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力無き者

 下界と呼称される地上世界。人間種族は地上で最も弱い存在、人外と呼ばれる多種族から迫害を受けていた。家畜同然の扱い、人外の気紛れで簡単に命を絶たれてしまう。勿論力を持つ人間種族も居るが、人外の強さと多さは、人間種族を蹂躙するのに充分過ぎる程だった。人間に有効的な人外種族や個体も居るが、表立って肩入れをする馬鹿なんて存在しない。人間種族は静かに暮らしていた。




 オレンジ髪の青年、クーゲル・ユスティーツは森の中を一人で歩いていた。咥え煙草から立ち昇る煙がゆらゆらと空へ消えていく。少し強面(こわもて)な彼の表情が僅かに緩む。人外達の目から隠れるようにそびえ立つ教会を目指していた。信仰深い信者なわけではない。その教会を拠点にしているシスターに会う為だけに誰も立ち入らないこの地まで来ていた。食料や水の差し入れという名目で数日起きに片想いの相手に会いに来る。彼の習慣はずっと続いていく。そう思っていた。




 荒れた道を歩いていくと段々と道幅が広がっていき、木々の生い茂る葉の隙間から教会が見えてきた。何時もと変わらぬ光景。しかし扉を開いた瞬間、彼の人生は一変した。


 古び汚れや苔が目立つ薄い白い外見からは想像が出来ない程に、中は赤黒く染まっていた。クーゲルが恋したシスターと目が合う。クーゲルの視線は下を向いていた。床に転がる頭。片目に黒い十字架が刺さっている「ソレ」は紛れもなく彼女。目が合っている筈なのに、既に生気は無く濁り始めていた。傍らには足が一本。奥の広場、大きな十字架に磔にされている身体には頭部と片脚が無かった。


 目の前の惨状を何一つ理解する事が出来ない。脳が本能的に理解を拒んでいるのかもしれない。理解したら、受け止めたら、精神が崩壊してしまうから。


「……シスター?」


 転がる頭部に話かけるも応じる筈などない。


「……ッ」


 死体への恐怖や嫌悪感は抱かなかった。屈むと頭部を抱き上げ、抱え込む。シスターの前で泣いた事は無かったクーゲルの目に光るモノが。


「ルーチェ……俺は……お前が……」


 シスターの名を初めて紡ぐ。ルーチェに届く事はない。分かっていても、紡がずには居られなかった。恥ずかしさからか、何故生きている時に呼ばなかったのか。後悔で己への怒りが沸々(ふつふつ)と沸き上がる。そしてその怒りは愛する人の亡骸の隣にいる人外へと向けられる。ギロリ。怒りに満ちた双眸を「ソレ」に向けた。


「お前が……ルーチェを……!!」


 脚に力を入れ腰を落とす。腰の護身用の剣に手を伸ばす。いや、伸ばそうとした。剣の柄を握った感触が無い。それどころか右腕の感覚すら。


 ――ゴトッ


 鈍い音が後ろからした。振り返ると腕が落ちている。俺の、右腕が。


「〜〜〜〜ッ!!」


 痛みで右肩を押さえる。今迄味わった事のない強烈な痛み。気を失わないのは怒りで痛覚が麻痺している所為か?麻痺していてこの痛み……受けた傷の大きさを再認識する程度に頭は未だ回っていた。


「反応すら出来ずに利き腕が消し飛んで、何をされたのかも理解していない。私との圧倒的な力の差を思い知っても逃げない……人間はやはり愚かな下等生物って事ね」


 ルーチェの亡骸の近くの影のような塊から現れている人外。上半身だけが具現化している。腕は交差され拘束具で固定。紫のフードを被っており服がゆらゆらと炎のように揺らいでいる。目は単眼のデザインがされた金属のアイマスク状の装飾で覆われて、口は5本の糸で繋がれていた。金髪に黒メッシュの女の人外はそれだけで悪魔だと分かる程の異質な風貌と雰囲気を纏い、言葉を続ける。


「この女もハズレ。あといくつ教会を壊せば見つかるのやら」


 右肩からビチャビチャ。大量の血を垂らしながらクーゲルは耳を疑った。大切な人を殺された挙げ句ハズレ等と。汗が止まらない。視界が霞む。脚がふらつく。それでも。クーゲルは左手を柄へ。逆手で剣を抜刀した瞬間。




 キンッ――!!




