妹想いの博士と七つの大罪と美徳
クーゲルが入団し約十年が経とうとしていた頃、とある建物の中。
「お兄ちゃーん!ご飯冷めちゃうよー!」
綺麗な青髪をポニーテールに結んだ若い女の子がお皿に料理を盛り付けながら叫んでいるが返答は来ない。匂いにつられて先にフードを被った男がやってきた。
「お、ウマソー!さっすがメーディちゃん!」
「シャダくん……そんな褒めても何も出ないよ?」
と言いつつ自分の分のオカズをあげちゃう程度には上機嫌になっていた。
「……博士は後で食う、と」
シャダより背丈が大きく黒いマスクをした男、ネグル・アヌジンは伝言を告げると椅子には座らず、自身の分の皿を受け取ると自室へと消えていく。
「んじゃ、俺達は先に食べちゃいましょ!もぐもぐ……ウッマ!!これ美味いっスよ!!」
「そう?良かった!」
褒められて嬉しそうに微笑みを零すも、研究に没頭している兄が心配で表情が少し雲っていた。
カタカタカタカタカタカタ――
キーボードをリズム良く叩いている音がする。常人では理解出来ない文字列と数列、図解が複数のモニターに映し出されていた。メーディの兄、セイン・レーヴェン。レーヴェン博士と呼ばれるこの男は人間種族にとって最重要人物であり、人間種族にとっての希望そのものだった。しかし食事も摂らずここまで没頭しているのはその重圧の所為ではない。妹を守りたい、妹を幸せにしたい。その一心で研究開発を続けている重めのシスコンだった。歯を食い縛り、愛する妹のご飯冷めちゃうを無視する際には涙を流しながらキーボードを打ち込み続けていた。
「……ご飯くらいちゃんと食べた方が作業の効率も上がるんじゃないですか?」
作業場に居た異形の人外が口を開いた。女性と分かる顔。人間の美女と大差ない顔をしていた。……半分だけは。右目は人外の瞳、右半身は紫の異色肌で下半身は芋虫のようにうねっている。右手は骨で肘から骨が突き出していた。角と羽も生えていて誰が見ても人外と即座に判断出来る。ワームという種族の女性、シュニーユは博士の背中を見ながら子供を叱る母親のように腕を組みながら無言の圧を与えている。
「シュニーユ……でも、後少しなんだ。後少しで……私はこれを何としても開発しないと……」
「後少しって毎回言いますけど、一番最初に聞いた時から毎回毎回、年単位で時間かかってるのは自覚してます……?」
「……分かった、食べてくる……」
栄養と睡眠の不足でユラユラと重い足取りで部屋を後にする博士の背中をジト目でシュニーユは見送る。博士が居なくなると博士が触っていた機械や青く光るモニターを見ては拳を握り悔しそうな表情を浮かべる。
「私が手伝えたら……博士はあんなにも背負う事も……もっと楽に作業をさせてあげられるのに……」
「あ、あのっ……そんな事ないです……よ……っ!シュニーユさんは、博士を沢山助けてますし……!」
シュニーユは声の主に目線を移す。そこには緑色の肌のサルオガセギス型の蟲人、ピラント・ローピアーが瞳に涙を浮かべながら立っていた。博士の護衛・協力を行う組織の一つ、七つの美徳の博愛を担っている。触覚が垂れて内気な性格を顕著に示していた。
「……言われなくても、分かってはいますが……。でも、ありがとうございます。ピラント」
笑顔で素直に感謝を告げる。しかしピラントの背後から飛んできたもう一人の蟲人を見付けると眉間に皺が寄る。
「キヒヒヒ、シュニーユ笑顔ナンテ、珍シイネ♪七ツノ大罪ノ……暴食ナノニ、何時モ何時モ、プンプンプンプン。憤怒ノ方ガ似合ッテルノニ♪」
白いもふもふの身体と羽、蚕の蟲人、七つの美徳の節制ファレーナがシュニーユを煽りながらピラントの背中におぶさるように乗った。
