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13.ある穏やかな昼下がり

 子供たちの相手をエリックに任せ、私とゲオルグは和やかに話し合っていた。


「援助のことなのだけれど、今の金額で足りるかしら」


「はい、以前は町民からの寄付だけでやっていたことを思えば、まるで夢のようです」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、できれば本音を聞かせてもらいたいのよ。きっとまだ何か、助けが必要なことがあると思うの」


 しきりに恐縮するゲオルグに、少し強めの言葉をぶつける。絶対に彼は何か隠していると、そう確信したからだ。彼は少しためらった後、言い出しにくそうに口を開く。どうやら、私の読みは当たっていたらしい。


「その、これは私たちだけの問題ではないのですが……」


 彼が言うことには、この町には人口の割に医者が少なく、しかもその医者たちは不当に高価な謝礼を要求してくるのだそうだ。そのせいで、一部の金持ち以外はろくに医者にかかることすらできず、みな困っているらしい。


「私のような大人ならともかく、子供たちを医者に見せてやれないのが心苦しく……」


 彼の言葉を聞いているうちに、私の頭の中にはとある人物の姿がぼんやりと浮かび始めていた。私が頭を打ってすぐ、両親とともに駆けつけてきたあの男性だ。しょぼくれて貧相な顔をしたあの男性は、父によればあれでも腕利きの医者なのだそうだ。


 医者は父に雇われているとかで、屋敷の一室にずっと滞在していた。けれど屋敷にいるのは両親と私、それに働き盛りの使用人たちだけということもあって、医者の出番はほとんどないようだった。


 少し待っていて、とゲオルグに言うと、レベッカを連れて部屋の隅に移動する。


「ねえレベッカ、うちの屋敷にいるお医者様って、もしかすると暇を持て余しているんじゃないかしら」


「はいお嬢様、お医者様はいつも暇で暇で仕方がないと、陰で嘆いておられます。あ、私が告げ口したことは、どうか内緒にしていただけませんか」


「ええ、分かったわ。嘆くほど暇なのだったら、もう少し働いてもらってもいいと思うのだけど。お給金を増やせば、彼も嫌だとは言わないんじゃないかしら」


「名案だと思います。きっといい暇つぶしができたと、そうおっしゃるでしょう」


 小声でそんなことをささやき合ってから、くるりとゲオルグに向き直った。そのまま胸を張って宣言する。


「その件について、手を打ってみるわ。うまくいくか分からないけど、やるだけやってみる」


 どうやら私たちの内緒話が聞こえてしまっていたらしく、ゲオルグは笑いを噛み殺しながら神妙にうなずいた。




 そうやってさらにいくつかのことを話し合った後、私たちはのんびりと雑談に興じていた。


「ゲオルグはとてもしっかりとした体格をしているみたいだけれど、体を鍛えたりしているのかしら?」


 雑談の合間に、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。ゲオルグは少しはにかむように微笑むと、目線を落としながら答える。


「マーガレット様には気づかれておりましたか。はい、私は確かに以前、剣をとって戦うことを生業としていました」


 その言葉に、ずっとゲオルグを見つめていたレベッカが背筋を伸ばす。彼女の黒目がちの目に、いつになく熱心な光が宿っていた。


「と言いましても、傭兵のように戦いに明け暮れていた訳ではありません。旅の商人などに雇われる護衛だったのです」


「まあ、それなら納得だわ。でもそれならどうして、こんなところで牧師をやっているの?」


 謎が一つ解けたと思ったら、さらに謎が増えていく。本当に人間とは面白いものだと思いながら、さらに質問をぶつけてみた。


 ゲオルグは黙ったまま、懐かしいものを見つめるような、遠い目をした。もしかして聞いてはいけないことを聞いてしまったか、と冷や汗をかきそうになった時、彼がまた口を開く。


「護衛としてたどり着いたこの町で、かつて私は一人の女性に出会ったのです。彼女はたった一人で、教会を切り盛りしていました」


 思いもかけないその言葉に、隣のレベッカと目を見合わせる。そんな私たちに優しい目を向けると、ゲオルグは静かに言葉を続けた。


「この町で次の仕事を待っている間に、私は彼女と知り合い、そして……この町に留まることを決めました」


 まあ、とレベッカが声を上げる。その声がどこか悲しげだったのは、気のせいだったろうか。


「やがて私は彼女を手伝うために、牧師となりました。そうして二人で孤児院を始めた矢先、彼女は病で帰らぬ人となったのです。私は彼女の遺志を継ぎ、今もここで暮らしています」


 ぐすぐすと鼻を鳴らす音が聞こえる。目だけを動かしてそちらを見ると、レベッカがハンカチを手に涙をこらえていた。ゲオルグは彼女を見ると、切なそうに眉を下げ、ひときわ柔らかな声で彼女に向かってつぶやいた。


「私たちのために泣いてくださるのですね、レベッカさん。ありがとう」


 ゲオルグがかけたその言葉がとどめとなったのか、彼女はいよいよ本格的に泣き出してしまった。


 私とゲオルグはそんな彼女を静かに見守っていた。笑いじわがかすかに浮いた彼の目元には、今までで一番柔らかな笑みが浮かんでいた。






 そうしているうちにお昼時になってしまった。これ以上お邪魔するのも悪いかと、そろそろ帰ろうかと思った時、子供たちを両腕にぶら下げるようにしてエリックが戻ってきた。


 彼らはずっと走り回ってでもいたのか、みな暑そうに腕まくりをしている。静かだった礼拝室が、一気ににぎやかになった。気のせいか、気温まで上がったように思える。


「なあ、せっかくだしここで昼にしていかないか」


 エリックの言葉に、子供たちが一斉にはしゃぎだす。いつの間にか、エリックと子供たちはすっかり仲良くなってしまったらしい。


「ですが、ここには貴方がたの口に合うようなものなど用意しておりませんので……」


 ゲオルグが気まずそうに答える。彼によれば、いつも昼食は買い置きのパンや干し肉、買いだめした果物などで簡単に済ませているらしい。そんなものを貴族である私たちに食べさせる訳にもいかないと、こちらが申し訳なくなるくらいに恐縮していた。


 それを聞いたエリックが、にやりと楽しそうに笑う。


「あんたらの食料に手を付けるのも悪いし、ちょっとそこまで買い出しに行こうと思うんだが、それならどうだ? もちろん、代金はこちらで持つ」


 どうやらエリックは既に子供たちを丸め込んでいるらしく、子供たちは賛成だとばかりに声を上げた。ゲオルグ先生、僕たちからもお願い。一緒にご飯にしたいよ。そんな声が乱れ飛ぶ。


 ゲオルグがためらいがちに首を小さく縦に振った。それを見たとたん、子供たちが揃って歓喜の声を上げる。


「よし、先生の許しも出たな。行くぞ、みんなの分の昼飯の買い出しだ」


「わーい、何にするの? 楽しみだなあ」


「それはあっちで決めよう。お前たち、俺からはぐれるなよ」


「分かったよ、エリックお兄ちゃん」


 号令をかけるエリックに続くようにして、子供たちははしゃぎながら教会を出ていった。後にはあっけにとられた私とレベッカ、それにゲオルグだけが残される。


「……エリック様は、子供に好かれる方なのですね……」


 ぽつりとつぶやいたゲオルグの言葉に、私とレベッカはまだ呆然としたまま何度もうなずいた。


「エリック『お兄ちゃん』って……私もお姉ちゃんって呼んでもらえるよう、頼んでみようかしら」


 そんなことを真剣に考えてしまうほど、エリックも子供たちも楽しそうだった。

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