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12.あるにぎやかな朝

 エリックの屋敷を訪ねてからまた数日経ったある日、私は大きく息を吸い込んで伸びをしていた。


「今日もいい天気ね。こんな日は、屋敷にこもっているよりも出歩いている方が楽しいわ」


 晴れた空を見上げると、自然と笑みが漏れる。隣のエリックも、まぶしそうに笑っていた。半歩後を歩いているレベッカは何も言わなかったが、ちらりとそちらを見ると、いつも猫背気味の背筋がぴんと伸びていた。


 私たちは三人で、ゲオルグのもとに向かっていた。彼のところには定期的にお金が届けられることになっているが、他にも何か援助できることがあるかもしれない。どうせなら、彼に直接尋ねてみよう。私とエリックはいつものお喋りの中で、ふとそんなことを思いついたのだった。


 しかも今日は、馬車ではなく徒歩だった。とても気持ち良く晴れたこんな日は、自分の足で歩きたい。私がそうわがままを言ったのだ。


 もちろん両親は私の身を心配して今回も止めてきたが、私は一歩も譲らなかった。エリックもいるし、レベッカは剣術の心得がある。そう主張し続けたら、ようやく両親は折れてくれた。


 というよりも、泣き落としと脅迫を交互にちらつかせてやっとのことで説得したというのが正しかった。どうも最近の私は、両親の扱いに慣れてきてしまった節がある。まっとうに生きると決めたのに、こんなことでいいのだろうか。


 悩んでも答えなど出る筈もないと思考を放棄して、心地良い日差しを全身に受け、目を細めた。




 そうして三人で町を歩いていると、前よりも町の人の態度が和らいでいるように思えた。


 彼らは相変わらず遠巻きにこちらを見ているものの、その顔におびえの色はない。無鉄砲な子供などは、こっそりとこちらに近づこうとさえしている。だいたいはその前に、周囲の大人に止められてしまうのだが。


「……ちょっとだけ、居心地が良くなった気がするわ」


「俺も同意だ。これもゲオルグのところに支援をした結果かもな。あとはレベッカが一緒にいるのも効いているかも」


「私、ですか?」


「ああ。屋敷の使用人であるあんたが、マーガレットにおびえることなく自然に付き従っている。これはかなりの進歩だ。記憶を失う前は、そんなことはありえなかったんだからな」


「やっぱり私、ひどい女だったのね……そんなことを断言されてしまうくらい」


「こら、落ち込むなマーガレット。今はもう違うだろう? あんたの努力のたまものだ、悲しむよりも素直に喜べよ」


 エリックが手を伸ばしてきて、私の頬にちょんと触れた。たちまち恥ずかしさに顔が熱くなる。落ち込みかけていた気持ちは、一度に吹き飛んでしまった。


「はは、やっぱりあんたはそれくらい元気な方がいい」


「もう、からかわないで」


「別にからかってないんだが」


 そのやり取りがおかしかったのか、レベッカが下を向いてくすりと笑った。


「あ、申し訳ありません、私などがお二人を笑うなど、その」


 たちまち大あわてで弁明する彼女に、私とエリックはそろって笑いかけた。


「落ち着いて、レベッカ。別に責めてなんかいないから」


「そうそう。それに、笑えるくらいにはマーガレットと打ち解けてくれたってことだろう? 逆に、お礼を言わせてくれよ」


 けれどレベッカはさらに恐縮したような顔で縮こまってしまう。おびえているのではなく、身の置き所がないといった様子だった。


 遠巻きに見ている人のことも忘れて、私たちは明るく笑い合った。それにつられたのか、離れたところから子供の笑い声が聞こえてきた。


 たくさんの笑い声は、青い空に気持ちよく吸い込まれていった。






 軽やかな足取りで教会にたどり着いた私たちを、ゲオルグは穏やかな笑顔で出迎えてくれた。気のせいか、この間よりも顔色が良いように思える。こけていた頬にも、しっかりと肉が乗っていた。


 肉付きが良くなったせいなのか、彼は前以上に牧師らしからぬ風体に見えていた。こんなにがっしりした牧師など、そうそういるものではない。


 ふとレベッカに目をやると、彼女は真剣な目をしてゲオルグの方を見ていた。そういえばこの前も、彼女はただ静かに彼を観察していたような気がする。何を考えているのか、後で聞いてみよう。


「ようこそいらっしゃいました、マーガレット様、エリック様。それにレベッカさんも」


「こんにちは、ゲオルグ。突然お邪魔してしまって、大丈夫だったかしら」


「いいえ、とんでもない。みなさまならいつでも大歓迎ですよ」


 私たちがあいさつを交わしている間にも、ぞくぞくと子供たちが集まってきていた。ゲオルグの背後に隠れるようにして、みんな興味深そうにこちらを見ている。遠慮のないまなざしに、思わずたじろいだ。


「こら、君たち。マーガレット様が困っておられるだろう。裏庭で遊んできなさい」


「でもゲオルグ先生、せっかくのお客様なんだし、僕たちもお話ししたいよ」


「マーガレット様のおかげでお腹いっぱい食べられるようになったんだよね? だから、お礼を言いに来たの。ありがとうございます、マーガレット様」


 そんなことを言いながら、子供たちは元気いっぱいにはしゃいでいる。彼らを下がらせようとゲオルグが一生懸命に説得しているが、彼らは顔を輝かせたまま私たちから目を離そうとしない。最初の時の警戒したような様子など、もうかけらほどもなかった。


 彼らが私に気を許してくれたことが嬉しくて涙ぐんでいると、ゲオルグが小さく目を見張った。


「何か、お気に障ったのでしょうか」


「いいえ、大丈夫よ。……子供たちが元気そうで、安心しただけなの」


「どうしたのマーガレット様、泣いてるの?」


「どこか痛いの? 大丈夫?」


 口々にそんなことを言いながら、子供たちが身を乗り出してくる。彼らは私のことを心配してくれているのだ。胸がじわりと温かくなる。


 ああ、駄目だ。このままだと本当に泣き出してしまう。けれどそうなったら、彼らはもっと心配するだろう。なすすべなく目頭を押さえていると、エリックが明るく言い放った。


「よし、ちびたちは俺と遊ぼうか。マーガレットはゲオルグと話があるからな」


「お兄ちゃん、遊んでくれるの?」


 私を取り囲んでいた子供たちが一斉にエリックに向き直り、歓声を上げる。エリックは子供たちに案内されながら、奥へと向かっていった。その途中ちらりとこちらを振り返って、そっと片目をつぶってみせた。


 ありがとう、と口の形だけで答えると、彼は楽しげに笑い、子供たちと話しながら去っていった。何して遊ぶ? かけっこしようよ。そんなあどけない声が遠ざかっていった。


 どうして彼は、あんなに子供の扱いに慣れているのだろうか。またいずれ機会があったら聞いてみたい。レベッカといいエリックといい、まだまだたくさんの謎を秘めているようだった。知れば知るほど、興味と好意がわいてくる。


 こんなに素敵な人たちを疎んじて遠ざけていただなんて、つくづくメグの考えることはよく分からない。もしかして彼女は人嫌いだったのだろうか。


 こればっかりは直接尋ねる訳にもいかない。少しずつ日記を読み続ければ、いつか答えにたどり着けるかもしれない。


 メグのことはひとまず置いておくことにして、私は改めてゲオルグに向き直った。彼もまた魅力的な人間の一人だなと、そんなことをこっそりと考えながら。

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