ショッピング
それからグリム達の指導が終わるまでの三日間、ナル達は決まって例の酒場で顔を合わせていた。
特に待ち合わせたわけでもないのに必ず三人は一緒に朝食をとっていた。
その都度、昨日はどうだったなどと言う他愛のない話をしては旅支度についての連絡事項を交えて食事を済ませては再び分かれるのが日課だった。
そして4日目の事、つまりグリムとリオネットによる兵士と傭兵向けの指導が一通り終わり二人の予定が空白になった日である。
「今日は君について行こうと思うのだがいいか? 」
リオネットは突然そんな相談をナルに持ち掛けたのだった。
「構わないが……ついてきても面白いことはないぞ? それこそ各々暇つぶしの方法でも探すか、旅で必要な衣類の調達に言った方がいいと思うが」
「それは君に付いて行ってもできる。というよりは君の力を借りたいのだ」
「俺の? 何に? 」
「グリムの衣類。なんと言うべきか……グリムは外見はともかく年齢としては立派な淑女だろ」
「まぁ、たまに忘れそうになるがな」
「だというのに持っている衣類はどれも男児向けの物ばかりでな……たまには淑女らしい恰好をさせておきたいと思っているのだ」
リオネットが言わんとすることは、ある意味ではナルも必要だと考えている事だった。
レムレス皇国の皇帝から貰った書状はドスト帝国向けの紹介状だが、内容を検めるとどの国家に対してもこの者の身分は保証するという内容で記されていた。
つまりレムレス皇国公認の特使と言う扱いになっている。
またドスト帝国でもほぼ同様の書状と、また不要ではあったがグリムとリオネット宛にしばらくナルを便利に使わせてもらい待ち合わせに遅れさせてしまったという謝罪文の二つが用意されていた。
結果的に二つの国から身分を保証された三人は今後その書面を見せればどの国家に赴いたとしても相応の待遇を受ける事ができる。
ともすれば、大国の庇護下にある小国や連合国家にとってはかなりの重要人物という扱いになり相応のもてなしどころか歓迎のパーティに招待される機会もあり得る。
その際に普段着でと言うのは隷属国家への態度として取られかねない以上ドレス等の高価なだけで使い道のない衣類を用意しなければいけない。
ナルとしてはそのような面倒事に付き合うつもりは無いため、二通の書状はいざという時以外は使わないつもりでいた。
「まあ、パーティでいきなりドレス着てすっころぶよりましか」
「そういうことだ、今のうちにスカートの類にも慣れておいてもらう必要がある」
「なら後で行くとして……それ、やっぱり俺必要か? 」
「私は自慢ではないがおしゃれという物には縁が遠いからな」
「本当に自慢にならないからな、胸を張って言うな。だったら男の俺なんかもっとわからねえよ」
「なに、こういう時は店員の見立てに従えば失敗はしないのだ。あとは男から見て不自然でないかどうかというのが重要であり、多少流行から遅れていようともに会っていればそれでいい。君なんかはその辺りに詳しいはずだろ」
「一応、筋は通っているな……」
事実ナルは衣類全般をはじめとする流行には敏感である。
コールドリーディングという技術は相手の特徴を見て判断する物であり、世俗に触れていなければ読み取れない部分というのはどうしても出てくる。
結果として占い師で日銭を稼ぐ機会や、この街で以前やったような夜の街アドバイザーなどの仕事をする際には必須技能の一つでもあったため必死になって勉強した分野でもあった。
「まぁそう言う事なら先に服屋を見に行くか……そんで飯食いながら鍛冶屋で剣を受け取って、午前中に買いきれなかった物を探しに行く。異論は?
