090 騒然
――――中間試験から、一週間が経過した。
今日に至るまでの経緯を、軽く思い返していく。
ジュリアンの襲撃により、試験は中止。
事件が事件だっただけに再開催する余裕もなく、その時点で各生徒が集めていた魔石を回収し、それを基に成績がつけられることとなった。
そこからの一週間は、試験休み。
ジュリアン戦に参加した俺やリリアナ、グレイたちは事情聴取のため何度かアカデミーへ足を運ぶことになったが、それ以外の時間は安静に過ごしていた。
【星喰蝕命】と【リジェネヴェール】を発動した反動で、またしても魔力枯渇状態に陥ってしまったからだ。
とはいえ度重なる経験で慣れてきたのか、あるいは限界以上を引き出さずに済んだおかげか、以前よりは比較的早く体調が戻った。
これを喜ぶべきなのかどうか、判断に迷うところではあるが……
そんなこんなで試験休みが明け、本日は久々の登校日。
Eクラスの教室にも続々と生徒が集まってきているのだが、その中心にいるのは――
「グレイ、聞いたぞ! お前も襲撃者と戦ったんだって!?」
「リリアナさんが狙われていたんですよね? ご無事で本当によかったです!」
「敵は相当な実力者だったんだろ? なのに撃退するなんて、本当にすげぇよ……」
少し長めの灰色の髪が特徴的な少年――グレイ・アークと、輝くような銀髪に蒼色の瞳が特徴的な少女――リリアナ・フォン・アイスフェルトの二人だった。
ちなみに当然だが、リリアナの隣には黒髪ボブのメイド――ローズ・ユライミも侍っている。
グレイとリリアナを、口々に称賛するクラスメイトたち。
あの戦いの中心にいたこと、そして討伐に貢献したことで、二人はすっかり注目の的になっていた。
とりわけ【創星天極】の一撃は、遠く離れた場所からでも見れたらしく、その凄まじさに皆が圧倒されたのだとか。
それを二人がかりで放ったという事実に誰もが驚愕しつつ、敵を討伐してくれたことに感謝の言葉を告げている様子だった。
「むぅ。アレンくんだって、すごく頑張ってたのに……」
ふと隣から声がして視線を向けると、茶髪ロングの素朴な可愛らしさを持つ少女――ユイナ・ネルソンが、不満げに頬を膨らませていた。
「ユイナ、おはよう」
「おはよう、アレンくん」
挨拶を交わすと、ユイナはにこやかな笑みを浮かべる。
だがすぐに、視線をあちらへと戻した。どうやら思うところがあるらしい。
「まあ、俺は最後にトドメを与えただけだからな」
「そんなことないよ! アレンくんは、他にももっとたくさん――」
ユイナの勢いが増しかけた、その時。
向こうからグレイの声が聞こえてくる。
「皆、ありがとう。でも、僕にできたのはほんの少しだけだよ。あの場には一緒に戦ってくれた人がたくさんいたし、一番大きなダメージを与えたのも多分ルクシアの雷魔法だったからね」
謙遜まじりに告げるグレイ。
すると、それを引き取るようにリリアナが口を開いた。
「むしろ私の場合、感謝されるどころか謝らなければならないでしょう。私のせいで皆さんを危険に巻き込んでしまいました。申し開きのしようもございません」
深く頭を下げた後、彼女は顔を上げる。
「ただ――それを承知の上で、一つだけ訂正させてください。あの戦いにおける最大の貢献者を挙げるなら……きっと、私たちではありません」
「そうだね。アレンが的確に指揮を執ってくれなければ、僕たちはきっと一矢報いることすらできなかった」
「アレンが……?」
誰かが、ぽつりと呟く。
その瞬間、クラスメイトたちの視線が一斉に俺へと集まった。
しかし、
「確かにアレンも、交流戦でAクラス相手に勝ってたっけ」
「でも、あの時の魔法じゃ二人やルクシアさんには及ばないだろ」
「ああ、だから指揮……後方支援でサポートしたのか。まあ、あの戦いで支援に回れるだけ大したものだけどな」
二人の言葉を疑うというわけではないが、リップサービスが混じっているとでも判断したのだろう。
結果として、注目はまたリリアナやグレイの方へと集まっていった。
(……まあ、こうなる方が都合がいいか)
目立ちすぎないに越したことはない。胸中でそう独りごちて、肩の力を抜く。
ちょうどそのタイミングだった。
「おっはよー! なになに、何の話!?」
ピンク色のセミロングを揺らしながら、一人の少女――ルクシア・フォトンが教室に入ってくる。
彼女にしては珍しく、今日は寝坊ではないらしい。
すると、すぐに生徒たちがルクシアを取り囲み、あの雷魔法は凄まじかったと口々に称賛を浴びせていく。
ルクシアは後頭部をかきながら、
「いや~、それほどでも……あるかも?」
と、いつも通りのあっけらかんとした態度で応じていた。
――しかし、そんな中。
「ルクシアちゃん……なんだか様子が、普段と違うような……?」
ぽつり、と。
ユイナが、何か引っかかったように呟いた。
「ユイナ?」
「う、ううん、何でもないよ。多分、気のせいだと思うし」
慌てて首を振るユイナ。
