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15-03 三連湖

「ここが『三連湖』か……」


 『ANEMOS()』から真っ先に降り立ったゴローは、湖の水面を見た。


「青いな……きれいな青だ」


 そして、かすかな臭いも感じる。


「……何の臭いだろう?」


 その独り言を、『ジャンガル王国』の技術長ケーンが聞きつけた。

 大きなマスクをしている。


「臭いですよね。今日は風向きがよくないようで、臭いがこっちへ流れてきています」

「やっぱり」


 そのためか、思いっきり走らせてやろうと思った『クー・シー』のポチが、小屋に引っ込んだまま出てこようともしなかったのである。

 『エサソン』のミューも同じく顔を出さない。


「硫黄化合物の臭いっぽいな……硫化水素?」


 『謎知識』が1つの物質名を示唆しさしてくれた。


「ケーンさん、一旦『PICUS(ピークス)』に戻ってください。説明は後で。特にリラータ姫は外に出さないように」

「え? は、はあ」


 わけがわからないながら、ゴローの指示なのでケーンは乗員に『PICUS(ピークス)』内で待機するよう命じた。


 その後ゴローは大急ぎで『ANEMOS()』に引き返し、出てこようとしたハカセを押し留める。


「ハカセ、ティルダ、アーレン、ラーナ、ヴェルシア、ルナール、まだ出てきちゃ駄目だ」

「ど、どうしたんだい、ゴロー?」

「もしかしたら『有毒ガス』が出ているかも」

「何だって!?」

「そこでティルダに頼みがある」

「なんなのです?」

「『純銀』のペンダントを人数分作って欲しいんだ。……今回の有毒ガスは銀を黒くする性質があるから、黒くなるようだと危ない」

「わかりましたのです」


 『硫化水素(HS)』は反応性が高く、銀とも反応して『硫化銀(Ag2S)』を作る(硫黄の蒸気に銀が反応しても硫化銀ができる)。

 硫化銀は黒色なので、銀白色の銀器が黒化すればすぐにそれと分かる、というわけだ。

 ちなみに『硫黄の臭い』といわれている『卵の腐ったような臭い』とはこの硫化水素の臭いである(純粋な硫黄は無臭)。

 ただし、高濃度になると嗅覚が麻痺して臭いを感じなくなるので要注意である。


 火山性の温泉では硫化水素が発生している場所があるのでこれもまた注意が必要だ(箱根の大涌谷や立山の地獄谷など)。


 閑話休題。


「とりあえず、有毒ガスは空気より重いので、窪地や穴の中に近付かなければ大丈夫ですから」


 とゴローは説明。


「なるほど、このあたりは湖のそばで平らだから、とりあえず大丈夫ということだね」

「はい、ハカセ。でも油断はしないでくださいね」

「わかったよ」

「あ、あと、この有毒ガスは水に溶けるので、濡らした布で鼻と口を覆えば、短時間で低濃度でしたら防げます」

「覚えておくよ。あとはないかい?」


 ゴローからの注意事項はもう1つある。


「あの湖の青ですけど、謎知識は『アンモニア性硫酸銅』と言ってます」

「つまり、アンモニアが溶け込んだ硫酸銅水溶液、ということかい」

「はい」


 随時ゴローが行っている科学講義により、ハカセもこのくらいの理解ができるようになっている。さすがハカセ、とゴローも感心していた。


「ですので素手で触るのはやめておいてくださいね」

「わかったよ」


 『アンモニア性硫酸銅』は、目や皮膚に付くと、発赤、痛みなどを引き起こす可能性がある。

 誤って飲んでしまうと腹痛や吐き気、嘔吐、下痢などの急性中毒症状を引き起こす。

 水生生物に対しても強い毒性がある。このため、湖には生物は棲んでいないと思われた。


「まだ旅は始まったばかりだしね。どこかに『マーカー』を埋めておくだけにしようかねえ」

「それがいいと思いますよ」

「まあ、記念に、ガラスの小瓶に水を詰めておくくらいはいいだろう?」

