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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
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9,

9、


 美船市の晴れ渡った空の下、二木隼はスポーツ公園前交番の白い自転車に乗ってパトロールをしていた。住宅地を見回り、楓川沿いの土手に出た。橋の下で秘密基地を作って遊んでいる小学生たちがいた。

「あっ、ずんさん!よう!」

とそのグループのリーダーっぽい少年が挨拶をしてきた。

「おう、こんにちは」

二木は自転車を止め、段ボールや木の板で作られていてそこら中に小学生の男子らしい間抜けな似顔絵やら恐竜やらがマーカーで描かれた彼らの秘密基地を眺めた。

「それ、君たちで作ったのか?すごいな」

自転車にまたがったまま足を止めたお巡りがそう言うと、

「うん!ずんさんも仲間に入れてあげるよ」

1人の少年が言った。

「でも、その代わりにピストル撃たせて!」

そのグループの中で一番やんちゃそうな少年が言い、二木の腰のホルスターを指さした。

二木は、はっはっは、と笑いながら

「それは駄目だよ」

と答えた。

「ところで君たち、今、世界が大変なことになっているのは知ってるだろ?どうやら日本も危なくなってきた。楽しく遊んでるところ悪いが、コロナウイルスに感染しないように、すぐに家に帰りなさい」

数人は「はい」と素直に言い、すぐに帰っていったが、リーダーっぽい少年と先ほどピストルを撃たせてくれと言ってきたやんちゃ坊主はなかなか秘密基地を離れようとしなかった。

「ほら、帰るんだ。君たちの秘密基地は誰にも壊されないように俺が見張っておくから大丈夫だ、約束する」

その2人もしぶしぶ頷いて帰っていった。4月の初めから、学校も休校となり、ずっと家にいて退屈で、体力を持て余した子供たちにとっては夏休み気分になってしまうのも無理はないだろうと二木は思った。秘密基地かぁ。彼自身もやんちゃで冒険心を持っていた少年時代を思い出しながら、土手を自転車で走り続けた。千葉市で生まれ育った二木は小中学校時代は暴れん坊だった。学校の無い日は外遊びをしたい子供たちの気持ちは痛いほど分かる。たとえこんなご時勢でも。高校時代は陸上の長距離選手だった。マウンテンバイクに乗るのも好きだった。よく自転車で千葉市から九十九里や蓮沼の海岸まで行って千葉県を横断したものだ。高校卒業後に警察学校に入り、10カ月間の研修後、美船市の警察署に配属された。それからかれこれ14年が過ぎ、32才になった現在は美船の森スポーツ公園前の交番で務めている。きりっとした目つきのいい男、二木隼は町の人気者である。(じゅん)という名前なのだが、昔から“ずん”という愛称で呼ばれている。


 パトロールを続けていたら、市の南端にある美船ゲートブリッジのそばの河川敷のグラウンドでゲートボールを楽しんでいる老人たちがいた。そんな和やかな光景を眺めていると、彼らの邪魔をしたくなんかなかったが、外出の自粛を呼びかけようとそちらへ向かっていく。二木は「やれやれ」と思って溜め息をついていると、突然、狂ったように突っ走る黒い大型犬が土手の茂みから表れ、河川敷へ下っていった。その犬はゲートボールを楽しんでいた1人の爺さんに飛び掛かった。これはまずい、と思った二木は自転車を降り、犬を追って河川敷へ続く坂を駆け下りた。犬に飛びつかれた老人はパニックに陥り、しゃがれた悲鳴を上げて地面に倒れた。犬は牙をむいて老人の腕や腹に嚙みついた。そばにいた仲間の2人がゲートボールのスティックを振り回して威嚇したり、犬を叩いたりするがその狂犬は老人から離れようとしない。二木は急いでその場に駆けつけた。腰につけた警棒に手をかけるが、すぐに考え直した。いや、こんなときは。二木はホルスターからピストルを抜き、空に向かって一発、発砲した。耳をつんざく銃声が響いた。犬は驚いて後ずさり、ピストルを持ったお巡りの顔を一瞥した。二木はその牙をむいた黒い大型犬の顔を見た瞬間に背筋が凍り付いた。その犬の眼球は緑色に濁っていて、よく見ると顔や体のところどころから膿のような帯黄白色の液体が噴き出すように付着している。辺りに漂う酸っぱい腐敗臭。間違いなく、この犬は病気にかかっている。二木はピストルのトリガーを引き、2発目を空に放った。犬は逃げていった。救急車を呼び、老人は病院へ運ばれていった。幸い、軽傷で済んだようだった。




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