他のクラスメイトが誰一人として不思議に思っていない中、違和感を覚えたのは彼女だけ。
普段からルクシアと親しいユイナだからこそ、何か感じ取れるものがあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、人垣を分けるようにして、当のルクシアがこちらへやってくる。
「おっはよー! アレン、ユイナ!」
「うん。おはよう、ルクシアちゃん」
元気に挨拶を交わすルクシアとユイナ。
そんな普段通りの二人のやりとりを、俺はじっと見つめていた。
するとルクシアが、不思議そうに首を傾けながらこちらを見上げてくる。
「どうしたの、アレン? ぼーっとして。まだ一週間前の疲れが残ってるとか?」
「――――」
――瞬間、不意に先日の一件が脳裏をよぎる。
あんなやり取りをした後だ。こちらとしても、気まずさがないと言えば嘘になる。
ルクシアを救うための明確な手段を、俺はいまだ見つけられていないのだから。
だからといって、彼女と疎遠になることを俺は望んでいない。
そしてルクシア自身もそう思ってくれているからこそ、こうして普段通りに話しかけてきてくれているのだろう。
なら、俺のやるべきことも、また決まっていた。
「……いや、大丈夫だ。じっくり休んで、もう回復したからな」
「そっか、なら良かった!」
「それでだ。時間があったら、また俺たちの鍛錬に付き合ってくれ」
「うん、もちろん!」
間髪入れず頷いたルクシアは、しかし次の瞬間、にやりと口の端を上げる。
「あっ、でもでも。私も最近は引っ張りだこみたいだし……高くつくよ~?」
「……どれくらいだ?」
ルクシアほどの実力者が本腰を入れて鍛錬に付き合うとなれば、正規の手順を踏めば一日につき金貨一枚では到底済まない。
果たしてどれほど吹っかけてくるのか。
じっくりと溜めに溜めたルクシアは、渾身の様子で言い放った。
「晩ごはんのおかず、一つちょーだい!」
「「安っ」」
思わず声が揃う。
顔を見合わせると、ユイナが苦笑いを浮かべていた。
ガラガラ
「全員、席につけ」
するとそのタイミングで、扉の開く音と共に、聞き慣れた声が響いた。
誰もが一斉にそちらへ視線を向け――直後、教室がざわりとどよめく。
そこに立っていたのは、肩甲骨まで伸びる純白の髪に、漆黒の双眸を携えたEクラスの担任――リオン・コルニクス。
コツコツと靴音を鳴らし、教壇に立つ彼女。
その立ち居振る舞いは普段通りに凛々しい。
だが、決定的に異なる点が一つ――
――――彼女は、左腕を失っていた。
「リ、リオン先生、その……」
クラス委員長を務めるミクが、どう切り出したものかと、おずおず口を開く。
それを受けたリオンは「ん、ああ」と、何でもないことのように自身の左肩へ視線を落とした。
「誠に恥ずかしながら、休暇中に挑んだ高難易度ダンジョンで、魔物に斬り落とされてしまってな」
あっさりとそう告げ、なおも騒然とする面々を見渡す。
「まあ、ダンジョンにはいつ何時だろうと、このような危険が潜んでいるということだ。私を反面教師として、君たちは重々気をつけるように」
左腕を失うという重々しい事態であるにもかかわらず、その態度も口調も普段通り――否、むしろ以前よりどこか柔らかく聞こえるほどだった。
生徒たちは戸惑いを見せつつも、本人がこの調子なら、ととりあえず納得した風にざわめきを鎮めていく。
「…………」
そんな中、俺だけは、じっとリオンを見つめ続けていた。
中間試験当日に起きた一件のうち、公表されたのはジュリアンによる襲撃のみ。
リオンがジオラスターの手の者であったこと――その裏切りについては伏せられたままで、知っているのは俺を含めたごく数名だけだ。
こうなることは予想できていたとはいえ、その後の詳しい事情まではまだ掴めていない。
(……まあいいか。どうせ、すぐに分かることだし)
リオンの号令で授業が始まる中、俺は昨夜、寮の自室に届いていた一通の手紙へと意識を向けるのだった。
◇◆◇
放課後。
手紙の差出人に呼び出された俺は、指定された場所――学園長室を訪れていた。
世界最高峰のアカデミー、その頂点が居を構える部屋にしては、意外なほど簡素な造り。
もちろん、格に見合った調度や装飾は置かれているが、それも来客を不自由にさせないための最低限といった印象だった。
そして、この学園長室にいる人物といえば――当然、ただ一人。
「よく来てくれたわ、アレン・クロードくん」
夜空のように艶めく漆黒の長髪に、太陽がごとき金色に輝く双眸。
まさにその名の通り、理想とでも呼ぶべき美しさを湛えた女性。
俺を呼び出した張本人にして、このステラアカデミーの頂点――
――――学園長イデアーレ・ユースティティアがそこにいた。
次回、リオンの処遇について。
お楽しみに!
そして今回、とうとう本格的に登場した学園長イデアーレ。
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