 金属音と共に剣は綺麗に折れ、先端が遥か後方の床に突き刺さる。今度は見えた。いや、わざと見えるように手加減された。悪魔の影が伸び、まるで鞭の如くしなり一瞬で剣を切り裂いていた。


 勝てないのは明らか。しかし逃げる体力も無く、仮にあろうと逃げ切れるわけがない。


「無駄な事はしなくていい。今楽にしてあげ――」




 ドォォォォォン!!




 大きな破壊音と共に天井付近の壁が灼熱に染まり溶け、業火が悪魔へ向かい直進していく。クーゲルには視認出来ない速さで悪魔を呑み込み教会の床が壊れ燃えていく。


「ったく。間に合わなかったか……アタシもまだまだっつー事か。自分の不甲斐なさに反吐が出る」


 赤白く光りながら溶ける壁を平気で踏み付けながら女は言葉を吐き捨てた。ロングの黒髪、前髪を十字架のピンで止め咥え煙草をしている目付きが悪過ぎる女。年齢はクーゲルと同じ程度に見える。


「……退魔師か」


 クーゲルは一目で分かった。十字架の装飾のコート。人間を守る為の人間の集団。天使の力を行使している……とか言っていた気がするが意識が遠のく、血が足りない。


「っと。まぁ今は人命優先だな」


 女退魔師がクーゲルの元へ行こうとした瞬間。炎から黒い影が立ち昇り悪魔の姿へと変わっていく。


「退魔師……この程度で私を倒せるとでも?」


「別に思ってねぇよ。だが諦めるつもりもねぇ!!」


 拳銃を構えるとバン!バン!バン!と銃撃。従来の弾とは違い炎のレーザーのようなモノが悪魔めがけて飛んでいく。悪魔は身体を黒い液体みたく不規則に動かして最小限の動きで回避する。悪魔の周りに十字架が発生。それら全てが女退魔師を狙っていた。


「次は私の番」


 ヒュン――ギュイィィィィィン!!!


 黒い十字架が物凄い速度で直進。女退魔師が避けると壁に突き刺さった直後進行方向に黒い衝撃波を飛ばし雲を消し飛ばし空を裂く。避けても避けても次から次へと十字架が発生し飛んでいく。


「逃げていても勝てない。人間は本当に頭が悪くて時間の無駄。早く死んでくれない?私にはやる事があるの」


 女退魔師が逃げながら銃で炎を撃ち込むも十字架一つ壊す事も出来ない。圧倒的な力の差。クーゲルより遥かに強い女退魔師でもこの悪魔には敵わない。


「喰ってあげる」


 悪魔の影が生き物のように蠢くと一匹の大きな竜の頭へと形を変える。女退魔師めがけて壁へ直進するとドン!!!という音と共に動かなくなった。


「無駄にしぶとい」


 竜の頭が膨れあがり炎と共に爆散。炎はそのまま辺りを燃やしていく。女退魔師はクーゲルの元へ飛ぶと右腕を拾い、クーゲルの腹を担ぐと一歩を踏み出すとそのまま外へ飛ぶ。


「逃がすわけ――」


「あばよッ!!!」


 女退魔師が咥えていた煙草が一気に赤白く光ると先端から炎のレーザーが悪魔へ向かい直進する。拳銃から出したものより高温で広範囲のレーザーは教会の中へ着弾し




 ドォォォォォォォォォォン!!!




 教会は燃え散り瓦礫になりながら炎は激しく燃え続けていた。レーザーの反動で女退魔師は猛スピードで反対側へと吹っ飛んでいた。


「おい、無事か!?死ぬんじゃね―ぞ!!」


 抱き抱えたクーゲルを心配しつつ、拳銃のレーザーで飛んでいく方向を微調整しながら、退魔師の拠点へと向かっていた。




――ボロッボロボロッ




 教会の瓦礫から悪魔が出てくる。彼女は無傷だった。


「まぁいい。今はエスターを探すのが先決」


 悪魔は完全に影になると地を這う蛇のように線になりながら次の教会へと移動を始めた。




 クーゲルの意識が薄れていく。(まぶた)を閉じるとルーチェの顔が浮かぶ。頭部になり果てた死後の姿ではなく、自分に笑いかけてくれていた、生前の天使のような笑顔を。

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