「無い、任せよう」
「……ん」
こうしてその日の予定が決まったことで三人は食事を終えるとすぐに街へと繰り出したのだった。
手始めに近場にあた衣類を扱う店を訪れる。
旅人向けではない、ごく一般的な店だ。
置いてあるのはどれもが手作りだが、庶民が着古した物であり流行とは無縁のところにある店だがそれでも安価でそこそこの品が手に入る。
ナルの見立てでは大した店ではないが、値段は手ごろで品数も申し分ない。
「グリム、これなんかどうだ」
「……動きにくそう」
リオネットが手に取ったロングスカートを見て即座に否定する。
淡い水色のそれは古着とは思えない程に綺麗で、手縫いにしては整然とした縫い目であることから悪い品ではないが好みには会わなかったようだ。
「これ、動きやすそう」
続いてグリムが手に取ったのは膝上5cmほどの短いスカート。
伸縮性は無いがゆったりとしたそれは確かにグリムの言うとおり動きやすそうな物ではあるが、リオネットが選んだものに比べるとだいぶ使い込まれたように見える。
また縫い目は丁寧に隠されているが、多少粗いため見栄えはあまりよくない。
「両方試着だけでもしてみたらどうだ」
女の服選びには時間がかかると覚悟を決めていたナルは、しかしこの二人の趣味が上手くかみ合っていない事からさらに長引くのだろうと思い実際に着せてみる事にしたのだったが……。
「いい、服は動きやすさ重視」
グリムはそれを辞退した。
面倒くさいという色が目に見えるほどに濃く現れていたのだった。
「そうは言うが今後ドレスを着る機会もあるだろうから慣れておくべきだという理由があるのだ。動きにくい服にも慣れておいた方がいいと思うが」
「……ナルは、どう思う? 」
リオネットの言葉に難しそうな表情を見せたグリムにどうしたものかなと壁に寄り掛かりながら考えたナルは、無言のまま首を縦に振った。
「何事も経験だ。着てみるといい」
「……二人がそう言うなら」
多勢に無勢、そんな状況には慣れているグリムだが今回ばかりは分が悪いと二つのスカートを手に取り試着室へと消えていった。
その間リオネットは自分の選んだロングスカートに合いそうなブラウスを見繕い始める。
ナルはその手伝いをする最中、生地選びや縫い目に着目していた。
(腕のいいのが揃ってるが……どれも古い流行の型だな)
所詮は古着と、最新の流行を探る事は叶わず、しかし衣類を造れる人間がそれなりに揃っている事を実感したナルは改めてアルヴヘイム共和国の詳細を脳内で描いた。
まず鉱山が少ない事から金属の流通は他国へと依存する。
これはレムレス皇国も同様だが、どちらもドスト帝国の東方に位置する鉱山から取れる金属を購入しているのだ。
代わりにレムレス皇国からは人材、アルヴヘイム共和国からは衣類を輸出しているのだろう。
そう考えて、ふと手に取った一着を見る。
「……なんだこりゃ」
衣類であることは間違いないのだろう。
しかし重要な部分のみを隠してそれ以外は完全に露出してしまうだろう、もはや紐と呼んでも差し支えない何かを見ながらナルはそっとそれを元の場所に戻した。
「グリム、これも合わせてきてみてくれ」
そうしている間にリオネットは試着室に手を差し入れて何着か衣類を手渡していたが、ナルはよさげな物を見つける事はできずにいた。
結局数分で諦めて、ひとまずグリムの着替えが終わるのを待つことにして再び壁に寄り掛かる。
そして数十秒後、試着室のカーテンが開かれたのだった。
「……意外と、動きやすい」
そう言って出てきたグリムの姿にナルはため息を吐いた。
リオネットは服選びのセンスは良いのだろう。
グリムにしても見た目が子供と見紛うだけで美少女と呼んでも差し支えの無い外見をしている。
その二つが合わされば洗練された姿になるのは当然のことだが、アンバランスだった。
「グリム、その格好で武器を持つな」
護身用に持っていたナイフの鞘を取り付けたベルトを如何にも清楚と言った様子の格好にあわせるとこうまでも違和感があるのかと思い知ったナルだが、これはこれで一部界隈では人気が出そうだとも感じていた。
「でも武器は重要」
「今は重要じゃない、ちょっとベルト外せ」
「無理、外したらスカート落ちる」
なるほど、とナルは納得する。
よく見れば腰のあたりの布地が押しつぶされたように皺が寄っている。
リオネットが想定していたよりもグリムのウエストは細かったのだろう。
