15-05 カメラ・オブスクラ
寝るにはまだ早いので、風景を写し取る魔導具について話し合うゴローたち。
「『謎知識』は『ピンホールカメラ』というものを示唆してます」
「ピンホールカメラ? なんだい、それ?」
「こういう構造で……」
ゴローは絵を描いて説明する。
中を黒く塗った箱。形としては立方体に近い。
1面の中心部に、直径1ミルにも満たない、『針穴』を空ける。
反対側の面にはスクリーンとなる、すりガラスまたはトレーシングペーパーのような半透明でマット状な紙を貼る。
針穴を対象物に向けると、スクリーンに対象物が倒立像となって映し出される。
「へえ……」
「『謎知識』によりますと、このスクリーンに映った人物像をなぞってポートレイトを描くなんていう方法もあるみたいです」
「なるほどねえ。人物の代わりに風景でそれをやろうというわけだね」
「そうなりますね」
「このスクリーンの代わりに、画像を記録できるものがあったら、手でなぞる必要がなくなるねえ」
「それこそが『カメラ』ですよ」
「面白いねえ。……とりあえず『ピンホールカメラ』を作ってみようかね」
「お願いします。あ、大きさは大きくしないほうがいいです」
スクリーンを大きくすればするほど、映る画像は暗くなるからだ。
ただし、画像の解像度は上がる(トレードオフ)。
* * *
薄い板を使って、20分でハカセは『ピンホールカメラ』を完成させた。1辺が10セルほどの大きさである。
もちろん、アーレンも手伝った。
スクリーンはすりガラスだ。
実は、一眼レフの『フォーカシングスクリーン』も同じ役割である。
「これでいいのかい、ゴロー?」
「はい。……画像は暗いので、明るいものを見てみましょう」
ということで、補助光に使っている魔導ランプに向けてみる。
「おお、映った映った。……ふうん、なんとかそれなりに見えているね」
「このガラスのすり具合が細かいと、より解像度がよくなるはずです。それから、スクリーンの周りを黒い紙か布で覆ってやると、より見やすくなるかと」
「やってみようかね」
ハカセにとってはお茶の子さいさいである。1分で改造を終えてしまった。
「うん、さっきよりは鮮明だけど……暗いねえ……このピンホールから光が入ってくるんだから、もっと大きくしちゃ駄目なのかい?」
「さっきも言いましたが、何にも映らなくなりますよ? やってみます?」
「何ごとも体験してみないとね」
と言いながらハカセは、ピンホール部分を直径2セル程の丸い穴に変えてしまった。
「どれどれ……ありゃあ、確かに全然映らなくなったねえ」
「でしょう?」
「ゴロー、これをどうにかする方法はないのかい?」
「一応ありますよ」
「うん、教えておくれ」
「レンズを付けるんです」
家庭でできる工作レベルなら虫めがね(凸レンズ)を1つ付けることで、スクリーンに像を結ぶようになる。
が、被写界深度が深い(ピントが合う範囲が広い)ピンホールに比べ、レンズを使うと明るい代わりにピントの合う範囲が狭くなる。
つまりピント調整が必要になるのだ。
具体的には、箱を2重構造にして、スクリーンを取り付けた側の箱をレンズに対して前後に動かせるようにするのである。
実際のカメラはレンズを前後させているが、工作精度を考えると箱をスライドさせる方がいい。
「ふんふん、これでいいかねえ」
「いいと思います」
ラフスケッチを交えたゴローの説明を聞いたハカセは、10分でピンホールカメラ(もう『ピンホール』ではないが)を改造した。
「ええと内箱を前後させてピントを合わせる……と、おお、映った映った」
先程よりは明るい像が見えている。
が。
「確かに、ピントの合う範囲は狭いねえ」
「でしょう?」
「これは、改造しがいがあるねえ」
「ああ、レンズの精度も問題になりますからね」
「どういうことだい?」
これもまた、ゴローは絵を描いて説明する。
「理想的なレンズでない限り『収差』というものがありまして」
「ふんふん」
「レンズ表面は『球面』なので屈折した光は一点に集まらないわけです。『球面収差』といいます」
「なるほどねえ」
「あと、光の波長によって屈折率が違うので、こちらは『色収差』といいますね」
他にもいろいろありますが、まずはこれをおさえておいてください、と『謎知識』からの情報を説明したゴローであった。
「あ、そうだ、『蛍石』でレンズを作ると、色収差が小さくなるらしいです」
高級なカメラレンズに使われている。
ただし蛍石は硬度が低く傷つきやすい。