「じゃあ暴食らしく白い蟲をペロッと喰ってやりましょうか?」
「キャー、コワーイ。ピラント、タースーケーテー♪」
ファレーナは棒読みでピラントの項に顔を擦り付け甘えている。
「ファレーナちゃん、喧嘩を売っちゃメッ……だよ……っ!」
「エー、シュニーユ ガ睨ンデ来タンダヨ〜?」
「はぁ。もういいです。私はあなたに構ってあげられる程暇じゃないんですよ、ファレーナ。それじゃ――」
「へェ〜、コレが……素晴らしいじャん……流石はレーヴェン……僕の予想以上、僕の想像以上の成果……!!やッと……やッとコレが僕の物に……!!」
「「「!?」」」
モニターの周りにサイバー空間を彷彿とさせる水色の長方形状の何かが無数に現れ、人の形へと変わり始める。人外3体は声がしたのと同時に反応し、即座に全員が判断を下し行動に移した。
ファレーナは一目散に扉へと飛翔する。戦闘能力が無い自分はレーヴェン博士へ報告すべきとの迅速な判断。
ピラントは片手を地面に付けると棘のツタを伸ばし、シュニーユと「ソレ」を囲う壁のように出現させる。同時に自身の背後にもツタを出し、「ソレ」の視界からファレーナを消す。
シュニーユは不規則にうねりながら蛇の如く「ソレ」に接近、骨の右手を振りかぶる。青い肌が骨を覆い大きな腕へと変貌していく。
「潰れて下さい……ッ!!」
ガン!!!!!!!
大きな衝撃音と共に地面は割れ風圧で広がった煙が辺りの視界を奪う。「ソレ」は避ける素振りしか見せなかった。シュニーユの右手にそれらしい感触は無かった……。光の差さない漆黒の森、毒霧の沼地、無明の洞窟等で生活するワームにとってこの程度の視界不良は障害ですらない。煙の中の「ソレ」に二撃目を試みる。一撃目は博士の設備が壊れぬよう加減していた。右手を細く、硬く、剣状に変化させると背後から首筋目掛けて横一閃!!
ビュン――!!
煙毎、確かに斬り裂いた筈……しかし「ソレ」は動じず、シュニーユには無関心のままモニターを見詰めていた。
「あァ……コレがあれば、僕の……いや、僕等の計画はまた一歩先へ……!!」
耳や眉や口にピアスを沢山着けている「ソレ」は下睫毛の目立つ鋭い左眼をファレーナが行った方向とは逆の扉を見据える。ピラントの棘ツタの壁越しに……。「ソレ」の身体が光ると大量の水色の長方形へと変わり消える。
「キャーーー!!」
「何だお前は……ッ!!」
扉の奥から男女の叫び声。
「な、何で……っ!?私のツタをすり抜け……!?」
ピラントがツタを解除するとシュニーユが即座に扉へ移動し開ける。すると、頭部が無くなった男性が倒れ血溜まりが出来ていた。隣には怯えながらも男性に駆け寄る女性の姿。
「そんな……あなた……っ」
「……!」
二人はレーヴェン博士に協力してくれていた夫婦だった。子供も未だ小さいのに……泣き崩れる女性の声を聞きながら、シュニーユは怒りの感情で「ソレ」の後ろ姿を睨みつける。
「このデータも貰ッておこう……やッぱり僕の判断は正しかッた……!!レーヴェンを殺すより、泳がせて基礎を作らせ奪う……!!なんて効率的!!なんて合理的!!此処まで作らせたら僕が自分でやる方が早い!!クオリティも格段に上!!」
シュニーユが大技を出そうと構えた瞬間――
「邪魔しないでくれよ、虫が」
背後から「ソレ」の声。振り向く隙もなく腹を穿たれた。開いた風穴を血がどろっと流れ落ちる。
「な……んで……」
目の前に確かに「ソレ」は居るのに……倒れ込む刹那、背後にも「ソレ」が居たのを見るも意識が途切れた。
「まッたく、大切なデータや試作品に何かあッたらどうするんだ」
背後に居た「ソレ」がシュニーユにトドメを刺そうとした瞬間――
ドン!!バゴン!!
