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第1話 王の招聘《しょうへい》

「…………チ…………丸…………っ……」

 

「触手チンチン丸陛下っ!!」

 誰かが()を呼ぶ声が聞こえる。

 ああ、そうか。「触手チンチン丸(これ)」が俺の新しい名前なのか……。


 まるで日曜日の朝に家族に起こされたような気分だった。眩しい明かりの中でおもむろに目を開けると、俺はとても大きな部屋の中に居た。

「ここは……」

 アニメや映画なんかで何度も見たことがある。明らかに「玉座の間」だ。

 正面の大きな扉まで続く真っ赤なロングカーペット。壁に飾られるいくつもの紋章旗。いかなる者の侵入も許さない美しいデザインの格子窓が左右に並び、何よりこの巨大な深紅の椅子。どの調度品も気品に溢れている。


(おいおいおい、本当に異世界に来ちゃったのかよ)

「陛下、お目覚めになりましたか。いえ、と言うよりも……」

俺は声のする左手側を見た。そこにいたのは初老の男性。モーニングコートというのだろうか。灰色をベースとした、いかにも執事然としたきちっとした服装をしている。白髪ばかりの髪に、白い口ひげ。背筋(せすじ)は常に、驚くほど美しくピンと伸びている。


「ついに、()()()()()()()()()

「………………え?!」

 俺はいきなり面を食らった。まさに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。

「わ……わかるんですか……?俺が転生してきた人間だって……!」

 男は深く頷いた。

「もちろんでございます。つい数分前までの国王様は、貴方様よりふた周りは大柄な体格をお持ちでしたから」

 俺は自分の足元を見た。なるほど、確かにぱっと見た感じは、生前の自分の身体そのもののように見える。しかし、数分前まで()()()()()()()……だと?


 俺が困惑していると、彼は訳知り顔でにこりと微笑んだ。

「戸惑われるのは無理もないことです、()()。異世界からいらっしゃるなど、その心労は私めには到底計り得ないものです」

(俺が外の世界から来たことを分かっているのに、俺のことを「陛下」と呼んだ……?)


 俺は一旦、左手でおでこの辺りを押さえながら言った。

「えーと……うん、OK。いや、何故言葉が通じてるのかとか、物理法則や時間の概念は同じなのだろうかとか、気になることは山ほどあるんですけど。とりあえずあなたは、何故僕が転生者だと知っているんですか?」


 初老の男が答えてくれるのかと思いきや、彼は先に一つ指摘をしてきた。

「おっといけません陛下。私めに丁寧語を使うなど。貴方様は国王なのですから、常に王たる者の威厳をお持ちください。私の名前は『まさひこ』といいます。これからはお気軽に『まーくん』とお呼びください」

「いや、友達かっ!!!!」

 思わず顔を上に向けて叫んでしまった。「まさひこ」だと?日本人ネームすぎるだろ!そんなことある?本当はまだ現世で、誰かにドッキリを仕掛けられているだけなのではないのか?

「結構でございます、陛下。さて、陛下が転生して来られることを、私たちは事前に、先代の触手チンチン丸様より知らされていたのでございます」


 俺は改めてまーくんの目を見た。

「先代の触手チンチン丸だって?」

「はい。その名も『ソボロデンブ』様でございます」

「ソ、ソボロデンブ!??」

 待て待て待て、あのソボロデンブのおっさん、神様じゃなくてこの国の国王だったのか!だとするとますますわからない。ならば何故、俺が呼び出されて、奴の代わりをする必要があるんだ?


「はい。詳しい事情はわかりかねるのですが、ソボロデンブ様は、どうしても一度王位を退かなければならないと仰っておりました。代わりに別の人間がいらっしゃると。そのお方に、自分にするのと同じように仕えろと。以前よりそのように、家臣全員に伝えられていたのです」

 まさひこ、いや、まーくんは、俺の疑問を読み取るかのようにして答えた。


「んー、なんかまだよくわからないなぁ。だってさ、ま……まーくん?統治している国王が急に別人に変わって良い訳がなくないか?

それに、本当に俺が異世界から来た人間なのか、疑問に思わないのか?突然、前王の代わりに、明らかに不審な俺が玉座に座ってるんだぞ。

仮にソボロデンブが予めそう伝えていたとしても、そのことを逆に利用しようした、悪い侵入者かもしれないじゃないか」


 俺は何も考えずに思いついたことを口走ってしまった。言った後に、自分の立場が不利になる内容を言っただけだったと後悔した。しかしまーくんの反応は、俺の予想とは異なるものだった。

「いえいえ、それはあり得ません。何故なら貴方様の身分は既に、この国の王族の証である、その『王家の右腕』が証明しているのですから」

「はい?」

 そう言えば、さっきから自分の右手の辺りはあまり良く見ていなかった。言われてみると確かに、右手だけはいつもと違う感触がするような――。


 その瞬間、自分の右手に目をやった俺は、ようやくその異変に気がついたのだった。

 いかにも国王らしい、(きら)びやかで大きな袖から突き出している右手は、明らかに今までの俺のそれではなかった。

 「触手」だ――。

 赤黒くてうねうねしている典型的な触手。二次元でしか見たことがないような触手が、本来の俺の右腕で言う、肘と手首の中間辺りから生えて蠢いていた。

「う、うわあああああああああっ!!!!!」

 俺は驚いて、大声で叫び声をあげてしまった。

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