「ええ、そのくらいなら」


 ハカセなら、蓋をするのではなく、ガラスを融かし合わせて完全に密閉することもできるのだ。


 こうしてゴローは、仲間たちに危険性をひととおり説明したのであった。


 その後ティルダは銀のペンダントヘッドを人数分プラスアルファ(『ジャンガル王国』の分も)用意してくれた。

 まあ、銀板を楕円形にして小さな穴を空け、紐に通しただけであるからすぐにできたわけだ。


「とりあえず、お昼にしましょう」

「そうだねえ……外で食べられないのは残念だけどね」

「窓からの眺めで我慢してください」


 というわけで、船内での昼食となった。

 もちろん『PICUS(ピークス)』の一行も……。


*   *   *


 昼食後、ゴローは『ジャンガル王国』の技術者たちにも、より簡略化して同じような説明を行い、銀のペンダントヘッドを渡した。


「なるほど、さすが『天啓てんけい』持ちですね。ゴロー殿、ご教示ありがとうございました。これで、危険についてもよりはっきりと分かりました」


 技術長ケーンが代表でゴローに礼を言った。


「このペンダントが黒くなるようであれば非常に危険、ということですね」

「そういうことです」

「このことは、今後ここへ来る者たち全てに徹底させましょう」

「そうしてください」


 これで一安心、とゴローは胸を撫で下ろしたのである。


 ちなみに、ゴロー、サナ、フランクらは硫化水素をはじめとするあらゆる毒ガスでも平気である。


 とにかくこうして、『三連湖』の調査ができるようになったわけである。


「……そうだ、クレーネーに水を見てもらおうかな」


 ふと思いついたゴローは、湖の水をガラスのコップにんで『ANEMOS()』に持ち帰り、『水の妖精(ナーイアス)』であるクレーネーに見せてみた。


「これは『毒の水』ですの。銅と硫黄、それに臭い空気が溶け込んでいるようですの」

「おお、やっぱり『アンモニア性硫酸銅』か」


 硫酸銅の化学式は[Cu(NH3)4]SO4・H2O。

 Cuは銅、H2SO4は硫酸、NH3はアンモニアであるから、クレーネーの分析は間違ってはいない。


「うーん、あまり使い道はないかなあ」

「銅だけ取り出すこともできますの」

「とはいっても、鉱石から取り出す方が効率がよさそうだしなあ……あ、一般の話な? クレーネーなら湖の水の大半から銅を取り出せそうな気がするけどさ」

「はい、2時間くらい掛ければ、このくらいの銅を取り出すことができますの」


 クレーネーは両手で抱えるくらいの仕草をしてみせた。


「やっぱりできるのか……」

「はいですの」


 『水の妖精(ナーイアス)』としてすごい成長をしたんだなあ、とゴローは感心したのである。

 そんなゴローが半ば戯れに、


「外に出ている連中の様子ってわかるかい?」


 と聞いてみたら、


「水辺にいる人たちはわかりますですの」


 という答えが返ってきたのである。


「すごいな……それじゃあ、危険がないかどうか、見守っていてくれるかい?」

「お任せくださいですの」

「うん、頼むよ」


 これでハカセたちの安全性が一層増したな、と安心するゴローであった。


*   *   *


 1時間ほどの自由探索時間の後、『ジャンガル王国』のメンバーも含めた全員が集まって報告会をしている。


「顔料になる石がありました」

「金色の石があったのじゃ」

「愚者の金を見つけました」


 と、3つの報告があった。


 顔料になる石というのは……。


「『孔雀石』なのです、ヴェルシアさん」

「やっぱり」


 『孔雀石』は、『岩緑青』と呼ばれる青緑色の顔料になる。

 また、古くは『青丹あおに』とも呼ばれた。『奈良』の枕詞まくらことばである『青丹よし』の青丹である。

 クレオパトラがアイシャドーに使っていたともいわれる。