また、透明な結晶は天然には得られにくいので、不純物を除去した結晶を人工的に作っているので単価も高くなるというデメリットがある。
また、屈折率も小さいので、レンズ設計が難しい。
「でもハカセとティルダなら」
「ふえ!?」
横でじっと聞いていたティルダであったが、いきなり話を振られてびっくりしたようだ。
「蛍石は積んでいなかったな」
「はいなのです」
蛍石は硬度が低いため、宝石として扱われることは稀である(アクセサリー用ではなく、コレクション用としての需要が少しある程度)。
「この先、どこかに蛍石が採れるところがあったら教えてくれ」
「わかりましたのです」
とりあえず今夜のところはここまでとなった。
『カメラ』の改良は明日以降である。
* * *
「周囲の様子は?」
「静かなものです」
ゴローの問いに答えたのは『屋敷妖精』マリーの『分体』。
「私が番をしておりますから、お休みください」
「ありがとう」
『屋敷妖精』は眠る必要がないので、こうした役目にぴったりだ。
「私も寝る必要がありませんから、操縦席についています」
「頼むよ、フランク」
『自動人形』であるフランクもまた睡眠の必要がないため、操縦席にいてもらえればいざという時にすぐ離陸できるわけだ。
「あたしだって、危険の察知くらいできるわよ」
『木の精』フロロの『分体』もまた頼もしいことを言ってくれる。
兎にも角にも、『ANEMOS』とゴローたち一行の安全性は守られるようだ。
そして、何ごともなく夜は更けていく。
〈静かだな〉
〈うん〉
〈いつもこうだといいんだが〉
〈この先、何があるかわからないから〉
〈そうだよなあ……〉
そしてゴローとサナもまた、眠る必要がないので、横になって周囲を警戒しつつ『念話』で会話をしていた……。
* * *
警戒しているときほど何も起きないもので、何ごともなく夜が明けた。
「ああ、今日もいい天気だな」
「うん、よかった」
山の彼方から昇る朝日を見て、ゴローとサナは微笑みあった。
「もう少ししたらみんなを起こそうか」
「うん」
時刻はおそらく午前5時頃。
何度も言うが、経線を横切って移動しているので、体感時間と現地時刻がずれてきており、正確な時間がわからないのだ。
正午……太陽が真南に来た時刻を12時、と定義するしかない。
が、定義したその時はいいが、さらに西へ移動することでまた時差が生じる。
(移動距離と時差の正確な関係がわかればなあ)
と考えるゴローであった。
それはさておき、ゴローは朝の光の中、『ANEMOS』を出てみた。
昇ってきた太陽から降り注ぐ光に、草に降りた朝露が光っている。
「今日もいい天気になりそうだ」
「いいえ、午後、にわか雨が降ります」
「おわっ!」
独り言に答えた言葉にびっくりして振り返るゴロー。
そこにいたのは……。
「ふふ、驚かしてしまったようですね」
「『風の精』様……」
「様なんて付けなくていいですよ。ゴローさん、お久しぶりですね」
「あ、は、ご無沙汰しております」
「あの石もうまく使っているようで、安心しました」
「その節は、ありがとうございました」
『風の精』からもらった『緑の石』。
それはAETHERの性質を『竜の骨』に付与できる石であった。
これを用いて『ANEMOS』は空を飛んでいるといってもいい。
ありがたいことに、この石は触媒なので減ることはないのである。
「ええと、今日は、何か」
「いいえ、特に用があったわけではありません。風は、自由ですから」
「そ、そうですね」
「それではまた、ゴローさん、どこかで」
「あ、はい」
『風の精』は、ゴローの返事が終わる前に、ふっと姿を消してしまった。
「ええと、今日は午後からにわか雨か……」
その前に移動してしまえばいい気もするが、多分そんなことは織り込み済みで忠告してくれたんだろうなとゴローは想像した。
「雨の間、雲の上に出るか……」
地図を作りたいという関係上、一気に距離を稼ぐわけにもいかない。
そのあたりも『風の精』はわかっていたのかなと考えながら『ANEMOS』に戻るゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月5日(木)14:00の予定です。
20260129 修正
(誤)それから、スクリーンの回りを黒い紙か布で覆ってやると、より見やすくなるかと」
(正)それから、スクリーンの周りを黒い紙か布で覆ってやると、より見やすくなるかと」
(誤)その前に移動してしまえはいい気もするが、
(正)その前に移動してしまえばいい気もするが、




