第1話 王の招聘(2)
(何で右腕だけこんなことになってるんだ!? 触手チンチン丸ってそういう――ということは、ま、まさか!?)
俺はすぐさま、まーくんの方を見た。
「ま、まーくん? 俺さ、い、今すぐに確かめたいことがあるんだけど!」
俺は恐怖を覚えつつも、自分の腰にある仰々しいベルトに左手をかけながら、まーくんに真剣な相談をしようとした。
しかし、まーくんは非常に優秀な執事であった。俺の耳元まで近づき、俺の抱える不安を即座に払拭し、一瞬にして俺の信頼を勝ち取ってくれた。
「陛下、大丈夫でございます。そこは元のままでございます。触手にはなっておりません。ソボロデンブ様から事前に、確かにそう伝えられております」
俺は国王らしい大げさなズボンの上から、その重要な部分を押さえてみた。そこには確かに、実家のような、いや、それ以上の「安心感」があった。果たして人生でこれ程の安堵を得たことがあっただろうか。ズボンの上からでも、それが今まで通りの自分自身であることが容易に理解できた。
他方で、そこが触手の状態になってしまっているのを期待した自分がいたかもしれない。だって「触手チンチン丸」だぞ!? どんな風になっちゃってるのか、気にならない方がおかしいだろ? そんな自分を少し恥ずかしく思った。
とにもかくにも、俺のそれは元の世界と同じまんまであるようだった。
「いずれにせよ良かったよ。けどそれなら、どうして触手チンチン丸なんて名前なのさ! おかしいだろ!!」
「陛下、それはですね――」
まーくんが、説明を始めようとした時だった。廊下の方から、すごい勢いで「ドタドタドタ」という音が近づいてきた。そしてすぐに、玉座の間の入り口の重厚な扉が、ドカンという音とともに勢いよく開いた。
「陛下!! ご無事ですか!!!」
どうやらさっきの俺の叫び声を聞いて駆けつけたらしい。ドアを開けたのは、一人の若い女性であった。
身長は150cmちょっとだろうか。
メイド服――と言うよりは、剣士のような服装に見える。黒を基調として、正面にエプロンのような布がついているが、ふわふわとはしておらず、非常に身軽で動きやすそうな服装だ。短めのスカートなのかキュロットなのか、その下にニーハイソックス。黒髪ショートカットでキリッとした小顔の女性が、肩で息をしながらゆっくり近づいてきた。
「まーくん……? 陛……下?」
そこで女性はハッとして、小走りで駆けてきた。そして急に俺の前に跪き、俺の右手の触手と左手を合わせて、両手で握ってこう言った。
「ついに……ついにその時が来たのですね……っ!」
「は、はあ……」
近い。透き通った肌に、小さいながらも鼻筋が通ったその顔は、俺の眼前で目を潤ませて感慨に浸っていた。純粋な黒い瞳がキラキラと光っている。
「あ、あの、あなたは?」
彼女はまたもハッとして手を離し、2、3歩下がった後に、片膝をついて喋り始めた。
「取り乱してしまい、誠に申し訳ございません。私は、触手チンチン丸様のメイド兼ボディガード。そこにいるまさひこと共に陛下の側近を務めております。トワリと申します」
(トワリ……お蕎麦みたいな名前だ……十割……)
彼女は自分の右手を胸に当てながら続けた。
「トワリはこの時をずっと待ち望んでおりました。次の触手チンチン丸様がいらっしゃるこの日を……! 陛下は、私たちの希望です……っ!」
「希望……?」
「はい。この国の危機を救えるのは、触手チンチン丸様だけです……!」
(おいおい、なんかよくわからないが、やっぱり楽できない感じじゃないか! なんらかの危機に瀕している国の王になっちまったのか……どんな危機なんだ。果たして俺に務まるのか?)
俺が不安そうな顔をしていると、トワリとまーくんが軽く目配せしたのが見えた。
「陛下……」
「あ! はい!」
トワリの声色が急に変わった。
なんだろう――とても嫌な予感がする。
「先代触手チンチン丸――ソボロデンブ様より、トワリは重要な役割を任されているのです」
「じゅ、重要な役割……?」
「はい。陛下は、命のやりとりをされたことはございますか?」
トワリの不穏な質問により、玉座の間にピリッとした空気が流れている。
俺は自然と、足元に力が入った。
「陛下に触手チンチン丸たる資格があるか。これよりトワリが確かめさせていただきます――」
「は――?」
その瞬間のことだった。この時の俺にはまだ、何が起きたのか全く理解できなかった。
ガキイイイイイイインッ!!!!!
「…………え?」
トワリが一瞬にして、その場所から消えたように見えた。
と思ったら、1秒後に俺が気がついた時には、彼女は玉座の目の前にいて、俺は立ち上がっていて、トワリは刀のようなものを俺に向けていた。いや、向けていたどころの話ではない! 本気で振り下ろしていたのだ。
そしてその刀を、俺の右手の触手がキリキリと受け止めていた。触手は何故か、まるで鉄のように硬くなっているように見える。どうやらこの触手が勝手に動き、トワリからの攻撃を防御して、俺はその反動で立ち上がらされたらしい。
「う、うわあ!! な、なんだ!!?」
俺は情けない声を上げていた。
「……」
トワリは真剣な目をしながら、両手で「剣」――ではなく、「ドス」のようなものを構えていた。
(ふん……凡庸な器め……)
余裕のない状況の中、気のせいだろうか、どこからかそんな声が聞こえたような気がした。もちろんトワリの声ではなかった。
「ト、トワリ!? これは一体」
「お命……頂くつもりで参ります」
トワリの真っ黒だった瞳が、妖しい真っ赤な色に変わっていた。
転生初日、いや、転生した数分後にもかかわらず、俺は側近のメイドに全力で殺されかけていた。