 銅鉱石が変化して孔雀石になったものと、銅化合物が濃集して形成されるものとあるが、今回見つかったものは……。


「姫様の見つけた石は『黄銅鉱』なのです」


 これを踏まえ、どうやら黄銅鉱から変化してできたもののようである。

 というのも、孔雀石は黄銅鉱などの銅を含む一次鉱物が環境の影響により変化して作られる二次鉱物だから、存在するんじゃないかなと『謎知識』も予想していたのだ。


「アーレンさんの見つけた石は『黄鉄鉱』なのです」

「やっぱり」


 正六面体……つまり立方体に結晶することで有名だが、実は八面体や五角十二面体にも結晶する。

 アーレンが見つけたこれは六面体であった。


 黄鉄鉱も黄銅鉱も、硫黄と金属とが結合した鉱物である。

 これは、この『三連湖』が火山性の湖であることとも関連しているようだ。

 ちなみに、黄鉄鉱が水や酸素に触れると酸化反応を起こし、硫酸を生成するので、鉱石の放置は環境汚染を引き起こす(元々そこにあったものは仕方がない)。


「ティルダ殿がいてくださって助かりました」

「いえ、どういたしましてなのです」


 技術長ケーンに礼を言われ、照れるティルダであった。


*   *   *


 時刻は午後2時となった。


「さて、それでは、俺たちは出発します」

「うむ、ゴロー、サナ、ハカセ殿、アーレン殿、ティルダ殿、ラーナ殿、ヴェルシア殿、それにルナール……名残惜しいがここでお別れじゃな」


 今回は硫化水素や、湖の水といった危険があったため、あまりはしゃげなかったリラータ姫であったが、不満も口にせず、ゴローたちに別れを告げる。


「無事に帰ってくるのじゃぞ。そして土産話をたくさん聞かせてくれ」

「はい、姫様」

「それでは、しばしの別れじゃ。そなたたちの旅路に、幸多からんことを」


 リラータ姫以下、『ジャンガル王国』の面々に見送られ、ゴローたちは『ANEMOS()』に乗り込む。


 そしてゆっくりと『ANEMOS()』は離陸した。


「息災でな」


 『ANEMOS()』は上昇を続けたあと、西へと進み始める。


 そして、手を振るリラータ姫たちの目の前から姿を消したのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は1月22日(木)14:00の予定です。


 20260115 修正

(誤)「つまり、アンモニアが溶け込んだ硫酸銅水溶液、というここかい」

(正)「つまり、アンモニアが溶け込んだ硫酸銅水溶液、ということかい」


 20260201 修正

(誤)ちなみに、ゴロー、サナ、フランクらは硫化水素をはじめとするあらゆる毒ガスでも平気である(腐食性ガスを除く)。

(正)ちなみに、ゴロー、サナ、フランクらは硫化水素をはじめとするあらゆる毒ガスでも平気である。

 硫化水素も腐食性ガスなので、この際但し書きを取っ払いました。

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― 新着の感想 ―
硫化物は臭いですからポチや獣人にはキツイでしょうねえ。しかし火山がつくった、自然の奇蹟の造形ですか。こういうのを魅せられると、人間の造形力って意外と低いんだなぁ………って思わされますね
更新お疲れ様です! >「ここが『三連湖』か……」  『ANEMOS風』から真っ先に降り立ったゴローは、湖の水面を見た。 「黒いな……」 その時、何故かガイア、マッシュ、オルテガという名前が思い…
>>硫黄化合物の臭いっぽい 仁「玉子の腐ったと・・・・」 明「無味無臭無色よりは・・・」 56「COとかCO2はなぁ・・・」 >>アンモニア性硫酸銅 仁「分離して色々・・・・」 明・56「逸般仁類に…
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