天井から降ってきた2つの影。その一つが背後に居た「ソレ」目掛けて剣を振り下ろした。シュニーユの時とは違い「ソレ」は後ろへ飛び退き躱す。もう一人の影は女性とモニターの前の「ソレ」の間に立つ。
「逃げろ!!」
「……!む、無理!あの子がまだ……!!」
間に立った男は状況を察した。自分が、「ソレ」を倒すしかない事を。
「……やれるな?クーゲル!!」
黒いマントを脱ぎ捨てると緑色のオールバックのオッサンが巨大な手芸用の針を構える。穴にはこれまた巨大な縄が糸のように結ばれていた。
「勿論!……退魔師団、フー隊の隊員としてお前を……滅する!!」
背後の「ソレ」に斬りかかった人物もマントを脱ぎ捨てる。十年の時が経ち、顎髭を蓄えオレンジの特徴的な髪を結っていた。目頭に刻まれた皺が時の経過を物語っている。煙草を咥えると自動で発火した。一息吸うと一気に距離を詰める。
「……隊員程度じャ僕には勝てない、諦めなよ」
「ソレ」の右手に長方形の粒子が集まると巨大な手の形へと変わる。シュニーユより小さいが硬度は比較にならないレベルだった。クーゲルの斬撃をいとも容易く受け切る。クーゲルは剣を振る度に入団時に授かった天使の力を込めるがインパクトの度に光は弾け霧散していく。
緑髪のオッサンもモニターを見ている「ソレ」目掛けて天使の力の籠もる針を投げる。いや、投げようとした。
「ガッ――!?」
凄まじい衝撃と共にオッサンの顔の下半分が爆発、一撃で意識が顎の皮膚と共に飛ばされる。
「雑魚は殺す価値も無いからねェ……暫く何も食べられなさそうだけど、その方が死ぬよりツラいよねェ?」
モニターを見たまま、左手を巨大な銃へ変化させオッサンの顎を撃ち抜いていた。銃口から硝煙のような煙が立ち昇る。
「あ。君は殺さないといけないんだけど、折角なら種を育てようかなァ?憎しみ、恨み、復讐に囚われる、悪魔の種をさァ?」
ガンガンガン!!!
壁を銃撃すると壁の向こうに居た少年が驚きで座り込む。
「……!!早く逃げて!!」
男女の息子だった。そして――
「殺さないから逃げる必要なんてないよ?君は殺さない、殺してあげない、ちャんとその目に。脳裏に。記憶に。深く深く深く刻み込めよ?僕が……君の両親の仇だからね」
――キィィィィィィィィィィィィィン!!
大気が震える程のエネルギー。クーゲルが助けに入ろうとするも「ソレ」が立ち塞がり――
ザン――!!
クーゲルの視界の右側が消えた。右眼を斬られたと気付いたのは左眼の視界に自身の飛び散った血が見えた時だった。「ソレ」の巨大な手が剣へと変わっていた。青白い雷が熱をもたらし、傷口は火傷をしたみたく広がっていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
銃は更にエネルギーを充填している。あまりのエネルギーに床の瓦礫や物が浮かび上がる。父親を殺したみたく一瞬で殺せるのに。敢えてしない。この時間で息子に、母親に、最大限の絶望と、クーゲルが救ってくれるという叶わぬ希望に縋る時間を与えている。母親が殺された時、息子が感じる負の感情を最大限にする為だけに。無駄に時間をかけて殺そうとしていた。
「ほらァ〜、ほらほらほらァ〜、もッと懇願したら助けてあげるかもしれないよォ〜?」
「お、お母さんを助け――」
「ざんねェ〜〜〜ん!!」
シュッ―――!!!
