第9話 ゴージャス☆ナラハラが来るゾ(2)
ここはピスタチオ王国内のとある馬宿。
国境からほんの1km程のところにあり、腕っぷしの強いご主人と、料理の上手な女将さんが2人でやりくりしている。
その中の一番上等な部屋で、ゴージャス☆ナラハラはぐーすか眠っていた。
先ほど、まーくんが魔法伝令兵に命じて、ナラハラに入国許可を出したからだ。いや……出したからといって、敵国の国内でこんなに無防備にすやすや寝ているのは、さすがにおかしいのだけれど……
「おい、この部屋にいるビーフシチューの偉い人……本当に寝てるんだよな……?」
部屋の入り口で警備をしている2人の兵のうちの1人がそんなことを呟いた。
無理もない。
ナラハラは寝ている間もずーーっと喋っているのだ。白目で。
「だからぁ〜、三賢者って三人しかいないからややこしいんですよぉ……五人くらい欲しいんですぅ……あらやだ、とんだ誤認!」
「親書は……親書は……あっ、それ燃やしちゃダメなやつ……あっ」
「そこ伏線じゃないんです……作者のミスなんですぅ……むにゃむにゃ」
「一体、何を言ってるんだ……?」
見張りの兵は2人で首を傾げた。
◆◇◆
「あ゛ーーー!! ダメだ!! まーくん! 全然間に合う気がしない!!!」
所変わって、こちらはピスタチオ王宮内の、国王の部屋その2。寝室じゃない方の俺の部屋です。王様の部屋っていっぱいあってすごい。恐縮しちゃう。
そこでまた情けない声を上げているのは、もちろん国王たる触手チンチン丸だ。
「ソボロデンブの服もデカすぎるし、俺は口調も国王っぽくないし、第一、過去の経緯を知らないから、ナラハラと会話し始めたらボロが出てしまうぞ……!」
「やはり、ソボロデンブ様の不在は、隠し通せたら一番良かったのですが……
ビーフシチューに弱みを見せることになるとしても、国王がコトブキ様に入れ替わったことを、ナラハラにはありのまま伝える他ないやもしれませんな……
ただ、これまで公表していなかったことを不義ととらえ、ビーフシチュー国王が、我が国を非難するための口実に使う可能性があります。
ビーフシチューからすれば、間違いなく攻め時にはなりますな……」
「そうか。公表してもピンチ、しなくてもピンチだったのか…… ごめん、俺がもう少し、正統な国王らしく振る舞えれば……」
「仕方ないのよ。チンチン丸ちゃんが覚悟を持って王になってくれたことには、本当に感謝してるのよ」
「しかし困ったぞ。ビーフシチューに勘付かれるタイミングが悪すぎる。マジで王国の危機じゃないか……どうする?」
3人が頭を悩ませている中、トワリが横から、のんきな声で言ってきた。
「でしたら、ソボロデンブ様になればよくないですか?」
「……は?」
俺達3人は、一斉にトワリの方を見た。
「ですから、ミシュリーの魔法でソボロデンブ様の外見を作り上げ、声も魔法で加工してまーくんから発してもらえば、コトブキ様は玉座に座っているのですから、最低限の動きだけでソボロデンブ様になりきれるのではないでしょうか。
ナラハラの謁見の間くらいでしたら、それで誤魔化せるのではないでしょうか」
「トワリ……」
ミシュリーが口を開いた。
「やっぱりあなたも天才なのよ!」
あなた「も」?
ミシュリーは「天才」の話をするとき、毎回必ず自分もそこに含めるのだ。けれど、実力が伴っているから、誰も否定できないのだ!
