロデンブである。面を上げよ」
うん。練習通りだ、まーくん。
俺は、玉座の後ろから発せられるまーくんの声に合わせて、白ひげまみれの口元を動かす。我ながら上手くできていると思う。
ゴージャス☆ナラハラが喋り始める。
「ありがとうございますー。ずっと下向いてると、肩がこっちゃってねー。ほらもう私、四十になるでしょ? 所謂シジュウカラで、全然肩が上まで上がらないんですよ」
「それを言うなら四十肩じゃな?」
淀みなく放たれたソボロデンブ(まーくん)のツッコミを聞いて、ナラハラは「おや?」という顔をして言った。
「あら、王様。お元気でいらっしゃいますね。ツッコミのキレが、以前にお目にかかった時と変わらないっていうか? ——いやね? しばらく王様の姿が不自然なほど見えないって、巷で評判だったもんですから!」
ソボロデンブ(まーくん)は答える。
「そりゃそうじゃろう。ピスタチオ城はお主らの国から50km程度離れておるからのう。見えたら、わしゃデイダラボッチかて。それに、そちらの国の治安が安定していなかったここ数年は、許可のない者は我が国には入国できなかったはずじゃ。尚更、わしの姿が見えるはずもない。それとも……お主の国の人間が、わが国に秘密裏に入り込んでいたりするのかの?」
ナラハラの眉毛がピクリと動いた。
「いやだなぁ、王様! そんなことあるわけないじゃないですかー! オホホホホホ! あ、そうそう。今日はね。お手紙を持ってきたの。ほらこれ。食いしん坊のメイドのヤギさん、読まずに食べちゃダメよ♡」
ナラハラは、少し離れて立っているトワリの方に向かって、わざとらしく言った。
しかしトワリは、この程度の挑発には応じない。
トワリは、ナラハラがこの部屋に入る数十秒前から、一瞬も集中を解かずに、この部屋の全てを観察している。
……ものすごいオーラだ。普段はあんな感じのトワリだが、こと要人警護において、彼女の右に出る者はいない。ナラハラが少しでも妙な動きをすれば、即座に彼に斬りかかれるだろう。
かと言ってナラハラも、そう簡単に御せる相手ではない。彼はこれでも、ビーフシチュー王国屈指の魔法使いなのだ。
「あらやだ。そんなに怖い顔しないでくださいよぉ。何もしないですってー。内ポケットにあるので、誤解のないように、トワリさんの方を向いて出そうとしたんですよ! 失礼いたし奉り申し上げますですー。スッ」
ナラハラは胸元から親書を取り出すと、俺の方に近づいてきた。
「どうぞー、こちらですー。あれ? 王様、少し見ないうちになんか痩せました??」
トワリの視線が、一瞬だけ、ナラハラの喉元に固定された。
ナラハラは、ジロジロと俺のことを見つめていたが、俺が粘土でできたソボロデンブだということまでは見抜けなかったようだ。
俺は最低限の動きで、親書を受け取った。
ナラハラは、そっと手紙を渡し終えると、スタスタと元の位置へと戻っていった。
ふぅ——とりあえず一難去った。
次はこの親書の中身を読まなければ。
俺はゆっくりと、手紙の封を開いた。
——この時、俺たちは、二つの大きな問題が起こっていることに、気づいてしまったのだった。
一つ目は、俺とミシュリーとトワリだけが気がついたこと。
「王家の右腕」の動きが、いつもより、ほんのちょっとだけ変なのだ。
え……こいつ、普段こんなににょろにょろ動いてたっけ……?
二つ目は、致命的だった。
この状態では、まーくんが手紙の中身を読めない————!
全国の小学生諸君!
「誰がため」は通常、「だれがため」ではなく、「たがため」と読むぞ!覚えておいてくれ!!おじさんとの約束だ!!