銃口から放たれた光弾は母親の身体を呑み込み、壁を通過し遥か彼方へと吹っ飛び、爆発音も聞こえない程の遠方で爆発した。空の色が変わる程の爆発が、音は無くとも母親が死んだ事を明確に示している。
「あ……あぁ……」
息子は涙を流しその場にうずくまる。自分の弱さ、両親を失った事。悔しさ、悲しさ、怒り、様々な感情が彼を襲う。
クーゲルは昔の自分を見ているようだった。力を手に入れたのに、また守れなかった。自分の弱さに煙草を噛み折れ曲がる。
「あ〜あ。死んじャッたねェ〜。君は僕を殺す為だけに残りの人生を捧げるんだよ。僕はドネ、ドネ・グローム。十二使徒が一人……忘れるなよ?」
「!!お前……ザラームの……!!」
十二使徒と聞いて右肩の古傷が鈍く疼く。復讐に囚われていないといえど冷静では居られなかった。
「あー……ザラームを知ッてるんだ?片腕落とした男ッて言ッてたの君なのかな?ザラームは馬鹿だねェ、腕はこうやッて落とすんだよ」
クーゲルが反応出来ない速度で振り下ろされた剣は右腕を剣ごと消し去り後ろの壁も斬れ吹き飛ばされる。
「綺麗に斬ッちャうと幾らでもくッつけられちャう。斬ッた部位は消し飛ばさないと」
「〜〜〜ッ!!」
隻眼になり右側の視界にハンデがあったとはいえ反応すら出来なかった。傷口は焼かれ出血こそ無いが焼け爛れる痛みは尋常ではない。
「あ。コピー終わった。じャあ僕は試作品を貰ッて帰らせて貰うね」
「……逃がすとでも……!?」
「……君も今殺すには惜しいんだよ……君にはとッておきのプレゼントがあるんだから……ソレまでは死なないでくれよ?簡単に死んだらルーチェちャんが泣いちャうよ?」
「……!!」
怒りで突っ込もうとするもフーに言われた事を思い出し、踏み止まる。
ドネは試作品のケースを手に取る。すると扉からレーヴェン博士が。
「お前!!私の試作品に触るな!!それはサンプルだ!!実際に試した事もない、そんな物を使えばどうなるか――」
「じャあさァ〜?使ッてるみたらイイじャん?」
博士の背後、ネグルとシャダの更に後ろに来ていたメーディの背後に3体目のドネが出現する。メーディの口を手で覆うと青い液体の入った注射器を首筋にブスッ――!!
「ッ――!?」
「な、メーディちゃん!?」
シャダがソレに気付いたのは青い液体が全て体内へと吸収された後だった。ネグルが殴りかかるも3体目のドネはネットの海へと消えていった。カラン、と殻の注射器が床に落ちる。メーディは苦しみながらうずくまる。
「う……うぅ……グ……ウゥ……」
「メーディ!!」
博士が焦る。メーディに射たれた注射器はどれだ?複数の試作品。その中でも最悪の物が使われたと知るのに、それほど時間はかからなかった。メーディは徐々に、肌の色が変わっていき、ポニーテールの先が意思を持ったかのように動き、牙まで生えてくる。肩やスカートの裾まで牙が生え口が出来ている。試作品は成功していた。しかし愛しい妹に使うなど失敗以外の何物でもない。
彼女が射たれたのは強化薬(蒼)のモデルは不死。肌は薄紫色になりゾンビのようになっていた。口の端から涎が垂れ以前の面影など存在しない。完璧な不死ではなく不老半不死。長期間の研究でやっと作られた強化薬に、射たれた者を元に戻す薬や方法なんてある筈がない。数年数十年かけて作られた薬……それの逆は同じだけの月日がかかる……。
「……素晴らしい!!早速帰ッて研究しなければ!!」
2体のドネもネットの海を潜り消えていく。退魔師になり人を救い、悪魔も滅してきた。しかし十二使徒が相手になると自分は無力。十年前と何も変わっていない……その現実がクーゲルに突き付けられる。
人外に変貌したメーディ。見た目は変わっても敵対行為はせず、兄をじっと見詰めている。
「……すまない……すまないメーディ……」
博士は自身の研究を悔やみながら最愛の妹を抱きしめる以外、何も出来なかった。