「ミシュリーの魔法ならできるわ! やったことないけど!!」
やったことないんかい。そりゃ思いつかないよね。でもできるんかい。
「私の口調も、ソボロデンブ様のように変えていただけそうですかな……?」
「わかんない! 最悪頑張って似せて!」
「そんな……無茶をおっしゃる……」
「それで、ナラハラが到着するのは何時頃だろう?」
「現在、馬宿でぐっすり寝ているそうですので、恐らく朝出発して、明日の昼頃の到着になるかと。
山脈のある国境線までは、この城から東に約50kmございますので、馬で5〜6時間かかると予想しております」
「ミシュリー。それまでに何とかなりそう?」
「うん。魔力的には問題はないのよ。うまくできるかどうか、早速何度かテストをしてみましょうか」
「よし、やってみよう! トワリ、もしかしたら君のおかげで何とか危機を乗り切れるかもしれない」
「ありがとうございます、陛下!」
――そう。
この時、焦っていた俺達は、こうして「ソボロデンブなりきり作戦」を実行することを決定したのだった。
本当は、今回のこの誤魔化しが最善手でないことくらい、全員わかっていた。
しかし、差し当たって、新生触手チンチン丸という弱点を晒し、即戦争に発展するような「最悪のケース」を回避するためには、この方法を選択するので精一杯だったのだ。
俺はこの時に、大きな違和感を抱き始めていた――
◆◇◆
そしてその割には、この作戦の準備は非常にスムースに進んでいき、とてもうまくいきそうに思えた。
「おお……ソボロデンブってこんな顔だったの?」
「すごいです!!! まさに生き写しですよ、陛下!!」
トワリが目を輝かせ、手をパタパタさせている。かなり興奮している様子だ。
以前に聞いていた通り、俺よりも二回りは大きな身体だ。サンタクロースのようにふさふさと蓄えた白髭。優しさと厳しさを兼ね備えた目元。
ファンタジー世界にイメージする、典型的な王様の姿がそこにあった。
膝や肘の位置も、お尻の位置もだいぶ違うので、致命的に動きづらいのだが、玉座に座しているだけであれば問題はないだろう。
「触手だけは、ソボロデンブちゃんのときより小さい気がするけど、他はかなり上出来ね♪ ふふん! ミシュリーが天才だからだわ☆」
ミシュリーは、本当に紛れもない天才だと言える。
ソボロデンブの姿形は、城の裏の天鳥山の粘土を採取してきて、それをミシュリーの魔力で成形したものなのだが……
材料はただの粘土なのに、完全に本物の人間の肌に見える。手の甲のシワどころか、指紋に至るまで、かなり緻密にソボロデンブ本人を再現しているのではないかと思われる。
「あ…… あ…… んん゛っ。わしこそが、ピスタチオ王国国王、第十三代触手チンチン丸。ソボロデンブである」
「!! まーくん! その声、聞いたことあるぞ!! この世界に来る直前に聞いた……確かにソボロデンブの声だ!!」
「大成功ね。とりあえずこの方法で、ソボロデンブちゃんが、少なくとも今日まではまだ存在したということにしましょう。他国に嘘をつくことになるのは嫌だけど……やむを得ないのよ」
「よし、もうしばらく練習しよう。ナラハラが聞いてきそうなことを想定し、対策を立てるぞ」
◆◇◆
俺たちの作戦準備は、夜の11時頃まで続いた。
言い忘れていたが、この世界の暦では、1日は24時間ぴったりで、1年は360日ぴったりなんだそうだ。元の世界と違って、きれいに割り切れていいね。奇跡的だ。
さて、その後俺は、国王専用の浴室で入浴などを済ませ、国王の部屋その1(寝室の方)で、ベッドの上に横になり、思考を巡らせていた。
「やっぱり何かおかしいよな……」
俺は改めて、まーくんとミシュリーが国王の交代を公表していないことに、疑問を抱いていた。
2人は、ソボロデンブ不在を隠し通せるつもりで行動しているように見える。
それはなぜか。
本来ならば、長期でいなくなることを想定した対策を立てるはず。
先程聞いたところによると、この国の政治は、現国王の家系が治め始めてから、300年以上安定しているそうだ。
長期の不在であれば、能都コトブキへの国王交代を公表しないのは悪手だ。隠していたことが後でバレた時のリスクが高すぎる。隠す意味が分からない。
……もし過去にも転生による国王交代の前例があったならば、例え次の王が未熟だったとしても、即公表するのが自然だと思うが、俺の感覚がおかしいのだろうか。
俺の転生と国王交代は、前代未聞の出来事なのか?血筋でもない国王が急に即位することは、やはり問題なのか?
国王としての俺の任期を、ごく短期のものとして想定しているのならばわからなくはない。
だがそうなると、俺という存在は、何らかの時間稼ぎのための身代わり人形なのか?
本当は即戦力の神国王を期待していたが、俺がこの有様なので、代わりの触手チンチン丸をもう探し始めているとか?ううむ、それも2人の発言と矛盾する気がする……。
そもそもソボロデンブには、子供や他の親族はいなかったのか?何故わざわざ異世界から俺を呼んだのだろうか。
――ミシュリーは、予言者だ。
例えばもしこの先近い将来に、彼女が俺の死を予言で見ていたとしたら……? だからこそ、短期の対策しか立てていないとしたら……?
いや、それもおかしいか。それなら俺を鍛える意味が薄い。
では、別の要因があるのだろうか。
俺がまだ知らされていない、この国の、あるいは王家の——触れてはいけない秘密が。
様々な疑問が生まれてきたが、俺にはまだ情報が足りなかった。考えても考えても、ドツボにはまるだけで答えは出ない。
俺はこのことと、明日の「ソボロデンブなりきり作戦」への一抹の不安を抱えながら、いつの間にか眠りについていた。