このベルトで抑えなければ着用もままならないという事を意味していた。
「あー、店員さん。適当なベルト貸してくれ」
そう言って持ってきてもらったベルトをグリムに手渡してからこっちをつけるようにと指示を出したナルはカーテンが閉まるのを見届けてリオネットに向き直る。
「似合ってたな」
「そういうのは本人に言ってやるべきだ。女心を理解しろとは言わないが、気にかけてやるくらいはした方がいい」
「忠告どうも」
苦言をいただいてしまったと、欠伸をしながら待つ事さらに数秒。
再びカーテンが開かれた時には先ほどまでの違和感は全て消え去っていた。
淡い水色のスカートに合わせて白地のフリル付きブラウス、ワンポイントとしてつけられた胸元の一輪華がグリムのかわいらしさを引き立てる。
「可愛いな」
「うむ、私もこれほど見違えるとは思わなかったぞ」
思わず本音を吐露したナルと、腕を組み満足げに頷くリオネットを余所にグリムは腕を動かし脚を動かしと何処か落ち着かない様子だ。
「武器……」
「その格好で武器を持っても目立つから暗器くらいしか使えないな」
「それは……困る」
暗器は一撃で相手の急所を穿つための暗殺具である。
あるいは毒を塗布して使うのが通常だが、どちらにせよ殺害の為の武器であり手加減のしようがないのだ。
結果としてグリムは暗器をはじめとする隠し武器を嫌っている。
「剣、持ちたい……」
「その格好で剣は目立つなぁ」
先程覚えた違和感以上の物があるだろうとナルは言葉を濁しながらも、それでもいう事は言っておかねばと苦笑いを見せる。
そういえばここ最近こうして表情を表に出せる機会が少なかったなと思い出して、苦笑は二倍になった。
ふと、ナルは以前考える事をやめていた事柄について思考が向けられる。
(ここの所妙に感情を抑えるのに苦労してるな……カードの影響か……? 今までではありえない早さでカードが集まっているから俺にも変化が出ている……ありえるな、少し気を付けた方がいいかもしれん)
その考えを頭の中心に置きながらリオネットに財布を預けて外に出る。
少し考えごとがあるからごゆっくりと付け加えるのを忘れずに煙草に火をつけて懐から大アルカナのデッキを取り出した。
(可能性として考えられるのは……こいつだよな)
【悪魔】のカードを手に取ってその絵柄を見つめる。
煌びやかな絵柄とは対照的に描かれているのは漆黒の魔人である。
その周囲を囲うようにしてきらきらと輝く背景が眩しい。
(浸食……このカードのデメリットか……いや違うな。なぜかはわからんが断言できる。感情が抑えきれなくなっているとするならこのカードだけが原因じゃない。だとすると……いや、そもそもカードの根源はなんだ? 元々俺の力だが、それが世界中に飛び散ったにしてはこの一帯に集中しすぎている。だとすれば元の場所に戻ろうとする力が働いている……わけではないな。トリックテイキングの工作と考えるべきだが、それにしても順調すぎる。違う、思考を逸らすな、カードの根源だ。俺の力、その出所は……俺の、何かが分散されていた……? 何がだ。感情ではない……しかし感情に直結している物、精神か? 思えば死にたいと考え始めたのは仲間が死んだ時、ちょうど【力】のカードを手に入れるのと同時期だが……なぜそれまで不老不死を受け入れていた? )
疑問は堂々巡りに入る。
いつの間にか燃え尽きていた煙草を吐き捨てて壁に寄り掛かりながら他のカードにも目を向けた。
そこで、そう言えば【吊られた男】のカードを試していなかったことに気付き自分の中から余裕が消えていたことに気付く。
あとで試してみるかと再びデッキを懐にしまうと同時に、店からは買い物袋を抱えた二人が出てきた。
顔色から察するに、グリムは着せ替え人形にされていたようである。
「待たせてしまったか? 」
「いや、ちょうどいいタイミングだった。荷物を持とう」
「ほう……? 」
「女の買い物に付き合う男は荷物持ちと相場が決まっているだろ」
「そういうものなのか、ならば任せてもいいか? 」
「あぁ、金にはそれなりの余裕があるから少しくらい豪遊しても罰は当たらんさ。馬車もあるから使わない物はどっかで換金すればいい」
そういって二人の荷物を受け取ったナルは次の店を目指して歩き始める。
後に【力】のカードを使う程の荷物を抱える事になるとも知らずに。




