第30話 仲間思いの仲間割れ
短く息を吐いてから続ける。
「こんなの、不幸な偶然にもほどがある。フィールド設定の切り忘れとか、重大事故もいいところだよ。そもそもチームで雑用なんて最初からおかしくない? ルイは教官から直接言いつけられたわけ?」
「いや……知らない先輩から伝えるように言われた、と同期の生徒が……」
「又聞きじゃん。だったら本当に教官からの伝言か分からないでしょ」
カガリは先まで言わない。けれど言いたいことは1つだ。
最初に顔を曇らせたのはエリザだった。それを見たベルが口角をぴくりと動かした。レオナルドは一瞬だけ呼吸を止めて、すぐに言葉を探し始めた。いつもの明るさで場の空気を変えようとしたけれど、うまくいかない。
衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。
ルイは赤い瞳をゆっくりと見開いた。
「まさか、まさかとは思うけれど――僕は騙されたのか?」
そのまさかだよ、と返すのはきっとカガリの役割だ。だからわざとらしく言う。
思い当たる節なら山ほどあった。クラウンは良くも悪くも目立つ。レオナルドの実力は本物で、ベルも魔導だけならプロでも通用する腕前だ。入学したての1年生バディが圧倒的な強さで勝ち上がっていく様子を、面白く思わない人間もいるだろう。
「問題は事故じゃなくて故意ってこと。なら迂闊に進まない方がいいかもしれない。どんな悪意があるかわからないしね」
「な、ならどうするんだ。救出を待っていたら2人が試合に間に合わない! 不戦敗なんてことになれば――」
「――いや、構わん」
レオナルドは静かに目を伏せた。青い瞳にくもりはない。
存外に穏やかな声色だった。それでもきっぱりと言い切る。
「みなの気持ちはありがたく受け取ろう。だがおれはトーナメントにさしてこだわりはない。負けたところで何か損をするわけでもないからな。不戦敗だというなら甘んじて受け入れよう」
「けれど、そもそも僕が君たちを巻きこんで……!」
「巻きこむというならおれも同じだ。この先何か起きたとき、おまえたちを巻きこむことになる。おれの都合でみなを危険にさらすわけにはいかない。おれにはチーム全体の安全の方が大切だ。それに比べればトーナメントの勝敗などどうでもいい。……ベル、悪いがそれでいいな?」
「レオがいいなら、私は従う」
「でも!」
口論はいつまでたっても平行線だ。レオナルドはもう決めてしまっているのに、ルイも退こうとしないから、同じやりとりが延々と繰り返される。
1秒、2秒と過ぎ去っていた。けれど薄暗い通路では時間間隔が狂ってしまって、だんだんと精神から追い詰められていく。
カガリは黙ったままで眺めているつもりだった。水掛け論をするのが2人から3人に増えたところで何も意味がない。だいたいカガリまで参戦してしまったら、いよいよ仲間割れが起きてしまう。今の状況でそれだけは避けなければいけない。
わかっている。自分は冷静だ。
冷静でいなければ――。
「…………あのさあ」
カガリはポケットの中で拳を握った。
ぎゅっと強く握る。
「俺らは決勝でクラウンに勝って、この前の雪辱を晴らすつもりだったんだけど。それもどうでもいいってこと?」
「……ッ!」
言ったあとで、なぜ言ってしまったのだろうと思った。それでも1度口にしたことは取り消せない。勢いだけで続ける。
「そっちがどう思ってるかは知らないけどさ、少なくとも俺にはどうでもよくないんだよ。おまえの都合で俺らが負け越しとか、たまったもんじゃないよ」
「っ、僕だって同じ気持ちだ。君たちにはきちんと勝ちたい。準決勝で不戦敗なんて、そんなのは認められないよ」
「……おれたちはいつだって相手になろう。だが今である必要はないだろう」
「今じゃなきゃ駄目なんだよ」
ただ勝ちたいだけじゃない。
決められた日、決められたルール、決められた舞台で勝ちたい。
その気持ちが理解できないレオナルドではないから、ぐっと言葉を詰まらせた。唇をぱくぱくと動かして何か言おうとして、それから勢いよくルイを振り向いた。
「……よく考えろ、ルイ! このまま進めばおまえはエリザまで危険にさらすことになる! 本当にそれでいいのか!?」
「――――ッ!」
今度はルイが言葉を詰まらせる番だ。ルイにとってエリザは絶対に守らなければならない人間だ。自分の気持ちでエリザを振り回すことになるなら、すべて諦めるだろう。たとえレオナルドたちのためだとしてもそれは変わらない。ルイは黙りこんでしまった。
あとはカガリだけだが、エリザの名前を出されてしまったらどうしようもない。カガリにとっても彼女は巻きこみたくない人間だ。付き合いは浅いし、ルイのように一蓮托生のバディでもないけれど、自然とそう思ってしまう。彼女の穏やかさや優しさが庇護欲をかきたてられる。
話はまとまりかけ――エリザがゆっくりと指を組んだ。
「――お言葉ですが、私はカガリさんにつきます」




